第31話 エス

「うわ! 汚ったないねぇ〜」


 ブリッツと私は、サルが営んでいる鋼技こうぎ屋を訪れるため東京駅に来た。その駅前は以前と変わりなく、五天と争ったままのぐちゃぐちゃな状態だった。


「あそこだ」


 瓦礫や破壊の後の中、たったひとつだけ綺麗な店がある。前にも見た、金属の無骨な雰囲気が周りと合わない鋼技こうぎ屋。


 私は店の外にブリッツを置いて、1人でサルをを訪ねた。




「おや、早い再会だね嬢ちゃん」


 私は早速、サルに半壊したパンドラボックスを見せた。サルはそれを見た途端目を大きく開きながら口をパクパクさせていた。


「五天とやりあってたら壊されてしまった」


 サルは目を鋭くして半壊したパンドラボックスを持ち上げる。様々な角度から見ながら、機械を触診している。


「やっぱり、試作品だったから変形途中での攻撃には弱かったか……」


 サルはカウンターの後ろから缶ジュースような形の物を取り出しプルタブを開ける。するとガチャガチャと缶が変形していき、やがてひとつの工具箱へと変わった。工具箱には、レンチやドライバー、ドリルにペンチなど基本的なものから、ごついバーナーやビスやボルトなど使い所を選ぶような物まである。


 彼は手際良く工具を選んで取り出し、作業に入る前に掛けていた丸メガネに手をかけた。


「嬢ちゃん、ちょいと作業するから外に出てな。終わったら持っていくからよ」


 私は頷いて店を出た。




「スノウ、どうだった?」


 ブリッツは小さい首輪の着いた猫を撫でながら私を見上げる。


「大丈夫、ちゃんと修理してもらえそうだ」


 それを聞くと、ブリッツはニコッと笑い再び猫を撫で始める。猫は嬉しそうに尻尾を振りながらゴロゴロ鳴く。


「ダメじゃないか『スピード』、勝手に出歩いて」


 不意に女性の声が響く。スピードと呼ばれた猫は声の主の方へ歩いていき、女性の足元まで行くと女性をガジガジ噛んでいる。


「君達、神の反逆者とスノウちゃんだよね?」


 その女性はジャケットの内ポケットから白い粉と液体の入ったアンプルを取り出すと、アンプルを割り白い粉を注いで軽く混ぜる。そして注射器でアンプルの中の液体を吸い上げて再びアンプルに戻す。


「さて、君達はガッツリ殺していいって言われてるから申し訳ないけど殺すね」


 女性はもう一度アンプルの中の液体を吸い上げて、注射器内の気泡を抜いていく。注射器の準備が整うと、針先に僅かな液体が垂れる。


「スノウ、こいつは神の中でも厄介なシャブ中の『エス』だ。愛猫にスピードなんてつける辺り、相当な女だぜ」


 ブリッツは背の直剣を引き抜き左腕のカイトシールドを展開する。私も腕を振り氷の剣を生成する。


 エスは焦点の合わない目を動かしながら左腕の袖をまくり、注射器を静脈に注射した。


「仕事だよスピード!」


 エスの顔半分に浮かんだ赤い筋は、ネコ科の顔付きと鋭い牙だった。

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