015

 高天原学園は土日が休みとなるが、土曜日は補習と部活動の日だ。

 といっても仮所属の1年生は部活動を強制されるものではない。

 しばらくの間は土曜日はお休みというわけだ。


 毎朝、身体を動かすという俺の目標は早くも崩れ去っていた。

 というのも魔力を消費すると異様に眠くなる。

 昨日、丹撃を練習した俺は一気に魔力を消耗していたらしい。

 らしい、というのは消耗に自覚がないからだ。

 寝て起きる時に気怠くなるので、そこで気づくという有様だった。


 つまり、土曜日の朝を怠惰な惰眠を貪るということに費やした。


 コンコン・・・。


 コンコン・・・。


 微睡みの中で聞こえてはいたが、俺は反応できなかった。

 ああ、誰かが来た、という鈍い理解だけだった。


 ・・・眠ぃんだよ。

 ・・・放っておいてくれ。


 がちゃり。


 ん・・・。

 鍵、閉めてなかったっけ。

 誰か入ってきた・・・?

 ・・・。


 気付いていても頭も身体も反応してくれない。

 すべてを放棄して睡眠を取りたいと主張していた。


 ・・・。

 静かになった。もう帰ったかな。

 ・・・。

 ・・・。

 ふわり・・・。

 ん?

 唇になにか触れた・・・?



「んあ・・・」



 さすがに少し意識が戻ってくる。

 けれどとても覚醒に至らない。



「武さん」


「・・・んー?」


「ふふ・・・お疲れですね。お休みなさい」


「・・・すぅ」



 ・・・。

 ああ、眠ぃよ。

 お休みなさい。

 ・・・。



 ◇



 コンコン・・・。


 ん・・・。


 コンコン・・・。


 あれ?

 さっきもノック無かった?

 え?

 今、何時!?


 がばっと勢いよく起き上がり覚醒したばかりの頭を働かせる。

 感覚的に寝過ごしたことはわかる。

 なにせ日が高い。


 コンコン・・・。


 さくらさんか、起こしてくれてるのは。



「ごめん、今、起きたから!」



 声をかけてからベッドから降り着替えながら時間を見る。

 え!?

 11時50分!?

 寝過ごしたどころの時間じゃねぇぞ!?

 うへ、どんだけ疲れてんだよ、俺は。

 顔を洗って頭を完全に覚醒させて廊下に出る。



「おはようございます」


「おはよう! ありがとな、また起こしてくれて」 


「ふふ、ゆっくりお休みできましたか」



 いつも可愛いにこにこ顔のさくらさん。

 すっかり見慣れた銀髪も白い肌もいつも綺麗だ。

 いつの間にかあどけなさは消えて大人の美しさを感じる。

 当初からこういったヒロインパワーを感じていたが、ゲーム開始の年齢になったら益々磨きがかかったように思う。

 ほんと、油断するとすぐに流されそうで怖い・・・。



「? どうしました?」



 やっべ、また見惚れてたよ!

 なんか今日は艶がある? ちょっと頬に朱がかっている気がする。

 こてんと頭を傾けて聞いてくるその仕草。やばい。



「アハハ、まだ寝惚けてるみたいで・・・」



 掠れ声!

 俺、また赤くなってねぇよな!?



「それよりお腹減ったよ。食堂へ行こう」


「はい、行きましょう」



 なんだか上機嫌な彼女に若干の気後れを感じながら。

 俺は虫が鳴いたお腹に急かされ食堂へ向かった。



 ◇



 食堂は土曜日も混雑していた。

 全寮制でここしか食べるところが無ければ当然か。

 何とか席を、と探していたら遠くにレオンの姿が見えた。

 手を軽くあげてくれているところから座れるようだ。

 よくこんな遠くでわかるな。



「あそこ、空いてるみたいだな。行こう」



 さくらさんを連れて行くとSS協定のメンバーが揃っていた。



「ご機嫌よう、武様」


「おはよ、武くん」



 ソフィア嬢にリアム君が出迎えてくれる。

 ふたりともにこりとしてくれる。

 挨拶に軽い笑顔は嬉しいね。



「武、午前中は寝ていたのか」


「あ〜、眠くて仕方ねぇんだ」


「武さん、そんなに激しい訓練をしてるんですか?」


「んん、全然だ。まだ初歩の初歩なんだけどなぁ。情けねぇ」



 レオンと結弦も気にかけてくれている。

 男友達としてはとても良い関係になれそうだ。



「なに、あんたずっと寝てたの?」



 そして蔑むような視線のジャンヌ。

 これ、こういうプレイが好きな人にはたまらねぇんだろうけど。

 俺はその趣味がないので普通にストレスだな。



「疲れてんだよ。体力と魔力の使い過ぎだ」


「へぇ。遊んでばかりかと思ったけれど本格的にやってるのね」


「やらねぇと誰かさんにボコられるからな」


「誰よ、そいつ。あたしが話をつけてあげるわ」



 ・・・これ、突っ込んだほうが良いの?

