021

 さくらの部活はお馴染みの弓。

 といっても俺が彼女の部活を見たのは中学1年の頃。

 その後は色々あって見に行けていなかった。

 中学1年の頃の実力でさえ全国レベルだったのだ。

 現在、どうなっているのか見るのが楽しみだったりする。



「和弓は初めて見る」


「弓道部じゃなくて弓術部、だっけ」


「そうです、実践的な弓です。ようやく見ていただけますね!」



 さくらは嬉しそうだ。

 俺が一緒というだけで終始ご機嫌という様相。

 その笑顔を見るだけでこちらも笑顔になってしまうほど。

 昨日の話もあるし、俺に実力を見てもらいたいのだろうな。


 弓術部の扉を開けると、弓道場っぽい場所があった。

 けれど、普通の弓道場じゃない。

 まず距離がおかしい。

 普通の弓道なら遠的で60メートルくらい先に1メートル大の的だ。

 だけどここ、100メートルどころじゃない。

 1番遠い的で200メートル以上向こう側にある。



「え!? 遠すぎない!?」


「実戦距離演習、と聞いています」


「豆粒だな」



 レオンも同じ感想。

 100メートル向こう側の1メートル幅の的でさえ相当に小さく見える。

 それの倍だ。そもそもあそこまで届くのか。

 先輩たちがやっている様子を見ると遠当て100メートルを当てている。

 具現化の弓だろうけどそれでもすごい。



「200メートル遠的、やります」



 さくらが大弓を持ってくる。

 彼女の弓はもちろん現物だ。

 弓道部で使っていたものよりも大きい。ゆうにレオンの身長以上あるかもしれない。

 いわゆる強弓の類だろう。

 的前に立ち、目を閉じる。

 気を落ち着けているのかと思ったら、さくらはおもむろに矢を番える。

 え? まさかあの距離で正射必中?

 あの頃から変わらない、流れるような射法八節。

 引分の動作で相当に力が入っているのだろう、ぎりぎりとしなる音が聞こえる。

 男でも引ける者は少なかろう、あの力の入れ方。

 そして離れ。

 ぱしゅ、と矢がうねりを響かせ視界から消える。

 速すぎる。そして遠すぎて矢がどこにあるのかわからん。


 たーん。

 的に刺さる鋭い音が聞こえてきた。

 すごすぎる。当ててるよ。

 当たり前に達人の芸当を見せられて唖然と的に目を凝らしていた。

 すると、ほぼ中央に刺さっている矢の隣にもう1本の矢が現れた。



「え!?」



 たーん。

 遅れて音が届く。

 気付けばさくらが2本目の矢を射っていた。

 あれを連続で正射必中?

 冗談だろ?

 しかも最初から目を閉じてんだろ?

 もう人間離れしてんぞ。


 ラリクエのゲームでさくらの初期弓スキルは中程度。

 いちおう他のキャラでも弓を訓練でき、半年頑張ればスキルレベルは追いつける(ほぼクリア不能になるけど)。

 だからゲームの初期値は達人レベルに達しているわけじゃないと思う。

 だというのにこの現状。絶対に本来のレベルよりも高い。


 たーん。

 3本目がやはり的のほぼ同じところに刺さる。

 多少の誤差はきっと矢の誤差。

 もはや彼女は止まっている的は何でも当てられるということだろう。



「どうでしょうか」


「いや・・・凄すぎて評価できねぇ」


「どう訓練したらそのレベルに到達できるんだ」



 レオンも呆気にとられた発言をしている。

 こちらの様子を伺っていた先輩方も呆然としていた。

 うん、レベルは日本一どころじゃねぇだろよ。

 訓練の必要がないんじゃね?



