020

 修験場にある教会はそれなりの大きさだ。

 真ん中に立ってみれば体育館にひとりで佇んでいるような感覚になる。



「すごいすごい! もうそんなにできるの?」



 人間、表情と言動や感情が一致しないと不気味に見える。

 俺の前で無表情のまま歓声をあげるのは聖女様。

 手にはレゾナンストレーナーがある。

 これを光らせて薄暗い祈りの間の灯りにしていた。



「ふぅ。コツさえ掴めば、何とか」


「少し休んだら、次は具現化リアライズしよう」



 いよいよ具現化か。

 俺もよく入学1週程度でこんな芸当ができるようになったもんだ。

 レゾナンス効果、恐るべし。


 俺は左右に並ぶ長椅子に腰掛ける。

 聖女様もすぐ隣に来て座った。



「ここの聖堂、いつもあのお兄さんと聖女様だけですね」


「うん。天神支部はふたりだから」


「え? この広さをふたりで?」


「雇われの清掃や事務の人は何人かいる。聖堂直属はふたり」


「なるほど」



 さすがにすべてをふたりで、じゃなかった。

 いつも掃除が行き届いているから不思議だった。



「聖女様は日本の人ですか?」


「うん、そう。日本人で、そこの高天原学園の出身」


「え? OGだったんですね」


「うん。でも私も学園で勉強ができなかった」


「あ、白属性だから」


「そう。貴方と同じ」



 相変わらず無表情の聖女様から感情を読み取るのは難しい。

 でも言葉尻から何となくの雰囲気は感じ取れる。



「そうして私もここに来た。同じことをやってる」


「だから聖女様が俺の面倒を見てくれてるんですか」


「うん。表向きは」


「え?」



 表向き?

 え? 何か他に理由があんの?



「さ、休憩は終わり。続きをやる」


「え? ちょっと・・・」


「お待たせ。具現化を始めるから」


「あの・・・」


「よく聞いて。具現化とは魔力に感情を乗せると説明される。これが属性の具現化」


「・・・」



 すんげぇ勢いで気になるところをスルーされた。

 けど、もっと重要な説明が始まってしまったので聞き漏らさないよう気を入れ替える。



「属性の感情はわかる?」


「はい。火は情熱、水は慈愛、風は奔放、土は調和です」


「うん、教科書的」


「え?」


「それは単なる象徴。ほら、教科書に載ってる説明は現実となかなか結びつかないよね」


「ええ、それはまぁ」



 俺の回答はラリクエのゲーム中で説明される属性の解説だ。

 この感情に合ったスキルを使用すると相乗効果で威力や効果が上がる。


 だけど言われてみればそうだ。

 教科書的に「情熱」と言ったって、情熱を意味する感情は一つじゃない。

 怒りかもしれないし、恋かもしれない。妬みの可能性もある。



「だから色で覚える。火は赤。水は青。風は緑。土は茶。言葉で覚えると誤解する」


「なるほど」


「魔力の色は属性とだけ見る。感情は属性に依存しないけれど、属性を補強する」


「はい」



 実際、魔力を具現化する前のオーラとして目にできている。

 個人の属性と思って気にしなかったけど・・・。

 人間なんだから感情は色々あるよな。

 レオンが火属性だからって、慈愛や調和の感情を抱かないわけがない。

 彼の色は赤だから情熱の人だと思い込んでいた。

 ああ、ゲーム脳になってたんだな、俺。



「じゃあ、私や貴方の白の属性は何が象徴?」


「え? わかりません」


「ううん、貴方は知ってる」


「ええ?」



 そんな断定されても。

 まったく心当たりがない。理屈で考えてみるか。

 「属性をつける前の純粋な魔力」が白。これは授業でやった。

 魔力に属性を乗せると色がつく。

 これはさっき聖女様が言った。

 つまり属性が乗ってない魔力が白。

 だから何が象徴になるのよ?



「う~ん・・・」


「ヒント、いる?」


「お願いします」


「貴方を呼び戻した時に引っ張ったもの」


「は? 呼び戻した?」



 何の話!?