 護衛対象をターゲットにする奴のセリフとは思えん。

 まぁこいつだけじゃなくて生徒会連中も当面の敵だからな。

 相手はひとりじゃねぇ。



「誰でもいいだろ。どうにかしねぇと駄目なんだ」


「あまりご無理をされては逆効果です。適度にお休みになってください」


「うん、ありがとう、さくらさん」



 ああ、優しい心遣いが暖かい。

 完全に俺サイドで考えてくれる人って、さくらさんだけだからな。



「武様、今日はどうされるご予定ですの?」


「あ~・・・決めてねぇんだよな。部活というか練習をしてぇんだが」



 昨日、集魔法は自力でできた気がする。

 丹撃はまだ凛花先輩に流れを作ってもらわないと発動できない。

 前段である集魔法の共振をモノにしたい。

 集中できる環境が必要だろう。



「今やってることは身体を動かす必要はねぇから、自分の部屋にいると思う」


「では本日の随行は必要ありませんわね」


「ああ」



 順番からすると次はソフィア嬢と結弦か。



「そうだ、明日は用事があるんだ。緑峰市まで行くから明日も必要ねぇぞ」


「あら、遠出ですわね。1番の方とお逢いになられるのですか?」


「ん、そういうことだな」



 ここは宣言しといたほうがいい、牽制になるし。

 ソフィア嬢は澄まし顔だけどさくらさんの表情が曇った。

 ちょっと罪悪感はあるけども、人を好きになるって選択するってことだからな。

 ごめんよ。

 他の4人はどうでも良さそうな雰囲気。

 ん? 気にならないってこと?