「止まっていれば意中のとおりにできるようになりました」


「・・・ああ、疑いねぇ。すげぇよ」


「これは続けてきた成果ですから」


「本当に闘うなら動いている的も当てられねぇとな」


「はい。今年の課題はそこです」



 技に上限はない。

 敢えて高い目標を示してみるが、そんなのは彼女が当たり前に目指しているものだった。



「正直、ここからどんだけ上達するのか見当もつかねぇな」



 ファンタジーのスキル補正で能力が上がっていくことは想像できる。

 例えばレベルアップだ。

 スキルレベルが上がれば単純にそのスキルの威力や効率が上がるというもの。

 だけど今、さくらがやっていることはレベルアップじゃない。

 中学から一般人として、単調に訓練を重ねて到達した能力だ。

 ゲームで言えば基礎能力の類。

 それだけで達人の域に達しているわけだ。


 これ、スキルを駆使するようになったらどうなんのよ。

 俺は底知れぬ可能性に背筋が冷えた。



 ◇



 お馴染みになってきた闘技部。

 扉を開けたら横の壁にウィリアム先輩が打ちつけられて倒れたのをスルーした俺。

 唖然としているさくらとレオンを促し、例により凛花先輩に見学の許可を取った。



「今日はどうすんだ?」


「そろそろ仕上げだ。動きながら集魔法をする練習だ」


「動きながら!?」



 待て。

 俺はまだ静止状態でもキツいんだ。

 できるようになってから数日しか経ってねぇだろよ。

 ペース早すぎだろ。



「そうしないとヒットアンドウェイなんてできないからね」


「いや、そうなんだけど」


「あー、諦める?」



 にやにやとドロップアウトをチラつかせる凛花先輩。

 煽られる俺も単純だが選択肢なんぞない!



「やる! やるに決まってんだろ!」



 無茶振りなんていつもどおりだろう!

 やってやろうじゃねぇか!



「ははは、良いね良いね。君のその挫けない気概は好きだぞ!」



 からからと笑う凛花先輩。

 俺は軽く身体を慣らすと集魔法の感覚を思い出していた。



「そうだ。そこの見学のおふたりさん」


「はい」


「なんだ?」


「武の訓練に付き合ってやってくれないか? 鬼ごっこするだけで良いから」


「鬼ごっこですか?」


「ああ。彼を捕まえるだけでいい。30分くらいかな、適当に追っかけてやってくれ」


「わかった。捕まえれば良いんだな」


「武、君は逃げる側だ。擬似化はしてやるから逃げながら時間までに集魔法を完成させるんだ」



 今度は俺が逃げる側かよ。しかも集魔法しながら。

 鬼はふたり、と。

 もう与えられた条件でやるしかねぇ。

 さくらもレオンも分からないなりに、俺を捕まえれば良いのかと理解したようだ。


 凛花先輩が朝練の時のように全身に疑似化をしてくれる。

 準備が整ったところで思いついたように先輩が言う。



「あ~、手伝ってもらって何も無いのは駄目だよな。武を捕まえたら、何かふたりの言うことを聞くという条件もつけるか」


「えっ!?」


「よし乗った!」


「頑張ります!」



 ちょっと! 凛花先輩!

 ふたりとも俄然、やる気になってんぞ!?

 


「武、君の方が有利なはずだ。このくらいやって見せろ」


「えええ」



 いきなりハードモードにすんなっての!

 ええと、どうすりゃ良いんだ?



「よし、始め!」


「えっ!?」



 俺が作戦を考える間も無く開始の合図をする凛花先輩。

 レオンとさくらが左右に分かれて俺に向かって来る。

 君ら息が合ってるね!

 こんなん、先ずは逃げの1択だろ!


 ふたりは疑似化の速度をまだ知らない。

 逃げるなら正面だ。

 俺は左右に分かれたふたりの間を全力で駆け抜けた。

 いきなり時速60kmを超える速度で駆け抜ける俺に追いつけずふたりは目だけで俺を追う。



「なるほど、あれが身体強化か」


「単純に追うだけでは駄目ということですね」



 ふたりから100メートルくらい距離を取って、俺は集魔法のための意識を集中する。



「こら! 動きながらだと言っただろう! 最低でも歩くんだ!」


「は、はい!」



 えええ。

 仕方がないので俺は無心になって足を動かしながら集魔法を・・・。



「もらった!」



 げ!? レオン速すぎ!!

 正面から一気に間合いを詰めたぞ!?

 100メートル10秒くらいじゃねぇのか!?



