冒険者を生還させるな!と命じられた超一流の迷宮ガイド、古代魔獣生物学者の助手に転職する~高年収な上に博学な美少女ダークエルフと旅ができて最高です~

和泉鷹央

プロローグ

第0話 プロローグ

  ◇


 東の大陸エベルングに位置するロンギヌス王国。

 その地下に存在する巨大迷宮『禍福のフランメル』。

 初代国王が攻略したとされるこの迷宮はさまざまな恩恵をもたらしてくれる。


 例えば、財宝。

 例えば、鉱石。

 例えば、各階層にある肥沃な大地や森林、海から得られる産物。

 そして――魔獣。


 最下層まで五十四階層あるとされるうち、現在人がまともに立ち入れるのは地上から六階層下。

 そこから下は、凶暴な古代魔獣たちの棲み処になっている。


 魔獣を退治して稀少な部位を手に入れたり、棲んでいた土地を新たに手に入れるのを専門の生業としている者たちがいる。


 彼らの冒険には同行する人間がいる。

 迷宮探索を主な任務とする迷宮案内人たちだ。


 地下世界から無事に生還するために、彼らの存在は冒険者たちにとって必要不可欠なのである。

 世界中にありとあらゆる仕事がわんさか存在する。 


 そんな数千数万の職業の中からたったひとつだけなりたくないものを選べ。

 もしそう言われたとしたら、経験者は間違いなく「ダンジョンの案内人」を選ぶはずだ。


 それぐらい危険度が高い上に、依頼人の生還率が低く、攻略率ばかり重視される数字とデータが何よりも重視される。


 もてはやされるのは結果ばかりの世界で、それを達成するために死んでいった物言わぬ骸たちには、誰も見向きもしない。


 だからキースは、生還率90%の迷宮案内を心がけてきたのだ。

 待っている誰かに悲しみを抱かせないようにするために。


  ◇



 

 この日、二十二階層を案内していたキースは、いきなりのトラブルに見舞われていた。

 この階層は千年ほど昔に滅んだ古代の街並みのある。

 

 珊瑚とコンクリートを混ぜた白亜の壁が美しい街並みが美しいと評判の階層だ。

 東西に出入り口があり、人の住まない都市の郊外には、Bランクの魔獣たちが棲息する。


 亜熱帯気候のうだるような暑さの中、一同は全力で走っていた。

 超巨大な花火を連続噴射して、勢いのあまり持ち手が回転しているような音が、後方から迫ってくる。


 左右には古代に作られた迷宮内の遺跡が建ち並び、それは凄まじい速度で回転しつつ、建物をなぎ倒し、地面を削り取りながら、着実にこちらへと向かってくる。

 そんな中を、彼らは全速力で駆けていた。


『駿足』や『筋肉増強』、『敏捷性・瞬発力増強』などの補助魔法が封じられた、魔導具の類、攻撃に回せる魔法の類はすでに使い果たしていて、あとはもう逃げるしか手が無かった。