 君たちの思考回路はよくわからん。まぁ狙ってもらわないほうが都合が良いけど。



「ねえ、武くん! このあとお部屋に遊びに行ってもいい?」


「・・・言っただろ、練習してぇんだよ」


「ええ~。ずっと練習するわけじゃないんでしょ?」


「そうだけどさ」


「じゃ、おやつしよ!」



 無邪気な感じで侵入宣言をするリアム君。

 俺の都合無視なのか。



「それよりお前らはどうすんだよ。仮所属でも土曜なら部活できるだろ」


「俺は午前中で終えた。午後は自主練だ」


「オレもそうです。午前中で終わる部活が多いみたいですよ」


「そうなの?」


「ええ、土曜日の午後は自由に勉学や部活動に励むという方針ですわ」


「土曜日は身体を動かして、日曜日に座学をする人が多いんだよ!」



 そういえばそんな事を初日に言われた気がする。

 こいつら絡みの衝撃が大きすぎてすっかり忘れてたよ。



「ソフィアとジャンヌも自主練か?」


「わたくしは多少、勉学を。のちほど、リアム様とご一緒にお邪魔しますわ」


「は? だから俺は練習すんだっての」


「おふたりが武さんのところへ行くのならわたしも行きます」


「・・・」



 いや、だからさ。

 練習すんだって。お前らの相手するために部屋に居るんじゃない。

 もう言っても無駄そうだから突っ込まねぇけど。



「あ、そうだ。レオン、自主練するなら付き合ってちょうだいよ」


「ああ、構わない。得物を使ってやるのか?」


「そうね。折角、部活の道具があるんだし使いましょ」


「わかった。場所は武器棟の第2フィールドで良いか?」


「ええ。13時半からでお願い」


「オレも一緒で構いませんか?」


「もちろん。バリエーションがあると楽しいから」



 レオンとジャンヌ、結弦は既に訓練らしい訓練を始めている様子。

 ああ、良かったよ。俺を中心に動いてるわけじゃない。

 レオンとジャンヌは互いに攻略する場合、こうやって訓練してたからな。

 結弦もこのふたり相手だと訓練をしていたはず。

 無事に関係性が進んでいるようでちょっと安心だ。



「おやつって言ってる奴は15時半以降にしてくれ。集中を途切れさせたくねぇ」


「承知いたしましたわ」


「はい、わかりました」


「うん、その時間に持っていくね!」



 そこから外れているこの3人・・・もう休憩時間と割り切っておこう。

 俺は遅い朝食に満足しながら彼らのやり取りを見守っていた。



 ◇



 高天原学園の寮は鍵をかけることができる。

 むしろ、かからなかった桜坂のときの寮の方が不思議だが、あれはおばちゃんの主義。

 鍵がかかるがゆえに、夜間の見回りなどもない。

 入り口に警備のおじさんが常駐しているだけだ。

 だから生徒同士は自由に行き来するし、防音の効いた部屋で何をやっていてもわからない。

 このへんはゲームのご都合主義かと思っていたけれど、よく考えればこの世界の常識なのかも。

 特にこの学園に限れば具現化の共鳴のため親しい相手を作るほうが都合が良い。

 男女関係なく積極的に交流をすべしという暗黙の空気を感じる。

 まさにラリクエ倫理を地で反映している。


 俺は中学の頃の癖で鍵をかけずにいることが多い。

 泥棒が来ても盗むものもないし、仮に来ても学園の生徒だろう。

 怖いと思わないから鍵をかけようとも思わない。

 だから勝手に部屋に入られる可能性について微塵も考えてもいなかった。



「まだ時間じゃねぇだろ・・・」


「あら、お部屋に入らないようには言われておりませんことよ」



 確かに念は押してねぇけどさ。

 まさかそういう解釈をするとは思わねぇだろよ。



「ちょうど終わったところでしょう? 少しくらい良ろしいのでは」


「むぐ!?」



 どういう状況かというと。

 俺は集魔法の訓練のため、ベッドの上で胡座で集中をしていた。

 そうして終わったと思ったところで目の前にソフィア嬢がいた。

 ベッドの、俺のすぐ目の前だったからびっくりした。

 集中してたから気配がわからなかった。

 目が覚めたら目の前に人が居るのと同じ状況なのだ。

 しかも15時半前。


 当然に文句を言ったところで、立っている彼女の胸に押し付けるよう顔を強引に抱擁をされたところである。



「ぶは!? おい、ふざけんな!」


「ふふ、ふざけてなどおりませんわよ」



 お前はお前で何で色仕掛けばかりなんだよ!!

 その豊かな胸から抜け出して距離を取る。

 驚きすぎてちょっと顔が熱い気がする。

 くそっ・・・やっぱり耐性下がってる。この程度で・・・。



「やはり武様はわたくしでも意識してくださるのですね」


「これは男の生理反応だろうが! 気持ちは違ぇぞ」


「ふふ。いつまでそう仰っておられましょうか」



 余裕そうな笑みで相対するソフィア嬢。


 さくらさんもそうなんだけど、ゲーム画面よりもこうやって目の前で見ると全然違う。

 肌の瑞々しさや髪の光沢、睫毛から覗く瞳。生き生きとした表情。

 現実として「理想の女の子」が目の前にいるのだ。

 何よりも匂い・・・ゲームと現実を区別するものがあるとしたらこの匂い。

 女の子の良い匂いが鼻腔を刺激する。

 当然に理性を煽られる。


 要するにこいつらに露骨に誘惑されるとやばい。

 ただでさえ主人公たちに感情移入してやりまくったゲームなのだ。

 理由はともあれ、その愛したキャラが目の前で俺にアプローチしている。

 意識するなというほうが無理だ。



「お前、今度から俺の部屋に出入り禁止にすんぞ」


「ふふ、それは困りますわね。さくら様に先を越されてしまいますわ」


「・・・」



 ・・・うん、さくらさんも危険だよな。

 レオンと結弦は「まだ」大丈夫だろう。

 いや、結弦もちょっと怪しいか。

 リアム君は弟分かな。平気そうな気がする。

 幸いにしてジャンヌは俺のことを恋愛対象にしてないっぽい。

 やっぱり露骨なソフィア嬢とさくらさんだな、マークしておく必要があるのは。



「はぁ。言っても無駄そうだから今は良いけど。露骨すぎると引くからな」


「承知いたしましたわ」



 にやりという表情を隠しきれていないソフィア嬢。

 ああね、「露骨すぎるほうが効果があります」って言ってるようなもんだし。

 どっかでお灸を据えないとだめかな。


 コンコン・・・。


 ソフィア嬢と裏の読み合いをしていたところでノック音がした。

 ようやく来たか・・・。



「開いてるよ、どうぞ」


「お邪魔します・・・え!?」


「武くん、来たよ! あ、ソフィア、早いね」



 がちゃりと扉を開けてさくらさんとリアム君が入ってきた。

 さくらさんは先に居るソフィア嬢を見て驚いた顔をした。



「ソフィアさん、どうしてお時間より前にいらしたのですか?」


「あら、お時間より前に入るなとは言われておりませんでしたわ」


「それは勝手な解釈でしょう。武さんも迷惑です」


「ふふ、それはどうかしら」



 そこで俺に流し目しないでもらいたい。

 さくらさんは素直なんだから。

 ほら、俺にターゲットが移ったじゃないか。



「武さん。ソフィアさんとご一緒は楽しかったのですか」


「どういう意味だよ。勝手すぎて困ってんだよ」


「・・・」



 ん!?

