049
真夏の気配が漂う7月。
高天原の1年生たちは勉学に部活に勤しんでいる。
今月の期末テストが終われば夏休みだ。
入学後、初の帰省ができるとあり郷愁を抱く生徒も多い。
だからこそテストでそれなりの点数を取り堂々と帰省を目指すわけだ。
で、問題はその期末試験。
ちょっと座学の問題を見てほしい。
・・・
――数学
・この装置は海洋掘削をするための機械である。先端ショベル部分における掘削量を計算する。可動領域Dに含まれる部分Rに対し積分可能であることを示したうえで、領域の体積を求めよ。
・図に示す現場を無駄なく掘削した場合、使用するエネルギー量を計算せよ。
・エネルギー供給方法を検討したうえで、適切なDの大きさを定義せよ。
――科学
・高度600km、軌道傾斜角98.10の衛星軌道コロニー内での酸素循環のためプラントを作成する。太陽光強度が1,300W/㎡、地球赤外線放射強度が240W/㎡であり、乗員は10人とする。1人あたり1日500Lの酸素を消費する場合、プラントに採用する植物、窓の大きさ、位置、規模について検討せよ。
・・・
期末試験ではこんな調子の問題が出た。
ほんとに高校1年生の1学期の期末試験問題?
リアルの大学生だって解けるか怪しい問題ばかりだよ。
授業中にやったサンプルをよく覚えていないと解けるわけがない。
リアム君と散々に苦労したけれど、果たしてどこまで正解できたのやら。
記憶の限り、しらせで南極へ行ったときの科学者たちはもう少しマイルドだった。
俺の知っているリアルの大学院生や研究者のレベルを少し上げた程度の能力だったと思う。
それと比べると、この学園では2,3年先取りしたレベルの座学をしているわけだ。
つまりリアル高校生と比べると5,6年は先取りしている。もはや大学院への飛び級。
正直、高天原学園に入るやつらは頭がおかしいと思う。
宇宙工学から海洋工学、果ては兵器まで。
卒業するころにはなんでも設計・分析できるようになるんじゃねぇか?
どこの科学者だよって思う。
俺? 俺はひたすら暗記だよ。応用なんてできるわけねぇ。
やっぱ人類が俺の知らない180年の間に進化したとしか思えん。
座学試験はこれで、実技試験もあった。
体育は平時の授業中にダッシュや持久力、筋力のテストがある。
でも高天原の期末試験でやるのはもちろん
・・・
――実技1 魔力循環
レゾナンストレーナーを一定時間維持する。
これ、地味なようだけれどもAR値の少ないやつにはきついらしい。
魔力の出力を上げるのに苦労しているようだ。
主人公を除くクラスメイトはかなり真剣な表情で取り組んでいた。
途中、乱れて維持できない場合は3回リトライできる。
全部失敗すれば夏休みの補習という名の特別訓練が決定だ。
対照的に主人公連中は余裕の維持。
それぞれの属性に合わせた綺麗な色がゆらゆらと円筒形のガラスに揺らめく。
クラスメイトに見られながら維持するのでちょっと視線が気になるけど。
3人ずつ試験を受けた。
俺はレオンとリアム君と一緒。
維持といっても1分くらい。
俺はあの倉庫で1時間くらいやりまくったし魔力操作もマスターしたので余裕すぎる。
「武くんの白、綺麗だね」
「リアムの茶もレオンの赤も綺麗に出てるじゃねぇか」
「揺れもなく明るさも段違いだな。やはりお前は格が違う」
揺らめきは共鳴の安定性。
明るさは魔力の強さ。
飛び抜けてAR値が高い俺はとにかく明るい。LED蛍光灯かって思うくらい。
教師が眩しそうにしていたのが印象的だった。
もちろん俺たちは合格。
クラスメイトが「あいつらおかしい」って噂が改めて生まれるくらいには余裕が違った。
俺的には座学が余裕そうなお前らのほうがおかしいと思う。
――実技2
部活動で鍛えた具現化を披露する。
出力は関係なく安定的に発現できるかどうかが採点基準。
人によってできることが異なるので個別に防護室で試験を受ける。
・・・って俺、どうすんだよ!?
目に見えるのって丹撃くらいじゃねぇの!?
