悪しき幻想~アシキゲンソウ~
”十河 遥”のその物言いに”鹿嶋 蓮司”は一瞬言葉を失った。
しかし、すぐに言葉の意味を理解して、吹き出し笑い始めた。
「おい――、あたしを馬鹿にするつもりなら、今すぐ殺すぞ?」
遥はそう言って蓮司を威嚇する。しかし――、
「すまん――、馬鹿にするつもりはない――。
君の事は冷酷無比なテロリストだって聞いていたから――」
「あたしは冷酷無比のテロリストだ――、ただあんたの話を聞きたくなった。
いわゆる気まぐれってやつだ。言葉の使い方に気を付けないと今すぐ殺すぞ?」
その言葉に、目頭の涙を拭きながら蓮司は答える。
「わかった、気を付けるとしよう。
それで――、超能力者への迫害についてだったかな?」
「そうだ――、あたしら超能力者の事を、なぜ一般人は敵視する?
なぜ政府はそれを放置するんだ? なぜ――あたしらは苦しまなければならない」
「そうか――、君たちは苦しんでいるんだな」
そうしみじみという蓮司に遥は怒りの表情を見せる。
「当然だ!! 今気づいたような言い方をするな!!」
「――すまん、無論理解はしているさ。
ただ、改めて世界の病巣を噛みしめていたところだ」
「どういう意味だ?」
その遥の質問に蓮司は答える。
「私の友人に”
――君は多分よく知っているね?」
「丈人――、ああ”超能力災害対策局”の局長の」
「その父親についてはどれだけ知っている?」
「父親?」
遥は首をかしげて考え込む。どうやら彼の父親である”
「知らないのか? もしくは”教えられていない”のか――」
「どういう意味だ?」
「彼は――、超能力者を新たな人類の形として――、
人類が進化すべき存在として考えていた人間の一人だ」
「新人類――、進化すべき姿?」
「彼は超能力を人類が等しく持つ力として認識し、現代の人類は覚醒前の存在であると考えていた――。
超能力が世間一般にオカルトまがいの存在として否定されていた時代に、一人の少女と出会いその娘の持つ不思議な力を研究していたのだ」
「一人の――少女――」
「その少女は生まれつきの不思議な力を疎まれて、周囲から人外の存在として気味悪がられていた。
少女は、研究に協力する代わりに、彼に一つの願いを言った――。それは――。
”私の能力を消してください――、普通の人間にしてください――”――と」
蓮司は目を瞑って話を続ける。
「その願いを聞き入れた彼だが――、彼には一つの考えがあった。
少女の能力が人類にとってどれだけの財産となるか――、彼女の能力は疎むべきものではなく素晴らしい宝なのだと――、
少女に理解させることだった――」
「それで? その男はその娘の能力を――」
「消すことはなかったさ――、
少女と彼はそのうち惹かれあうようになって夫婦となった」
「まさか――」
「そう、新城 丈人の母親だよ――。
彼女は丈晃の助手として超能力研究を進めた――、そして、丈晃は世界に先駆けてその成果を公表したんだ。
無論、当時の世間の反応は思わしくはなかったが――。そして――」
「――?」
「PSIパンデミックが起こった――」
蓮司は真剣な表情で遥を見る。その瞳には大きな決意が見て取れた。
「PSIパンデミック――、超能力の大流行と、忌まわしき超能力者差別の始まり――か」
遥の言葉に蓮司は頷く。
「そう――、その大流行と疫病指定は大国が後ろで手を引いていた”造られたもの”だった――」
「何?!」
「論文の発表に合わせたように、タイミングよくなぜ大流行が起こったのか?
――そもそも、超能力は精神医学の発展と共に解明されるべくして解明された存在だ。
ただ、”彼ら”は待っていた――」
「待っていた?」
「望む生贄が動くのを――ね」
「生贄って――、神藤――?」
「もっとも彼らは生贄にするつもりはなかったのかもしれない――。
超能力流行――その切っ掛けに出来る出来事を欲していたんだな。
そして――”ソレ”は実行された――」
「ソレ?」
「ぶっちゃけると――、PSIパンデミックの切っ掛けは世界的な”覚醒ウイルスの拡散”だよ」
「ウイルス?!」
「そう――どこの国だったかはもはや調べることは不可能になっているが。
超能力が一部の人間のみの覚醒に留まったのは、体質的にウイルスに対する耐性を持つ者がいたからだ。
――人間はすべからく”超能力者になる才能を持っている”んだよ」
「!!!!」
「そう――、超能力者は一部の選ばれた存在ではない――、
差別されるべき”バケモノ”でもない――、
ただ一足先に能力に覚醒しただけの”ただの人間”なんだ」
「――なぜだ!!