 敵はそれほどに強大なBランクのモンスター、アースメティオス。

 簡単に言えば、全長5メートルはある亀の化け物だ。


 普段は温和で鈍重な魔物も、いざ子育ての期間ともなると、警戒心は半端なくなる。


 産卵期を経て、これから子供が産まれる予定の卵を盗もうとされたら、どんなに大人しい魔獣でも、非常に攻撃性が高まるだろう。

 邪魔者を排除しようとするに違いない。


 四つ足と頭を甲羅のなかに引っ込め、片方の穴で魔力を吸引し、片方の穴で爆裂させることにより、鈍重な亀が駿足の狩人になる。

 それも極端に攻撃的で容赦のない狩人だ。


 その日、第二十四階層を探索していた冒険者パーティ『冒険の書架』は、こうしていきなりのトラブルに見舞われていた。


「誰が産卵指定区域に入って卵を取っていいって言った! ああっ?」

「知りません! あそこが入ったらダメだったなんて知らなかったの!」


 列の一番目。

 パーティで盗賊をやっている小柄なミスティが、青い髪を振り乱し、金色の瞳に大粒の涙を浮かべて、後を併走する案内人に叫んだ。

 自分は無罪だと主張しているあざとさが、とことん憎らしい。


「だからって言って、こそっと卵を盗もうとする奴があるか!」

「だってぇ! あれを持ち帰ったら、金貨十枚で売れるのにー!」


 さすが盗賊。他人の持ち物に手をかけることに、何の躊躇いもない。

 聞いていて呆れるどころか、逆に清々しい気分になる。


「ミスティっ! あんたっていつもそうなのよ。どこかで何かくすねてきて、問題を起こすんだから……」


 赤毛の髪の女剣士シーエルが長剣を抜いていても、無意味なことに気づき、腰の鞘へとしまいながらぼやく。


「いいじゃない! こうしてみんなの生活費を稼いでいるんだからー!」

「まあ、それは確かに。私たち、まだまだ駆け出しの弱小パーティですから」


 目深にフードを被った黒髪の女白魔導師リリーが悔しそうに呻いた。

 どうやら、彼女たちの生活費を工面しているのは、このミスティらしい。


 他のメンバーはそれぞれ冒険者活動をしているようだが、全体としては赤字気味の様だ。


 無事に生還できるよりも、自分への報酬が気になって、全速力で駆けながらキースは確認する。


「俺へ支払いはちゃんとできるんだろうなー」

「いや、それはどうかと……」

「今回のクエストの達成額によるかな」

「だからあの卵をー!」


 だめだ、こいつら文無しだ。役立たずだ、客でもねえ。

 いまや、冒険者パーティ『冒険の書架』は風前の灯だった。


 しかし、そこに自分までひっついて犠牲になる必要はない。

 迷宮探索をするとき、冒険者には迷宮探索ギルドから案内人がワンセットになってくっついてくる。


 規定の料金を支払うことで、彼らが迷宮内をガイドしてくれる仕組みだ。

 料金の支払い方法には幾つかある。今回は後払いが選択されていた。


 後払いには、今回のような不測の事態で支払い不能に陥るケースもたまにある。

 もう二度と、後払いの客は受けないようにしよう。


 そう心に決めつつ、キースは後を走る白魔導師リリーに確認する。


「おい、魔猟師の誘導はどうなっている?」


 あと一人、女魔猟師ドナは二十二の階層に二つある出口の片方へと向かっている。キースたちが向かっている東の出口とは真逆、西の出口は魔獣と遭遇したポイントから近い場所にあった。