 そこで俺の言葉を信じられませんってジト目になるのは何故?

 ちょっと、さくらさん?



「ね、お菓子ここでいいかな? お湯沸かすね!」


「ああ、うん。頼むよ」



 そしてKYなリアム君。

 ああ、その安定のKY具合が嬉しいよ。

 是非お茶にしていただきたい。


 個室には勉強用の小さな机しかない。

 だから食べるものは机に置いて、ひとつしかない椅子とベッドに腰掛けるしかない。

 お湯は・・・どこかから持ってきたケトルでリアム君が沸かしている。

 人数分のマグカップもどこから持ってきたのやら。

 不思議ちゃんはもう彼の個性だと思うようにしよう。



 ◇



「できたよ~!」


「サンキュー」


「ありがとうございます」


「感謝いたしますわ」



 彼が持ってきたクッキーを口に運ぶ。

 香ばしさが口いっぱいに広がる。

 ここの食堂、食堂と言いながらカフェも万全だな。

 それなのに自室でティータイムをしようというのも贅沢な話か。



「ねぇ武くん。武くんの1番の人ってどんな人?」


「ん? ああ」



 その話を聞きたかったのか。

 そしてその話を言いたくない筆頭メンバーなんですがね。

 さくらさんのジト目が復活。

 そしてソフィア嬢も澄まし顔ながら興味津々という雰囲気だ。



「わたしも聞きたいです」


「わたくしも是非、拝聴したいですわ」


「・・・」



 そんで話せ、と。さくらさんまで。

 どうなっても知らねぇぞ。



「彼女は香さんって言うんだ。気高い人だよ」



 香の評価。俺はほかの人へ口にしたことはない。

 言う必要もなかったし惚気けたこともないから。

 目を閉じて顔を思い浮かべる。



「見た目を言うなら、艶のある黒髪ポニーテールがトレードマークで、ちょっと吊り目だけど長い睫毛が綺麗で、黒い瞳が宝石みたいでさ」


「日本人だね! 武くんみたいに黒髪で黒い瞳なんだね」


「うん。見た目の綺麗さならソフィアの金色も、さくらさんの銀色も、リアムの栗毛色も綺麗だよ」


「え、僕、綺麗? ありがと!」



 世辞に反応するんじゃない。

 頬を赤らめんな!

 さくらさんもね?

 ソフィアみたいに・・・ってお前もかよ。



「俺にとって、香はもっとだな。好きになると余計に綺麗に見えるもんだから」


「うんうん! だよね!」


「性格はリアムみたいに元気な人だ。でも俺の様子に合わせてくれるから、静かにしたいときは静かにしてくれる」


「へ~、武くんのことよく見てくれてるんだね」


「うん。辛抱強くて頭も良くて・・・俺が本当に・・・して欲しいことをわかってくれる人だ」



 俺、惚気けるのって初めてだな。

 でも悪い気はしない。彼女を知ってもらうことが嬉しい。

 女子高生が恋バナを好きな理由がちょっとだけわかった。



「すごいな~その人。武くんのことが大好きなのがよくわかるよ」


「うん。可愛いとか綺麗とか、ふとした時に言うと驚いて照れるんだよ。そこがまた可愛くて」



 うんうんと楽しそうなリアム君。俺も饒舌だな。

 今度はソフィア嬢がなんか赤くなってる。どして?

 さくらさんは真顔だ。そうだよな、さくらさんとの比較をしてるようなもんだ。

 ちょっと軽率だったか。



「さくらさんの弓道の先輩なんだよ。その伝手で知り合ったから」


「あら、そうなのですわね。ではさくら様もよくご存知の方ですか?」


「はい、橘先輩は素敵な方です。わたしに弓の心得を教えてくれました」



 ふわり、と笑みを浮かべて。

 少しだけ懐かしむような雰囲気でさくらさんが香の話を始めた。

 ソフィア嬢も俺の相手のことを知りたいのか聞き入っている。


 そうだよな。

 ただの恋敵というだけでなく、良い先輩と良い後輩だったから。

 俺が初めて耳にするさくらさんの香への想いは新鮮だった。


 明日、ようやくその愛しい彼女に会えるんだという期待が否応にも膨らんでいった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る