 ・・・。

 ・・・可能性として考えていたけど。

 そういうこと!?



「もしかして、俺を復活リザレクトしてくれたのって、貴女ですか?」


「うん」


「!!!」



 こんな身近にいたよ! 俺の命の恩人!

 「聖女」って人は医者みたいに各地に居て、あれは俺の知らない「聖女」かと思ってたから。



「あ、そ、その! 助けていただいてありがとうございます!」


「ん、私の仕事だから。それで、わかった?」


「え? ええと・・・引っ張られたのって、俺の魂? 精神? ですか?」


「そう。正解」



 当たったよ。

 けど命の恩人ってところが衝撃的すぎて正解なんかどうでもいい。



「人の精神が白の象徴。感情が籠もると色がつく」


「でもそれだと、個人に属性がある理由にならないですよね? 皆、感情があります」


「そう。そこが勘違いの原因」


「え?」


「色は魔力の形。個人の歪みで形作るか、感情で形作るかの違い」


「ええと・・・」



 だんだん、こんがらがってきた。

 でも、すんごい大事なことを説明されている気がする。



「白を出せるというのは魂が歪んでいないから」


「歪み・・・?」


「詳しくはまたそのうち。今、大事なのは白が精神そのものということ」


「・・・」



 よくわからん。

 結局は俺が白属性ということか。



「白を具現化するときは白の形を崩さないこと」


「えーと。属性を込めるな、と?」


「そう」



 うーん?

 正直、具現化自体をよくわかってねぇからな。



「練習、最初は祝福ブレスから。戦意を高揚させる魔法」


祝福ブレス、ですね」


「健全な人は精神の欠落がない。恐怖や衝撃を受けると精神は欠落していく」



 うん。

 魔法の解説だ。TRPGに出てきそうなやつ。

 現実なんだろうけど未だに半信半疑の感覚があるからシュールに感じる。



「精神の欠落を修復する、欠けないよう包む。精神そのもので精神を補強するもの。これが祝福ブレス


「なるほど」


「まず身体で覚えて」


「え?」



 聖女様が魔力を集め始めた。

 身体に白いオーラが漂い始める。

 うん、嫌な予感しかしねぇ。



「ちょっ、ま・・・」


畏怖フィアー


「うっ!?」



 突如、目の前が暗くなる。

 聖女様だけが浮き出るように暗闇に浮かぶ。


 ぞくり、と背筋が冷えた。

 何かやらかした時に上司やお客に謝らないといけないと悟った時のような。

 親が大切にしているものを壊してしまった時のような。

 いや、なんでこんな例えなんだよ。

 とにかく浮足立ってこの場から逃げ出したい気分になった。

 小柄な聖女様だというのにえも言われぬ威圧感があった。

 脚が笑っている。

 まさか、こんな恐ろしさを感じるなんて。

 

 一歩。

 彼女が前に出る。

 まずい、助けてくれ。

 本能的にそう頭で叫ぶ。

 だけど叫び声も出ないし脚も動かない。


 また一歩。

 その足が進むたび、全力で背を向けてこの場を後にしたい衝動に駆られる。

 ああああああ!

 こ、こっちに来るんじゃない!


