開闢の神槍~カイビャクノシンソウ~

西暦2090年8月22日――。

時間がすでに1時半を過ぎようとしていた頃、1号機と3号機は敵戦車部隊によって、砦南東の森林地帯にて再包囲されつつあった。

1号機の右腕は肩から脱落して、すでに装甲扉破砕槌を扱えない状態になっており、かれこれ30分も前には放棄している。

現在は、左腕で12.7mm拳銃を持ち敵の接近を警戒している状態である。

3号機の方は、その88㎜重機関銃による背面からの砲撃で、敵T131改主力戦車のうち1両を討ち取っていたが、その弾薬はすでに尽きてしまい先ほど敵からの逃走の際に投げつけてきたところである。


「現在の装備を確認しろ――」


1号機の冬獅郎が冷静にそう言葉を発する。二機は自分たちが現在残す手札を確認していく。

1号機は、

12.7㎜拳銃1丁、

対戦車手りゅう弾2個、

催涙性煙幕弾1個――。


3号機は、

12.7㎜拳銃1丁、

対戦車手りゅう弾4個

電磁障害煙幕弾3個――。


双方とも重火器はすでになく、敵戦車への対抗手段は投擲弾ぐらいのものであった。


「ふむ……」


しかし、冬獅郎はその惨状に絶望した表情を見せることなく、いたって冷静に現在時刻を確認する。


(現在、1時35分――。

もうそろそろ敵の包囲が完成して、仕掛けてくる頃か――)


まさしくその通り、

突如、その森林地帯の上空に太陽光のように明るい光弾が打ち出される。

一瞬にして闇は払われ、森林に紛れる巨大な人型をきれいに暴き出してしまった。


ドン!!


敵戦車からの牽制砲撃が飛来する。


「アルファ2!!!」


1号機の叫びと同時に、3号機がその手の投擲弾を砲撃が来た方向に放り投げた。

次の瞬間、センサーを阻害する特殊煙幕がその方向の森に立ち上る。


「次は――。3時――」


そう1号機が指示した方向に、投擲弾を投げる3号機。

そして、さらに1個――。


森林地帯に電磁障害性の煙幕が立ち上る。そして、それは森に吹く風に流されて1号機と3号機を覆い隠してしまった。


ドン!! ドン!! ドン!! ドン!!


敵戦車の155㎜砲の連続砲撃が煙幕雲に向かって放たれる。しかし、その中にすでに二機はいなかった。

伏せの状態で森の中を進む二機は、唯一砲撃が来ていない北東へと進んでいく。

――そのうちに、森を暴き出していた光が消えた。


1号機の冬獅郎は、砲撃が来た方向やその数を把握し、敵の展開状態をはっきりと理解していた。


(敵主力3、多脚2――、北東部を除いてC型に展開している。

これはおそらく――)


敵機を攻撃の薄い方向へと追い込む腹であることは明白だが――。


(さあ――ここからが本番だ)


冬獅郎は、罠へ自ら進みつつそう心の中で呟いてにやりと笑った。



◆◇◆



「よし――、予定通り目標は進んでいるな?」


「おそらく、もはや彼らにおかしなことをする余力はないでしょうから――」


「装甲車は?」


「対空装甲車をすでに予定の場所に展開中です」


「では――、そのリニアマシンキャノンで、敵を発見次第ハチの巣にしろ」


「了解」


指揮装甲車上の現場指揮官は、そう言って部下に命令する。

もうこれ以上失敗は許されない。首領ヴィンセントに物理的に首を切られかねないのだから。

腕時計で時間を確認しつつ煙幕が漂う森を見つめる現場指揮官は――、


――不意の警報をその耳に聞いた。



◆◇◆



「ガンマ1目標確認!!」


シュルシュル……。


4号機が、その腕で支持する有線多目的誘導弾から有線ミサイルが飛んで側面からT131主力戦車を襲う。


ドン!!!