 しかし、いま西の出口は閉鎖中で使用できない。

 ドナは遠隔狙撃を得意とする魔猟師だ。


 その能力を活かして、西の出口がある高台から魔獣の予測進路を読み取り、通信魔導具で連絡してくる手はずになっていた。


「さっきから連絡が途切れ途切れで……。多分、あのアースメティオスの放出する魔力が、魔素の力場をかく乱しているのかと」


 魔素とは世界の全てを構成する基礎のようなものだ。

 どこにでもあり、枯渇することがない。


 そのため、魔導科学の発達した近代では魔素を応用した魔導通信技術が発達したが、どうやら便利さが裏目に出たようだ。


「揃いも揃って役立たずばっかりかよ!」

「なんですって?」

「あんたが危険区域だって先に教えておけば、こうはならなかったのよ!」

「俺はちゃんと言ったぞ? 卵に目が行って裏の空で聞いていたのはお前だろ!」

「ぐっ……」


 少女四人の冒険者で構成された『冒険の書架』はまだまだ結成から幼いせいもあってか、とにかくレベルを上げたくて仕方がない集団だった。


 ガイドは彼女たちがいまのレベルでどうにか倒せるだろう、ギリギリの魔獣が棲息する場所や、クエストへと案内するのが役割だ。


 なるべく安全に迅速に迷宮から無事に生還させる義務がある。

 そこには冒険者たちの信頼と協力が何よりも不可欠だ。


 しかし、この『冒険の書架』は何よりも好戦的で、そのメンバーもまた、罠や魔獣を見かけたら考えなしに手を出すため、仕事中、案内人キースの心は休まる暇がなかった。

 今もそうだ――。


 地震めいた強い揺れが、足元から這い上がる。

 そう遠くない場所で、何か巨大な物体が、建物に衝突して五階建てくらいのビルを一棟、まるまる倒壊させていた。


 その衝撃が地面と伝い、石床がふわりと浮き上がり、足場を奪われて転倒しそうになる。

 しかし、全速力で駆ける足を止めるわけにはいかない。


 ほんの少しでもスピードを緩めれば、真後ろに迫る脅威的な敵から死を賜るからだ。


「その先を左に曲がれ、少し行くと建物の合間に小径がある。そこに飛び込むんだ!」

「ええ? どういうことシーエル。従うの?」

「いいからさっさとやるわよ、ミスティ。彼の方がここに詳しい」

「ああ……どうしてこうなった」


 三者三様の悲鳴が周囲から同時に発せられる。

 そのとき、天空の彼方から三連の銃声がした。


 続いて聞こえてくるのは爆弾が爆発したような破裂音と、破壊された周囲の建物が崩れおちて地面と衝突したときに起こる、鈍い破砕音だった。


 いざという時に使用すると魔猟師が言っていた、対上級魔獣用の炸裂段を発射したのだろう。軍用のそれは威力も半端なく、小型の飛竜程度なら一撃で撃墜するほどだ。


 ズズンっ……。と、鈍重な破砕音が鳴り響く。

 魔猟師ドナの射撃は正確にアースメティオスを射抜いたようだ。


 高い場所からの落下物が巻き起こした衝撃、それに伴う音と土埃や破片の欠片などが、先ほど抜けた路地の四つ角を、凄まじい速度で追いかけて来る。


「だーもう、恨むなよ? 伏せろっ!」


 後方で衝撃が巻き起こるよりも数秒早く、キースは叫び左右にいたお客さんたちを両手で掴むと前方を必死に走っている女性二人の背中にタックルをかける。


 斜め右前に小径があり、降りていく階段がタックルの巻き添えをくって体勢を大きく崩した少女の大きな瞳に映り込む。


 それまで通過していた場所よりも、一段低くなっている小径に、キースは背負っていた荷物を先に放り込んだ。


 衝撃を押し殺すクッション代わりにするつもりらしい。

 ついでに携行用の空間歪曲式大容量保管庫魔導具……通称、携行ポーチの、どう見てもポーチに見えないそれに手を突っ込むと、頭のなかで寝具を取り出せと命じる。


 荷物と寝具、そして地下迷宮の若い銀髪の案内人。

 それらの合間に挟まれて、重力により下方向に頬を抑えつけられる女性陣三名。


「むぎゅううっ……」

「いったああっ!」

「っうぐぐ」


 などなど、湧き上がる案内人の暴行めいたやり方に対する非難の声はさまざまなだ。


 女盗賊、女剣士、女白魔導師たちは後から覆いかぶさってきた土埃にまみれて、散々な様子だった。


 だが、揺れはまたやってくる。

 平衡感覚を失いそうだ。足元から突き上げられる感覚には馴れそうもない。


 新しく起こった波の衝撃は、いきなり足元から湧き上がった。