あれ魔力放出だから具現化じゃねぇし。
白属性って目に見えねぇのばっかりだし。
俺の
・・・え? こんなんで詰み? やだよ。
ひとりで戦々恐々としているうちに試験の順番になった。
部屋に入り、覚醒のときと同じように教師と対面で席に座る。
「最も得意とするものを
試験内容を告げられ困る俺。
とりあえず話すだけ話してみるか。
「あの。実は・・・目に見える
「ふむ。目に見えないものならあるのか?」
「はい。白の魔法で
「それで構わないからやってみなさい」
「・・・え? かける対象が先生になりますよ?」
「大丈夫だ。やってみなさい」
ほんとかよ。
嫌な予感しかしねぇんだが。
「・・・収拾がつきやすいように、
「安定的に」が採点項目なのだが俺の魔法は発現しないから安定も何もない。
だから数を見せて納得してもらうことにした。
そしてその発動対象は教師で良いというのだからあとは知らん。
俺は魔力を練った。白い魔力が腕に溜まり少し輝く。
「いきます。
これで2回目だよ、
ようやく使う対象が・・・って、やば! 出力絞るのを忘れた!
「!? う・・・うわぁぁぁぁぁぁ!? よせ! 来るなぁぁぁぁぁ!!!」
教師はがたりと椅子から転げ落ちて叫んでいる。
うおい効きすぎ! 恐慌状態だよ!
早く回復しねぇと!
「ちょっ、動かないでください」
「来るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
教師は叫んで部屋の端まで這って逃げていく。
仕方がないので端に逃げた教師を追いかける。
「来るなぁぁぁぁぁ!! 許してくれえぇぇぇぇ!!!」
なんで悪いことをしている気分になるんだよこの魔法。
聖女様が一目置かれてたのってこの魔法のせいじゃねえの?
「先生、治しますよ!」
「やめろ!? やめてくれえええぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・」
俺が
絶叫した教師はそのまま床にへたり込んでしまった。
「・・・・・・」
「あれ? 先生?」
・・・え?
うそ、気絶?
マジで?
自分でやっといてなんだけど、
先生、
・・・どうすんのこれ。
試験どうなんの?
俺は失神した教師の前で立ち尽くすのだった。
◇
いつの時代も試験というものは学生を苦しめる。
秀才を除き勉強量がそのまま結果につながるからだ。
様々な理由で勉強量が少なくなってしまった者たちは嘆くのだ。
「次はきっと良い点を取ってみせる」と。
そうして負の連鎖を築き上げていくのが世の常である。
「どうだった、リアム?」
「やったよ武君! 補習なしだよ!!」
喜びのあまり飛びついてくるリアム君。
俺も嬉しいから抱き止めて苦労を分かち合う。
「やったなリアム!!」
「武君のおかげだよ!」
「お前も頑張ったからだよ。本人の努力あってこそだ」
こんな平凡な会話があの努力の果てにあるなんて。
嬉々としながらもほっとしたリアム君の顔を見て俺は安堵の溜息をついた。
ぎゅうぎゅうと強いリアム君の締めつけに心地よささえ感じてしまう。
この先3年間、落第せずにやっていけるのか不安で仕方がない。
頑張るしかねぇんだけど・・・次はやっぱりできる人に教えてもらおうかな。
俺たちの横に結構な形相で睨んでる人たちもいることだし!
◇
夏休みまであと少し。
皆で夜の食卓を囲んでいたとき。
「オリエンテーリング、どうなさいますの?」
ソフィア嬢が皆に話を振った。
夏休み後半の8月下旬に開催される生徒会主催イベント、オリエンテーリング。
これはゲームでもあった。
ゲーム内ではチームを組んだ人と仲良くなれる。
内容はスタートからゴールまで3日かけて辿り着くというもの。
食糧や寝袋を渡されて臨むので結構、本格的。
「3日間も一緒に行動するわけだしな。誰と組むかねぇ」
ラリクエ攻略時は当然、仲良くなりたい相手と組む。
ただ意中の人が別の相手と組んでしまう流れもあるのでそのときはチーム同士で争う。
「ルール説明によると、相手のチームとメンバーを賭けて競い、入れ替えても良いそうですね」
「先輩から聞いたわ。去年は競ったチームを下したら、従えて進んでも良かったらしいわよ」
ゲームじゃ争いといっても戦闘はなくてちょっとしたミニゲームみたいなものだった。
これ、この世界だとどうなんのかな?