轟音と共に粉砕される主力戦車。


「目標主力戦車1両沈黙――、次は――」


闇に紛れてさらに移動する4号機。


ドン!!!


それを牽制するように北から砲撃が来た。


「うわっと!!!」


無様な悲鳴をあげつつ西へと走る4号機。その視界には、実ははっきりと南へと移動する主力戦車が見えていた。


(投擲型マルチセンサ――、効果時間終了まであと2分25秒――)


4号機は腰に設置された投擲弾を手にすると、現在の進行方向である西に向かって投げた。


(ほい――、もう二機確認。T131が1両、さらに北にRT89が1両――)


4号機は次に北東に向かって走る。そのまま進むと、主力戦車がそのセンサーでこちらを捉えてきた。


(パッシブセンサーで目標の視界確認――、

いまさら気づいても遅いけどね――)


主力戦車の砲塔が4号機の方向を向く。そして――、


「索敵・陽動ご苦労さん!!」


桃華の90式がその主力戦車の背後から有線多目的誘導弾を放ったのである。


ドン!!!!


轟音と共に粉砕され鉄くずへと変わるT131主力戦車。

桃華は空になった有線多目的誘導弾をその場に放棄すると、腰に設置された長い棒状の機器を手にした。

その機器の側面トリガーを握り込むと、それは中央部にトリガー付きの箱を持つ短槍へと姿を変えた。


「補助ボーテック機関の起動確認――。

装填――」


さらに桃華は、腰にいくつか用意された樹脂製のカバーに鎧われた金属杭を、その短槍の箱の部分に装填する。

その箱の側面に表示された青いライトが赤に変更される。

そうして準備を整えた桃華は、一気に森を敵戦車に向かって駆けたのである。


センサーによって反応した敵T131は、牽制砲撃をしつつ逃走に入る。しかし――、


「はあ!!!!!!」


裂帛の気合と共に、敵側面へと走り込んできた桃華がその槍を振るう。


ガキン!!!


その槍の穂先がT131の強固な装甲にはじかれる。そのままの状態でT131は桃華へ向かって砲を向けた。

次の瞬間、桃華が槍のトリガーを握り込む。


バン!!!!!!


突如槍から発生した衝撃音がT131を襲う。そして――、


ドカン!!!!!


T131の表面装甲が一気に砕けて崩壊する。金属杭がその装甲を見事に貫通していた。

樹脂製の薬きょうが宙を舞う。そのままT131は沈黙した。


「次――」


桃華はさらに腰から金属杭を取り出す。そのまま装填して、次の目標のいる方向を向く。


「残りは主力1、多脚2――」


そうして森を駆ける漆黒の90式は、その槍で次々に獲物を噛み砕いていった。

それはもはや自分の敵ではないと、桃華はすでに理解していた。



◆◇◆



次々に味方のビーコンが消えていく状況に、現場指揮官は震え上がった。

もう自分の首が飛ぶのは明白、ならばせめて――。


「く……、リニアキャノン砲撃準備!!

前方の二機は生かして返すな!!!」


森の中から姿を現した機械人形二機は、不規則蛇行しつつこちらへ向かって迫ってくる。


(こいつらは殺す!!)


指揮官はもはや頭に血が上って、そのままの怒りで命令を下そうとした。

しかし、それをすることは永遠にできなかった。


「お邪魔します!!」


不意に側面から登場した4号機が対戦車手りゅう弾を投擲してきたのである。


ドン!!!!