 ぱん。


 静かな闇に柏手が色を戻す。

 気付けば俺は腰を抜かして床に座っていた。

 浅く荒い呼吸をしていて、額や背中に汗をかいていた。

 すぐ目の前に聖女様が立っている。



「これで貴方の精神が欠落している状況になった」



 正直、何が起こったのか理解が追いつかない。



「この穴を埋める。祝福ブレス



 聖女様は俺に向けて両手をかざす。

 ぼんやりと白く光ったかと思うと、すっと気分が楽になった。

 恐ろしいものから逃げ隠れたばかりの焦燥感を、母親に抱き締められて宥められた感覚。

 何故、尻もちをついていたかもわからないほどの安心感に包まれた。



「どう、理解した?」


「は?」



 俺の何かを弄んだというのは理解できた。

 これで一体何を理解しろというのか。



「怖くなって安心したってのはわかりました」


「うん。あとはできるよう頑張って」


「え?」



 待て。また投げっぱなしかよ。



「埋めるほうじゃなくて包むほうができれば大丈夫」


「訓練方法が大丈夫じゃないんですが」


「またあっちの部屋でやって」



 立ち上がった俺の手を引いて、例の倉庫へ連れて行かれる。

 有無を言わさず中へ押し込まれる俺。



「あの、どうやって成否を判断すれば・・・」


「たまに怖いことがあるから、それで驚かないように包めばいいの」


「え、ちょ、たまにって・・・」


「じゃあね」



 ばたん。

 だから説明不足なんだよ。

 真っ暗だとさっきの怖いやつ思い出すだろ!

 ・・・。

 結局、俺は祝福ブレスを自分にかければ良いって?

 成功しないと怖いって?

 怖いって何があんだよ。

 ・・・。

 よしやろう。


 まず整理しよう。

 白の魔力を具現化して俺自身を包む。それが祝福ブレス

 具現化するには感情を含ませない。

 で、肝心の具現化はどうすりゃいいのよ?

 どうしていつも大事なところの説明が抜けてんだよ。

 レゾナンストレーナーを使ってたんだから、共振をさせるのは間違いない。

 そこから具現化へどう繋げりゃいいんだ。


 あまり考えても仕方がないので、まずは共振までしてみることにした。

 鼓動と呼吸を・・・すぅ、すぅ。

 ・・・五感を飛ばして、くら、くら。

 うん・・・掴んだ。

 それで。


 目を開けた俺の目の前に、逆さの髑髏がこんにちは。



「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!!」



 ◇



「よー、どうした。随分と疲れてるな」


「ごめん、限界。寝かせて・・・」



 ふらふらになりながらも裏庭に辿り着いた俺は倒れ込むようにベンチに伏せた。

 結局、何の成果も得られず、ひとり恐れ慄いた1時間だった。

 精神を削られすぎたぜ・・・。

 前に一度、似たようなことがあった・・・。なんだっけ。

 ・・・ああ。

 ディスティニーランドで香に引っ張り回されたときだ。

 そうか、あれも恐怖で精神が削られてたんだな・・・。

 寿命が縮まってるぞ、これ。



「サボりにならないように起きるんだね」


「昼休みが終わる前に声をかけてくれ・・・」



 そう凛花先輩に頼んで返事も受け取らないまま、俺は意識を手放した。



 ◇



「武、かなり消耗しているように見えるぞ」


「このまま部活を回っても大丈夫ですか?」


「ああ、時間もねぇし行こう」



 放課後、今日はレオンとさくらの練習に顔を出す日だ。

 修験場から帰るとほぼ毎回消耗しているのはどうにかしてほしい。

 お陰様でふたりにかなり心配をかけてしまっている。



「大丈夫、大丈夫」



 自分に言い聞かせるよう呟く。

 すっかりヤバい奴だ。

 思っている以上に精神的疲労が影響していた。

 これ、本当に大丈夫か。


 最初にレオン所属の大撃部を訪れた。

 剣、それも大型のものを扱う部活だという。

 ソフィア嬢のエストックも刃渡り1メートル近かったが、それ以上だ。

 練習をしている先輩たちを見るに、身長くらいの剣を扱っている人もいた。

 結弦のような刀なら木刀で練習していた。それも太刀と呼ばれる太さのもの。

 ここでは棍棒のような巨大な木の塊を振り回している人までいた。



「レオン、お前は何の訓練をしてんだ?」


「今は筋力と体力の向上を目指している。何事も基礎からだからな」


「ああ、良くわかる。基礎訓練がすべての礎だよな」



 基本に忠実。彼は積み重ねを知っている。

 ゲームでも基礎ステータスが1番影響したはず。

 