「うわぁっ……」

「またーっ?」

「防御結界を展開するっ!」


 白魔導師リリーが発動した防御結界のなかにキースはいなかった。

 結界の見えない壁に強く反発し、元いた遺跡の大通りへと勢いよく押し戻されてしまった。


「俺を忘れんな! このポンコツ白魔導師っ!」

「誰がポンコツ? 第二撤退作戦」

「んなこと分かってるよ! そっちも少しは――」


 協力しろ! と言いそびれて、全員の視線がキースの後方に釘付けになる。

 軍用の対上位魔獣炸裂を被弾したせいで、甲羅のあちこちが割れ、内臓が焼け焦げたままブスブスと各所から黒煙を上げる、アースメティオスの姿がそこにはあった。


「来やがった!」


 叫ぶとキースは足元に広がるアースメティオスの影を勢いよくつま先で蹴りつけた。そこに滑らかな黒い影の大地があるかのように緩やかに凹んだ。


 影の凹みは、前方に向かって四方に亀裂が走らせる。

 すると、漆黒のキャンバスに銀色の閃光が迸った。


「ヴォフォアアアア―――ッ!」


 影に入った亀裂と同じものが、現実の巨大な亀を襲う。

 アースメティオスは全身をいきなり貫いた激痛のすさまじさに、怒りの咆哮を上げた。


 凄まじい騒音と振動となって辺りの建物を震わせる。

 続いて迷宮案内人は両手を合わせ、自分の影を触れ合わせた。


 丸く固めた両手の隙間には暗黒を思わせる、どす黒いもやのようなものが生まれでてくる。


 パンッ。


 両手を勢いよく叩き付けると、巨大な墨色の鎖が幾重にもアースメティオスの影をがんじがらめに縛り取り、魔獣はその場に沈んで身動きを封じられるもまだ、抵抗はできそうな雰囲気だった。


「あー、うるせぇ。まったく……お前ら、さっさと退避しろ!」


 第一撤退作戦は可能ならば東の出口まで逃げ切ること。

 可能ならば、魔猟師ドナが持つ炸裂段でアースメティオスの甲羅を破壊し、進撃をそこで食い止める。


 だめなら、このポイントで逃走を切り上げ、地下に避難すること。

 ここまでが第一撤退作戦のあらましだった。


 成果は上々といっていい。

 第二撤退作戦は、別名、地下非難完了作戦。


 いま『冒険の書架』が防御結界を張り退避している場所から数メートル奥に行くと、更に地下へと降りる階段に通じている。


 そこはいざというときに備えて、Aランク魔獣の猛攻も防げるように、迷宮探索ギルドが人為的な防御結界を張り巡らせて維持しているのだ。


 中には転移装置もあり、機器が故障でもしなければ、迅速に地上へと退避できる仕組みになっている。


「すっごおぃ。あんなに強そうなのやっつけちゃった」

「どういう神経して戦ったのよ! あんなの敵わないわよ」

「手を出したのはミスティ」


 ただ、問題があった。

 第一撤退作戦で魔獣の足止めができなかった以上、誰かが現場に残り――


「お前ら、ここは俺に任せて先に行け」

「あんた、正気なの! 一人でどうにかできるとでも?」


 リーダー女剣士シーエルが信じられないと悲鳴を上げた。

 だが、ここで魔獣の猛攻を食い止めないと全滅だ。


「いや良いからさっさと行け! 邪魔なんだよ」

「何様!」

「ほら、早く行こうよシーエル」

「そうそう、任せておけば犠牲は少なくて済む」


 サクサクと背中を向ける白魔導師と盗賊。その合間に、シーエルは最後の通信を西の高台で待機している魔猟師ドナに送信した。


「ドナ。こっちは退避完了よ」

「はい、了解。じゃ、こっちも支援して逃げることにする」

「気を付けてね! あんたも、案内人さん! 死なないでよ!」

「あーはいはい……」


 キースは自分に向けて首を向け、口を大きく開けて再び咆哮を放とうとするアースメティオスの影。正確にはその首の部分を根元から踏みつける。


 天空から巨大な靴底でも落ちてきたかのように、アースメティオスは盛大に頭を地面にめりこませた。


「ドナだったか? 最後だ、思いっきり派手にやっていいぞ」

「はい、了解」


 魔猟師が持っていた炸裂弾は残り数発、まだ残っていたはず。

 指示を出すと、キース自らもシーエルたちが退避した地下壕へと走り込む。


 ドナが心置きなく全弾を斉射して弾頭をアースメティオスの甲羅の破損した部分に叩きこむと、魔獣の遺骸は盛大な爆発音とともに四散した。

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