戦士の休日~センシノキュウジツ~

「それで――?

ここにあるのが機槍の、今回の運用データか」


整備小隊長・遠坂とうさか准陸尉はそう言って部下にデータチップを示す。


「機槍『天之瓊矛アメノヌボコ』――、

これに再び会えるとはな」


そのしみじみとした遠坂の物言いに、部下の一人が疑問を投げかける。


「それって、隊長は触ったことあったんですか?!」


「ああ、もう15年も前になるか――」


「え?!!

これってそんな古いものなんですか?!」


その部下の言葉に、遠坂は少し考えてから答える。


「いや、こいつはかつてのモノの改修機で、部品自体は最新のものが使用されている。

もっとも、コンセプトや本技術は10年前のものといったところか……」


「そんな古いモノを改修して、何か意味あるんですか?」


「今、これを、今の部品で改修したのには、もちろん意味はある。

なぜなら、噂の段階ではあるが、新式の機槍――、あるいはそれに類するものが開発中だからだ。

我々がこの武器を受領したのは、その前段階――」


「それって――」


「そう、初めの運用実験は、おそらくお姫様が行うことになる」


「桃華ちゃんが?!」


その部下の驚きの声に遠坂は無言の頷きで答えた。


(機槍『天之瓊矛アメノヌボコ』――、

天地開闢の再現として、補助ボーテック機関による時空間断絶効果を利用して、対象のあらゆる防御効果を無効にしてから『超硬合金製杭ステイク』を投射して目標を貫徹・粉砕する兵器。

今回は、超能力者のサイコキネシスによる物理防御領域を切り裂くのにも使用された――)


それは、無論、ある程度近接しないと効果を発揮しない兵器ではあるが、おおよそこの世のあらゆる防御技術を無用の長物とする効果を持っている。

それを、再び日本政府は研究開発している。


――何ために?


言いようのない不安が遠坂の心を襲う。


(ソレの矢面に立つのは、我らがお姫様なんだよな――)


遠坂は、自分にいつも笑顔で話しかけてくる、小さな娘の顔を思い出していた。



◆◇◆



「あ~~おいしかった!

ありがと、おじさん!!」


「そりゃよかった。

喜んでもらえて光栄ですよお姫様」


そうやり取りしながら東京は新宿を歩いているのは桃華と藤原である。

8月も終わりに近づいたころ、二人は遅めの藤原の誕生日祝いとして、東京に食事に来ていたのである。


桃華は、どこかしらお金持ちのお嬢様を思わせる、ピンクのフリルのワンピースに白い帽子。

藤原は、本来の年齢である27歳にふさわしい、いつもの軍服とは正反対のカジュアルなジャンパー、Tシャツ、ジーンズ姿である。

その二人は、傍から見ると仲の良い兄妹そのものであった。


「でも、よかったの?

おじさんの誕生日祝いなんだから。私がお金を払った方が……」


「いや、さすがにモモにお金をタカったりできないよ」


「タカるとか、別に気にしなくてもいいのに。

いろいろなところからお金が入ってくるから、おじさんより高収入だし、あたし――」


「それはそうなんだがね」


「おじさん安月給なんだから無理しない方がいいよ?」


「ははは……」


その桃華の言葉に苦笑いで答える藤原。

桃華は、基本的に他人に対して不快になるような話はしない、しかし、目の前にいる藤原は別である。

ずけずけとモノを言うし、時に『ザコ』『馬鹿』『ハゲ』なんて言葉も飛んでくる(藤原は別に禿げてはいない)。

まあ、桃華の方が頭も身体能力も、あらゆる面で上なのだから仕方のないことだが。


それでも、桃華は実際は藤原を誰よりも信頼していた。

それは、初めて桃華が藤原と出会った当時のことが原因であるのだが、まあここでは多く語ることはしない。


「さてと、これからどうするかね?

少し久しぶりの東京観光でもする?」


「うん、そうだね。

お土産に買って帰りたいものもあるし」


そう言ってから、桃華はその小さな手で藤原の手を握った。

――と、その時、その隣を歩くいかにも遊び人そうな、全身ピアスだらけの黒髪を金髪に染めた女が桃華に向かって呟いてくる。


「ごめんねお嬢ちゃん、痛いかもしれないけど。一瞬だから――」


「?!」


藤原の手を握ったままの桃華は、まるでそれまでの事がなかったかのように、他人を刺殺できそうな鋭い目に変わった。


「あなた……」


……そう呟くのと、その女の周囲が一瞬にして光に包まれるのは同時であった。


ドン!!!!!!!!


すさまじい衝撃波が、一点を中心にして東京の新宿全体に広がっていく。

それは、いくつかの建物をも巻き込んで吹き飛ばした。


「!!!!!!!」


空を藤原と共に木の葉のように舞いながら、それでも桃華は手を離さなかった。


「おじさん!!!!」


どうやら気絶しているらしき藤原を、宙を舞いながら自分の側へと引き寄せると、そのまま小さな体で抱えて、背後に音速に近い速度で迫ってくるビルの壁に足を向けた。


ドン!!!!


壁を蹴って横へと飛ぶ桃華。少し速度が弱まった。


(これは、純粋なサイコキネシスの力場?!

熱さも痛みも感じないし、おそらくは周囲のものすべてを、自身を中心に外へと吹っ飛ばしたんだ)


宙を舞いながら冷静にそう判断する桃華。そらく彼女でなければ、先ほどの壁で少女は肉塊に変わっていたであろう。

しばらくすると、その高度が落ちてくる。当然のごとく様々な危険が桃華達を襲った。

桃華は、もはや人外ともいえる反射速度で、それらを蹴り飛ばし、殴り飛ばして回避していく。

手足は血にまみれ、せっかくのワンピースがボロボロになったころに、やっと桃華は地上に着地した。


「く……」


桃華は苦し気に呻いて膝をつく。その手の中から藤原が離れて床に倒れる。


(ここは……)


その時に見た、周囲の景色は全く見たことがないものであった。先ほどいた地点から1km以上吹き飛ばされたんだから当然の話だが。

かつて自分がいた場所には、巨大な空気の渦が立ち上っているのがわかる。

そして、空には同じように吹き飛ばされた人々が力なく舞っていた。


(アレは……助からない)


桃華は悔しそうに唇をかむ。突如として、新宿の街に超能力者によるテロが行われたのである。

おそらく、このテロによって相当の数の犠牲者が出ただろう。

そして、そのテロの実行者は、自分たちのすぐそばにいた。


(絶対忘れない……)


桃華は、全身ピアスの金髪女の顔をはっきりと記憶に刻む。


西暦2090年8月下旬――。

超能力者による国家建設を目指す『十絶旺陣』によって、その年最大の犠牲者を生んだテロが行われる。

その犠牲者は、繁華街、そして人通りの多い時間であったことも手伝って、1000人を軽く超える結果となった。

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