競う方法は現地で示すって言ってたけど、ほんとに戦っちゃうんだろうか。
そもそも主人公別に行先も異なっていた。どこへ行くのやら。
「内容はどうとでもなる。問題は・・・」
「・・・チーム編成ですね」
編成は3~4人で1チーム。
オリエンテーリングまでにチームを決めて申告することになっている。
・・・もう言うまでもない。
この場の7人が2チームに分かれるのだ。
その編成をどうすんだよ、というのが議題だ。
互いに牽制する空気が目玉焼きが色づくように熱せられる。
「念のため言っておくけど。俺は選ばねぇぞ」
ぶん投げる。
誰を気にかけてるとか邪推されたくねぇ。
・・・と思ったら、なんか無言で剣呑な感じになってんぞ!?
こいつら全員と対立する時に協調できねえのな。
協定なぞ所詮は決めごとということか。
「・・・平等にすんならあみだくじとかどうだ?」
慌てて提案してみる。
また決闘だとかになったら面倒で仕方ない。
「それが平等ですわね。武様、くじを作ってくださいませ」
「俺か、わかった」
まぁそうなるか。
仕方がないのでノートを取り出し頁を千切る。
見よ! いきなり紙を使えるのなんて俺くらいなものだ!
「すごい! 武くん、持ち歩いてるんだね」
「レトロの嗜みだな」
「格好良いですね」
ノート持っているのが格好良いだなんて時代だよなぁ。
7本の線を引き、手早くくじを作成する。
そして俺の名前を真ん中に書く。
でたらめに線同士を結ぶ横線を引きまくる。
紙を折ってスタートのみ見えるようにする。
「ほれ、あとは順番に名前を書いていけ」
俺が横に座っていたさくらに手渡すと・・・。
「さくら。お前から書くというのは不公平ではないか?」
「武さんから渡されたのです。くじなのですから・・・」
「だったら僕からでも良いじゃない?」
「お待ちになって? 運とは言えど選ぶ順は影響しましてよ」
ダメだこいつら。
くじの意味がねえよ。
「お前らそんなんじゃ終わらねぇだろ。運なんだから諦めて順に書けよ」
結局、俺が指示してリアム君から順に書かせる。
「僕、端っこにするね」
「オレは逆の端にします」
「武様のお隣ですわ!」
「俺も武の隣にしよう」
「あたしは兄貴の隣」
「余物には福がある、ですね」
そうしてくじを開いた結果。
「武! お前と組めるとは僥倖だ!」
「オレも一緒ですね! よろしくお願いします!」
「あ、僕も武くんと一緒だ! やった!」
嬉しさが隠しきれず、笑みが溢れるレオン。
礼儀正しくも喜びを抑えられない笑顔の結弦。
いつものにこにこ顔がきらきら輝くリアム君。
やべえ、この絵面。乙女ファンが見たら卒倒もんだ。
・・・まさかの男所帯。
「ふ、福・・・!! ・・・ソフィアさん!」
「承知しておりますわ、さくら様」
「あたしも兄貴と一緒が良い」
「「「・・・」」」
横で女性陣の不穏な空気を感じなくもないけど。
オリエンテーリングは先だしな。
今、悩んでもしかたない。
そんときになってから考えよう。
◇
何はともあれ夏休みだ。
終業式当日。
今日は校長のありがたいお話と休みの諸注意。
あと、テストの点数が及第点以下だった人たちの補習の説明。
そこに縁がなくてほんとうに良かった・・・。
「皆、1週間くらい帰省すんのか?」
「はい。お盆前ですがその次になると年末ですから」
「オレは残ります。帰ってもドヤされるだけなので」
夏休み前半、1週間くらい部活も休みの期間がある。
そこで帰省するのかどうか、と話を振ってみたところだ。
さくらは帰る、と。
結弦は秋に免許皆伝イベントがあるしな、要修行だ。
「俺は帰省先がねぇから学園でゆっくりしてんよ」
「俺も残るぞ。在学中は鍛えたい」
そうかレオンは残るんだな。
そいやゲームでも帰省してなかった。
「カール殿下にご挨拶を致しますのでわたくしは帰省いたしますわ」
「遠いんだよな? 片道2日だっけか」
「ええ。それでも
海底ケーブルみたいにチューブ状の線路を海底に沈めて作られている。
飛行機が廃されたこの世界でいちばん速い移動手段だ。
ユーラシアとアメリカを時間的最短距離で繋ぐ線路。
海底部は時速800キロを超えるが、それでも極圏での乗り換えを含めると2日程度を要する。
日本からは千島列島経由か朝鮮半島経由の路線がある。
「ほんとはあたしも姉貴と帰りたいけど今年は兄貴と一緒にいるわ。まだまだ鍛えないと」
実力をつけるためジャンヌは残り、と。
「僕も残るよ。ギリギリだったから勉強しとかないと。武くん、一緒にやろ!」
「・・・せっかく及第点だったのに。補習と何が違うんだよ・・・」
なんでやる気になってんだよリアム君。
ゲンナリするお誘いだこと。
テスト終わったばっかりだってのに。
「ずっとはやんねぇぞ? 時間があるときにな」
無碍にするわけにもいかないので条件をつけておく。
・・・そいやこいつ、姉に会わなくて良いのか?