それが事実ならなぜ世間に公表しない!!!」
「公表はしているぞ?」
「なに?」
「超能力開発戦略本部のサイトを見てみるといい――。
詳しく”超能力拡散の経緯”まで書かれている」
「それならなんで――」
「公表が最近だってこともあるだろう――、
情報が拡散されるのはこれからだってことだな」
「それって――最近まで秘密にされていたってことか?」
「その通り――、だからこそ”神藤 丈晃”も殺害されたんだし――」
その蓮司の言葉に遥は驚きの声をあげる。
「殺害? それって――」
「超能力研究の専門家だ――、流行の原因がウイルスであることぐらいすぐわかる。
――当然それを世間に公表しようとしたが――、ウイルスを流行させたどこかの国家によって始末された」
「な――」
「当時、神藤 丈晃は世間からのバッシングによって自殺したとされていた。
しかし、最近行われた再調査によって、薬物によって殺害されていることが分かったんだ――。
そして、彼の関係者の多くも行方不明になったものが多かった――。
当時の日本の上層部はその”どこかの国”を敵に回すのを恐れて口を噤んだ――」
「――」
「すべては”超能力者を疫病感染者として国家の強制的管理の下に置く”ために行われた事だ――」
蓮司はむつかしい顔で黙ってしまった遥を見つめながら話を続ける。
「――これら、失われた過去を発掘できたのは、かの丈晃さんの奥さんの執念の賜物だった。
夫が殺された事実を訴え続け――、やっと証明したんだ」
「――執念――か」
それがどれほどの戦いであったのか、遥には理解できるものではなかった。
「――超能力者は、当たり前の存在――、人類の未来の姿――」
「その通りだ――、現在、超能力を薬品で付与できるのも、もともとその才能を全人類が保有しているだけの話で――、
別段特別な技術というわけでもない」
「じゃあ――超能力者差別って――、意味がないことじゃないのか?」
「まさにその通りだ――、あくまでも人間特有の特殊スキルが”超能力”だからね」
「そんな――、もしそれが事実だってんなら――、
あたしらのしていることは――」
「
「――」
余りの事に途方に暮れた顔で黙りこくる遥。
蓮司はため息をついて話を続ける。
「超能力は人間なら誰でも持っている特殊スキルに過ぎない――。
超能力者を疎むことは全く意味のないことだ。
でもだからこそ、あんた等を我々は許すことができない」
「超能力者を特別視して国家転覆を企むからか?」
「――それもあるが、正しくは”力を持つ者の義務を果たしていないから”だ」
「義務?」
「大人には子供を守り育てる義務がある――、あんた等”強力な超能力者”には人々を正しく導く義務があるんだ。
それをお前たちはただの暴力と恐怖で――テロリズムで恐怖を拡散している」
「あたしらは――!!」
「お前らにとっては正しいんだろ?
恨みがあるからそれを返している――違うか?」
蓮司のその言葉を聞いて遥は母親の事を思い出す。
ただ
「でもな――、お前ら個人の恨みを晴らすだけでは世間は変わらない。
それは”本当に正しいやり方”ではないんだよ――、憎悪と恐怖では世間は変わらないし変えてはならないんだ」
「そんな事――」
「理解している? 本当か?
――ならなぜ、
「そんな事してなんの意味が――」
「お前は――お前の足で踏まれる蟻の気持ちを想ったことはあるか?」
「?」
「お前がその力を軽く振るっただけで
お前はその恐怖を永遠に感じることはないのかもしれん。しかし――」
蓮司は遥を睨みながら言う。
「お前が軽く殺した人々の恐怖を――お前は理解しなければならない。
それは力を持つ者としての最低限の義務だ」
「――」
「2年前お前が起こしたテロで1000人近い死者が出た――。
お前にとってはただ手を振るだけの行為かもしれんが、死を目前にした人々の恐怖を理解したことが一度でもあるか?
――そのくせ、お前たちは自分たちを迫害するな――、自分たちの気持ちを理解しろという。
他人を理解せず、彼らを殺害するしかしないお前たちの気持ちを、理解する義務は彼らにはないんだよ――」
「く――」
その蓮司の言葉に遥は唇をかむ。
「でも――奴らはあたしらに――」
「そうだな、彼らもまた無理解でお前たちを傷つける者達だ――、
ならば必要なのは無理解からくる闘争ではなく――」
蓮司は遥に――そっと笑顔を向けていった。
「お互いの気持ちを理解しようと手を取ることじゃないのか?
結局、この世には超能力者――、そして
それはお前たち――そして多くの人が抱えている悪しき幻想にすぎないんだ」
「悪しき――幻想」
「――それを、幻想を打ち消すのが正しい革命というものだ」
「あたしは――」
遥は少し考えてから蓮司に背を向ける。
「あたしにはまだ整理がつかない――、そもそもお前の言っていることが事実かもわからない」
「そうだな――、俺が嘘を言っている可能性もある」
「でも――、お前はそんな無駄な嘘をつくような感じには――、
なぜかあたしには思えない」
遥は弱い足取りで部屋扉の方へと歩いていく。そして――、
「あたしは――もう一度お前の言うことの真実を確かめる。
あたし自身の目で耳で――」
「そうだな――そうするといい。
真実は自分自身の手でしか掴むことはできない」
「――だから、お前を殺すのはその真実を突き止めて。
お前が嘘つきだと証明してからにしてやる」
「そうか――」
蓮司は笑いながら遥を見つめる。
「――なあ、総理大臣――」
「なんだ?」
「お前の名は確か――」
「鹿嶋 蓮司――、蓮司だ――」
「レンジ――か。覚えておいてやる――」
”十河 遥”はそれだけを言うと、その部屋を後にしたのであった。
◆◇◆
(――あたしは馬鹿じゃない――。
奴の言葉を鵜呑みにはしない――)
”十河 遥”は国会議事堂の廊下を歩きながら考える。
(でも――、本当は心の中で渦巻いていた気持ち――。
あたしらが目指すべき楽園のありか――。
それは、母さんの目指すところには――ない)
不意に周囲に黒服が集まってくる。それはRONの特殊超能力部隊の兵士――。
「――少し考え事をしているんだ――、
RONの兵ごときが邪魔をするなよ――」
”十河 遥”はその言葉を発すると、無表情でその手の平をRONの兵士どもに向けたのである。
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