魔を断つ姫君~マヲタツヒメギミ~
深海エネルギー結晶『エネラス』の発見と、その利用法の確立は、世界における日本の立ち位置を大きく変える結果となった。
一躍、世界最大のエネルギー資源産出国となった日本は、劇的にその経済や地位を向上させることに成功するが、同時に海洋資源を狙う大国の侵攻や、天然資源産出国との関係悪化、そしてそれに伴うテロリズムの横行と、大きな危険を抱えることとなった。
朝鮮半島の赤化統一も関連し、対中国の最前線となった日本は、その軍事力を増強、自衛隊の再編成に着手し組織名は『国防軍』へと変更された。
かつての、核の傘の庇護すらもはや存在しない―――。
◆◇◆
西暦2090年8月14日―――。太平洋上に浮かぶ、巨大海上移動基地『ギガフロートⅧ』。
その日、新人隊員である堂島忍(どうじましのぶ、男)は、直属の小隊長に基地内を案内されていた。
「それじゃ、耳が痛くなるほど聞かされたとは思うが、もう一度我が第8特務施設大隊について説明するぞ?」
「ははは!! 構いませんよ、どうぞどうぞ!!」
忍はそう言って、指の先で自家用車のキーをくるくるとまわした。
忍のその物言いに、半ばあきれ顔で言葉続ける小隊長・
「特務施設科とは、施設科と連携することを前提に編成された特殊支援兵器TRAを運用するための兵科だ。
当然、本来の目的は施設科に対する、TRAの性能を生かした高度な支援になるわけだが……」
「現状、違いますよね?」
「そうだ……。
特務施設科は、その運用の仕方によっては、大規模な機甲部隊を少数で殲滅できる能力を有する。
かつての沖縄紛争からの伝統で、施設科の支援部隊という名目で編成される、敵機甲師団への対処のための特殊部隊というのが我々だ……」
「むふ……特殊部隊……いい響きです」
忍はそう言ってニヤニヤ笑う。その顔を苦笑いで見つめる梶取は話を続ける。
「基本的に、運用されるのは日本製TRA――、
82式戦術機装義体、そして最新型の90式戦術機装義体の2種類となる」
「俺の機体は90式ですかな?!!」
「いや? 82式だが……?」
その梶取の答えに露骨に嫌な顔をする忍。
「82式はいい機体だぞ?
追加固定装備用のハードポイントはないが、スマートな外観と運動性能、重力波フロートも90式用の小型のものに換装された改修が行われてるからそう目立つこともない」
「しかし……」
なおも嫌な顔をする忍をジト目でにらみながら梶取は言った。
「結局、TRAは手持ちの各種装備を運用するためのプラットフォームだから旧型も新型もありはしない。
もっとも古い戦術義体だって、最前線で運用されているのが現状なんだ……、
文句があるってことは、自分のパイロットとしての腕に自信がないってことか?」
その梶取の言葉に、憮然とした表情になって忍は言う。
「……確かに、たとえ搭乗機が82式であっても、俺様の優秀さは変わりありませんが?」
「だったらよかろう?」
そのまま、ギガフロートⅧの中心部にある、巨大なスペースへと歩みを進める二人。
そこには、前述の巨大な人型を見ることができた。
「……で、ここがTRA格納庫ね。
とりあえずお前の機体はまだ納入されてはいないが」
「そうですか! 残念だな!
俺様の優秀すぎる実力を見せられなくて!!
はははは!!!!」
「ははは……それは本当に残念だな」
梶取は忍の答えに少し疲れた表情でつぶやいた。
そんなやり取りをする二人の耳に、その場では聞きなれない声が響いてきた。
「ん? 子供の声?」
それは確かに、その場所にはありえない子供、それも少女の声であった。
忍はきょろきょろと周りを見回して、声の主を探した。
「ちょっと……ホント何考えてんだろうね、整備員のおじさんたち……。
デッドウェイトになる余計な装備を付けないでっていつも言ってるのに」
「はは……彼らは、彼らなりにモモの事を大事に思ってるんだよ。
大事な娘に少しでもいいものを持たせて送り出そうってことで……」
「むう……それにしたって」
そういうやり取りをしているのは、一人は長い黒髪の小学生から中学生くらいの少女。
もう一人は忍も知っている、自分の所属する大隊の大隊長・藤原二等陸佐であった。
「おお……あれは」
忍のその様子に梶取が口を開く。しかし、
「もしかしてアレが……」
忍は梶取が指摘するよりも先に察したようにつぶやいた。
「ああ……あれが、例の天才少女。
「ほほう……」
忍はその言葉を聞いてにやりと笑った。その表情に不穏なものを感じる梶取。
「こら……堂島。余計な手出しはするなよ?