帰省イベント消滅?
俺が家族宣言したからって姉がいなくなるわけでもねぇだろに、帰っておけよ。
まぁ他人が突っ込む話でもないか。
帰省イベントが発生しないルートもあるにはあるが、それはリアム君の攻略ルートではない。
・・・あれ? そうするとリアム君の攻略はないのか?
でもどっかでリアム君、パートナー見つけるんだよね?
どうなんだ、これ?
頭を悩ませる俺の横で。
銘々、何日に出るだとか、それまで何をするだとか話をしていた。
そんな中、さくらが改まった様子で話しかけてきた。
「武さん、お話があります」
「うん? どうした?」
「以前のお約束をお願いしたいのです」
「約束?」
「歓迎会前に鬼ごっこで捕まえた報酬です」
「ああ、あれ! ふたりでお出かけすんだっけ?」
すっかり忘れていた。
さくらもレオンも権利を行使しないから無効なのかと思っていたらそうでもないらしい。
凛花先輩に仕組まれたやつだけど約束は約束。
守らなければ。
「はい。4月のお話を今頃持ち出してすみません。ちょうどお時間をいただけそうなので」
「あ、俺が勉強で忙しそうだっての気付いてたか。気遣ってくれてたんだよな、ありがと」
さくらは俺のことに聡い。
忙しいとか大変とか、そんな雰囲気のときにはさり気なくフォローしてくれる。
今回も休日に勉強に取り組んでいた俺の状況を察して、誘うのを先にしてくれていたようだ。
「そんでいつ行く? 帰省があるから明日か?」
「はい! もう場所は決めてありますから」
「へぇ、どこへ行くの?」
「ふふ、内緒です!」
さくらが楽しげに言うものだから突っ込んで聞き出すのも野暮というもの。
大人しく成り行きに任せようと思った。
「・・・」
俺とさくらの会話を横で聞いているソフィア嬢。
気にしていない様子の澄まし顔だがその沈黙が怖い。
なんか企んでんな、あれ。
でも「ふたりでお出かけ」の約束だから関係のない彼女は反応しない。
「では明日、朝7時30分に天神駅前で待ち合わせしましょう」
「わかった。私服だよな」
「はい、日帰りですから。屋外は暑いので日除けは準備しておいてください」
「了解」
ルンルン気分のさくらは満面の笑みだ。
こう機嫌が良い姿を見るのも珍しい。
よほど楽しみにしていたのだろう、先延ばしにさせてしまったのは申し訳ない。
「良いな~、武くんとお出かけ~」
「さくらとの約束でしょ。邪魔しちゃ駄目よ、リアム」
「うん。あ、そうだ! ジャンヌ、エリア博士が面白いもの作ったんだよ!」
「え? あんたあそこに通ってたの?」
「うん! ねぇ、あとで一緒に行こうよ!」
リアム君とジャンヌは何やらふたりで盛り上がっていた。
パンゼーリ博士の発明品か。ちょっと興味ある・・・。
こんど話を聞かせてもらおう。
「レオンさんは休み中はどうするんですか?」
「俺は修練だな、フィールドで
「もしよければ手合わせをお願いできますか?」
「おお、願ってもない! よろしく頼む」
結弦とレオン、ゲームでもよくある修練のひとコマ。
ああ、俺もそこに混じれれば良かったんだけどなぁ。
くそ、覚醒の結果がどうしようもない・・・。
ちなみに以前、覚醒イベント後に
が、俺は打ち明けるわけにはいかず「武器や魔法じゃない。精神を支援する技だ」とぼかした。
珍しがられたが彼らの前で使えるわけもなく。
色々と誤魔化して終えた。
もう俺には
こうして俺たちは高天原での初めての夏休みを迎えた。
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