 レオンについていくとトレーニングルームっぽいところに来た。

 ああ、ダンベル上げたりしているわけね。



「この部活は筋トレできるんだな」


「ああ、専用の場所だ」


「そうだぞ! 大抵の事は筋力で解決できる!」



 俺たちが話していると、先輩と思しきマッチョな人が話しかけてきた。

 ・・・なに、その頭の悪そうなセリフ。



「彼の友達ならその意味がわかるだろう!」



 いや、わからんて。

 歯を煌かせながら語るマッチョマン。

 ほら、さくらが顔を引き攣らせて少し引いてるぞ。



「先輩、俺と模擬戦を頼む。彼らに見せたい」


「おお、勿論だとも! 大撃部の名に恥じぬ模擬戦をやろう!」



 場を収めるためかレオンが申し出ると、マッチョ先輩は快諾した。


 そうして模擬戦ができる広場で先輩とレオンが向き合った。

 レオンの手には大剣。

 刃渡り2メートル近い。彼の体格に合わせたものか。

 折れない為か、刃は太く幅も大きい。

 大剣ツヴァイハンダーというやつだな。

 某流浪剣士漫画の斬馬刀みたいだ。

 一方、マッチョ先輩は・・・棍棒。

 いや、あれは丸太だな。

 あんなもん振り回すのかよ。

 俺がどちらを持っても自分が振り回されると思う。



「よし、どこからでもかかってきたまえ!」


「行くぞ!」



 開始の合図もなくふたりは動き出した。

 ぶおんと空を切る音が走る。

 丸太も大剣も遠目にはゆっくり動いているように見えた。

 だがその剣先は結弦の抜刀速度に劣らぬ速さが出ている。

 大きいから視認しやすいだけで、勘違いするとそのままばっさりだ。怖ぇ。


 大剣が丸太とかち合う。

 ばあんと、おおよそ剣技とは思えない音が響き渡る。

 火花は無いが丸太の木片が飛び散った。

 破片が俺のすぐ側を通り抜けていく。怖ぇって!

 そんな巨大なエネルギーの塊をふたりはバンバン打ち付け合う。

 遠いから軽そうに見えるだけで、風切り音がぶおんぶおんと響く。


 力こそ正義。

 ラノベに脳筋を蔑むような風潮があった気がするけど、これはまさにその否定だ。

 物理的な暴力ほど歯止めのかけられないものはない。

 あんなの間に生き物が入ったら粉微塵だ。

 その質量を平然と振り回すあのふたりがおかしい。

 それも具現化してない単なる武器で。


 どうやって決着をつけるのかと見ていると。

 やがて打ち合いをしながらふたりは走り回った。

 息が切れているのはマッチョ先輩だけ。

 レオンは平然と先輩に大剣を振るう。

 それも上段下段を含めた立体的な動きで。

 先輩は受けられなくなったのか、躱し始める。

 足元を狙われて思わず飛び上がった隙をつき、レオンが剣を横薙ぎに払った。



「そこだ!」


「ぐおおおぉ!!」



 先輩は丸太で受けるがいかんせん空中。

 そのまま横に流されて丸太ごと転がった。



「まいった! いやあ、いい勝負だった」


「ありがとうございました」



 勝負の礼を交わし、試合は終了した。



「とてもお強いですね!」


「ああ、信じられねぇ。すげぇよレオン!」



 俺とさくらは手放しで迫力に称賛を贈る。

 だが当のレオンは納得のいかない表情だ。



「駄目だ。まだまだ鍛える余地がある」


「先輩を圧倒してんだろ、十分すげぇ」


「丸太を折らねばいけない。あれはそのまま押し切るものだ」


「丸太って折れんのかよ」



 レオンの憮然とした視線の先にある丸太。

 目をやると彼が同じ箇所に打ち付けたのか斧で切りつけたように楔形の切り口ができていた。

 もうすぐ切り離されそうだ。



「まじか」


「わたしには暴風にしか思えません」


「だよな。あれと打ち合いたくねぇ」



 彼との圧倒的な腕力の差を、さくらと実感したのだった。




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