爆音と共に吹き飛ぶ指揮官は、その死の瞬間に部下たちが悲鳴を上げて逃げ惑うのを見たのである。



◆◇◆



戦況はすでに決していた。

現場指揮官を失った海賊団は、すでに団員たちを支配していた絶望感を伝播させて、いまだ健在の兵器類を置いて逃走を開始していた。

ここまで来て、さらに抵抗するような気概のある者は海賊団には存在せず、当然のように戦線は崩壊していった。


『ここまでだな――』


闇の中で『林 梓豪』は一人呟く。

もともと、適当に邪魔をして、もしそれが可能なら日本国防軍を殲滅するのが仕事であった。

特に、海賊団を助けろとは言われてはいない。


『――』


最初に襲った敵部隊唯一の90式を思い出す。

正直、あれからは危険な匂いを感じる。少なくとも今後の、RONの脅威になりうると、はっきりと超感覚が告げていた。

『林 梓豪』は、広く対人認識感知の感知範囲を広げると、今屠るべき目標を捉えた。

そのままアーツデバイスを目標のいる方向へと向けると意識を集中させた。

『林 梓豪』のその目前に巨大な光弾が生まれる。


(死ぬがいい――)


その瞬間、光弾は音もなく闇の中を90式に向かって飛翔した。

その時、不意に90式が横を向く、そのまま光弾は横を向いた90式の左腕を砕いた。


「ちっ……」


なんて運のいい。――いや、もしかしたら。突然の不安が『林 梓豪』を襲う。

その不安を証明するかのように、腕を砕かれた状態の90式が、それを気にすることもなく森を『林 梓豪』に向かって駆けてくる。


(!!!)


言いようのない不安に支配された『林 梓豪』は、その手のアーツデバイスを外し、その本来の超能力であるサイコキネシスを開放する。

それは、周囲の森を大きく捻じ曲げ、空間すら歪ませる力場の空間。

『林 梓豪』のサイコキネシスは、広範囲にさらに強力無比に作用する。その力は装甲艦艇を金属の塊にできるほどであり、それを開放した空間には何人も侵入することは不可能である。

小さな村なら、一瞬で消滅させられるサイコキネシス。だからこそのA級超能力者指定。


しかし――、


桃華はその右手の槍を超力場空間に突き刺す。

そのままトリガーを引いた。


ガキキキキ!!!!!!


金属を削るような不快な音と共に、超能力の力場空間が引き裂かれていく。


『馬鹿な!!!』


あまりの事態に『林 梓豪』はらしくない悲鳴を上げた。


「補助ボーテック機関最大出力!!」


桃華が機体内で叫ぶのと、力場空間が『林 梓豪』の前方まで引き裂かれるのは同時であった。


ドン!!!!


金属杭が槍の穂先を掠めて飛翔する。

そして、そのままその場を支配していた力場空間が消失した。


「……」


桃華は黙ったまま。それまで『林 梓豪』がいた空間を見る。

彼の逃走を許してしまった。――最も、彼自身の手ではなく。

先ほど、『林 梓豪』の胴を杭が貫徹しようとしたとき。一瞬、何者かが現れてそのまま消えたのである。

おそらくはテレポーテーションの超能力で『林 梓豪』を回収しに来たのであろう。


「これじゃ、RONに文句言うのは無理だね」


桃華は深いため息をつく。

RONに超能力者の事を問いただしても、知らぬ存ぜぬで通すことはもはや確定事項であろう。


こうして、桃華と第1中隊第二小隊の作戦は終わりを迎えたのである。



◆◇◆



「で? 結局?」


「うん……」


桃華と藤原は基地内廊下を歩きつつ会話を交わしていた。


「首領ヴィンセントは、その館の寝室で首を吊った状態で見つかったよ」


「ふ~~ん。でも、受け取った情報からだと、自殺するようなタマじゃないよね」


藤原は、桃華の報告に、顎に手をやって考え込む。


「まあRONが裏で動いてたし……、そういう事でしょ?」


「まあ、そうだろうね……」


桃華のその言葉に、藤原はため息をついて答えを返した。


「RON――、

最近、やたらとこちらの作戦に手出しをしてきているね」


「まあ、もしかしたら。近く何か動きがあるかもしれんな」


少し困った顔で藤原は頭を掻く。

おそらくその最前線に立つことになるのは、自分たちだろうとはっきり予測できた。


西暦2090年8月――。

暑さももうそろそろ収束するであろうこの時期に、日本周辺にきな臭い匂いが立ち上り始めていた。

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