大隊長の親戚の娘で秘蔵っ子、大隊の最強戦力である姫君なんだからな?」
「最強……ね。フフ……それも今日まで。
俺が大人の力を、彼女に見せてあげますよ!」
指で自家用車のキーをもてあそびながらいやらしく笑う堂島忍。
梶取はそれを見て深いため息をついた。
……と、不意に、忍のその指から自家用車のキーが飛んでいってしまう。
「あ!!!」
「お?!」
慌てて追いかける忍であったが、キーは最悪なことに格納庫の壁際の、大きなエアコン室内機の下へと入っていってしまった。
「あーーーー!!!!」
慌てて室内機の側へと走っていった忍は何とか、その場に寝転んで室内機の下の隙間に手を突っ込んでキーをとろうと試みる。
しかし、全く手は届かない。
「何やってんだ馬鹿」
梶取はあきれて頭を掻いた。
「どうした?」
その時、忍たちに声をかける者がいた。
「あ……大隊長」
そう、それは藤原大隊長その人であった。
「この馬鹿が車のキーをエアコンの下に飛ばしちまって」
大隊長の登場に気づくことなくキーをとろうとしている忍を苦笑いで見る梶取。
それを聞いて藤原は困った顔をした。
「そうか……それは大変だな」
……と、藤原のわきから少女・桃華が顔を出す。
「ちょっとどいてみて……」
そう言って、桃華は忍の横に寝転ぶと、同じように隙間に手を入れる。
「やっぱり届かないか……」
「あ…当たり前だ……。俺の手で届かないのに……」
いきなりな少女の登場に、忍はどぎまぎして答えた。
「それじゃあ仕方ないね……。どいてみて」
そう言って桃華は、忍をその場から退くように促した。
「何を?」
訳も分からず忍はその場から立ち上がる。
こんな小柄な少女が、これから一体何をするというのか。
「ふん!!」
バキ!!!
「え?」
「あ!」
その後に起こった光景を見て、藤原と少女本人を除く、その場にいる全員が口を開けて驚いた。
なぜなら、小学生にすら見える小柄な少女が、自分の身長の二倍すら超える、エアコンの室内機を持ち上げたからである。
「あ! ごめん『おじさん』。
これ、ボルトで固定されてたみたい」
少女が少し困った様子で藤原に言う。
「まあ、仕方がないよ。謝る必要はない」
そう言って藤原はへらへらと笑った。
……そう、その室内機はボルトで固定されていて、それを無理やり動かしたためにボルトの傘が取れて、もはや固定に使えなくなってしまったのだ。
「え? あ?」
その光景を見て唖然とする忍。
その顔を見て、少し苦笑いしつつ梶取はつぶやく。
「……で? お前、あの子に大人の力を見せつけるんだって?」
その言葉を聞いて忍は。
「ま……まあ、大人げないし、やめておこうかな……」
頬を引きつらせながら、それだけをつぶやくのだった。
◆◇◆
「モモ……新しい仕事だ」
藤原は基地の廊下で桃華を伴いつつそう呟く。
「うん? どんな?」
「新人連れてピクニック……とはならず。
海賊退治だ」
「海賊……」
桃華は顎に人差し指をつけてそう言った。
「場所は南シナ海の群島。そこにある、海賊砦の一つを強襲・殲滅・壊滅させる」
「RONが領有権を主張してる領域?」
その桃華の言葉に……。
―――藤原は無表情の頷きだけで答えた。
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