「おおっと!」



 さすがに次は正面には抜けられない。

 全力で横に地面を蹴って一気に正面から逸れる。

 くそ、これじゃ集魔法してる時間が・・・。



「そこです!」



 ぎゃあ!? 先読み!?

 さくらが飛んだ先に駆け込んで来た!

 今度はバックステップで距離を作り、ふたりに背を向けて奥まで駆ける。


 あいつら身軽すぎじゃね!?

 オリンピック選手並に速いぞ!?

 いくら疑似化してても初速はそこまで速くねぇんだ。


 ええと、ええと!

 とにかく距離を稼ぐ!

 たまに高く飛び上がってさくらとレオンの位置を把握する。

 その距離から稼げそうな時間、秒数を推定して着地と同時に集魔法を・・・。

 あああ、駄目だ! 動かねぇと!

 これ、どうやんだよ!!


 逃げるのと、集中する時間を作るのと、作戦を考えるのと。

 並行でやろうと思ったら俺の頭の処理能力が追いつかない!

 ちっとも集魔法を進められないまま逃げ回る羽目になった。



「あと10分だぞ!」



 フィールドの入り口にいる凛花先輩が大きな声で告げる。

 ええ!? もうそんなに経ったの!?

 作戦を立てないと駄目だ!


 一度、足を止めてふたりが近付いて来るのを待つことにした。

 動き回って鼓動が速くなった自分の脈を感じる。

 そうだよ、動いたら静止状態のタイミングじゃなくなるじゃん!

 止まってやろうとしたからできねぇんだよ!

 動くテンポを掴まねぇと駄目なんだ!


 何度か集魔法を成功させた時の、自分の魔力の波を思い出す。

 とん、とん、とん。

 凛花先輩に叩いてもらったあのペース。

 これに今の息切れの鼓動と呼吸を合わせるんだ!



「武さん、大人しく捕まってください!」



 ちょっと目の色が変わっているさくらが迫る。

 なんか怖ぇよ!



「ごめんよ!」


「あっ!?」



 あと少しというタイミングを見計らい、俺は駆け出した!

 地面を蹴るペースを1番速いリズムに乗せる。

 さくらの横を抜けるように刻んで、その先にいるレオンに目を向ける。



「同じ手は食わないぞ!」


「悪いな、逃げ切るぜ!」



 足のテンポに呼吸と鼓動が合うように。

 ああ、これだ。

 いつもよりもハイテンポな共振が俺の丹田に集まる感じがする。

 う!?

 おかしい、何だこの空腹感・・・!

 

 いつもよりも共振の周期が速いから効果の現れ方も速いのか。

 恐らく集魔法が完成したと同時に空腹感が募ったのだろう。

 それに驚いたところで足がもつれた。

 やばい! この速度は・・・!?


 俺は時速60kmを越えたまま、俺は宙に浮いた。

 その先には例の亀裂が入った岩!

 間違いなくぶつかる速度だ!



「あ、やば・・・」


「おっと! まだこれはクリアできてないね!」



 勢い余った俺の身体を横から超速度で抱きかかえ、例によりお姫様抱っこで凛花先輩がフィールドの中央に着地する。

 ちょうど追いついてきたさくらとレオンもその傍に駆け込んできた。



「ははは、詰めが甘いな! 実戦なら君の負けだぞ!」


「・・・」



 そして例により動転して言葉の出ない俺。



「はぁ、はぁ・・・お終い、ですか?」


「はぁ、はぁ、はぁ。武、お前はいつもこんな訓練をしているのか」



 さすがに息が切れているふたり。

 何とか白星を取れたか?



「ちょ、先輩、降ろしてくれ」


「あ? ほいっ」


「うぇ!?」


「おおっと!?」



 凛花先輩は俺をぽいっと空中に放り投げた。

 放物線を描いた俺はその格好のまま、落下地点にいたレオンの腕に収まる。



「はい、捕まった、と」


「え?」


「は?」



 ナニソレ。



「はははは! 終わりとは言ってないからね!」


「えええ!?」



 レオンに抱きかかえられたまま、俺は抗議の声を挙げるも先輩の決定には逆らえず。

 俺はふたりの視線に晒されたまま恥ずかしい思いをするのだった。




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