第45話 地上への生還
「いい勘をしている。虚無の世界は現実の裏側にある。いつ、どんな場所にあっても、そこには必ず裏側がある。裏側から表を覗くことは簡単だろ?」
「趣味が悪い生き方してるなあ。さすがダークエルフ、闇の妖精と言われたけどことはあるよ」
感心してそう言うと、なぜか彼女は怒っていた。
「それはともかく! あの時の数値、どれくらい高かったんだ? お前の背中に隠れてこちらからはうかがい知れなかった」
「見れないものもあるってことか。角度による? まあそれはこれから習うとして……4万と少し。でも俺は、その数値を正しいと思ってない」
「これは面白い。傑作というやつだ。まさか、その十分の一程もない連中に、あそこまで追い詰められて、死にかけ、この私に助けられるとは! 本当に傑作だ、何て面白い! この間抜けめ!」
理不尽なことを言われて、つま先で思いっきり太ももを蹴られた。
なんなんだよこのダークエルフ。人のことを馬鹿にするのか褒めるのかどっちかにしろ!
「どうせ間抜けだよ。だから信じてないんだ」
「潜在能力ということもある。覚醒しなければ、どんな素晴らしい能力も意味をなさない。まあ、あの勇者は既に潜在能力なんてものはなさそうがな」
「アレクが? いやそれはないだろう」
「どうだか」
壁に腕組みをしてもたれかかりながら、一週間ほどがここで休んでいくと彼女は言った。
その間、キースは失った人と再会し、賢人会の手によって殺され黒狼によって再生した人々と語らい、計画を練った。
勇者アレクと総合ギルド。その背後にある、闇を討つ計画を。
◇
キースは生還率九割を誇る、凄腕の迷宮案内人。
勇者パーティの案内をしていた彼は仲間の手によって、地下迷宮の底に堕とされ瀕死の重傷を負った。
襲われた原因を解明するためにキースが仲間のダークエルフ、ライシャと地上に舞い戻ったとき、六歳の時に生き別れになった双子の妹が、聖女となり勇者の婚約者に収まっていることを知った。
それが、つい三日前のこと。
兄の証である銀の腕輪を示そうとして、光の神殿を訪れたら待ち受けていたのは、勇者たちだった。
彼らは話があると言い、神殿裏にキースとその同行者であるライシャを呼びつける。
いま勇者に糾弾されているのが、今回の事件の被害者にして聖女の兄、キースだった。
「お前がそんな秘密を隠し持っていたなんてな……。裏切られた気分だよ、キース」
パーティのリーダー、勇者アレクがこの会話はもううんざりだというように首を振るった。いや、違う。裏切られたのはキースの方だ。
「いや待ってくれ、アレク。これは別に隠していたわけじゃ……」
キースはそう言うと、弁明をするように瞳を見開いた。
ついさっきまでその目には強い意志の光が宿っていた。しかし、いまはもう、ない。
それは薄れてしまっていて、戸惑いに切れ長の目が左右する。
「隠していたも同然だろ、そんな大事な秘密をお前はずっと黙ったまま俺たちと行動を共にしてきたんだ。同じパーティとして、仲間として、互いに背中を預けて戦って、冒険をこなしてきたのにどうしてもっと早く教えてくれなかったんだ」
アレクは熱を帯びた口調でそう責めてくる。
仲間になった覚えはない。
互いに背中を預けて戦うどころか、その仲間に殺されかけた。
どうして早く教えてくれ?
その秘密を知ったのは、地下迷宮で殺されかけて生還した後のことだ。
俺は何も隠し事なんてしていない。
将来の義理の弟にどうにか理解してもらおうと、必死に知恵を振り絞る。
「無駄だ、キース。こいつらに何を語っても聞く耳をもたん」
「ライシャ。だが……」
地下の最下層の一角で、瀕死の状態だったキースを救い、この地上世界への旅に同行してくれた妖精族の少女、ダークエルフのライシャは、混じり気のない金髪を指先で弄ると、つまらなさそうにそう言った。
指先を立て、ふうっと吹くと、金色の華が宙に舞う。
肌の色は墨を限りなく薄く水で薄めたようになめらかでしとやかな、美しい黒の肌をしている。
それは本物の妖精のように、美しかった。
しかし、背丈は低く百五十センチほど。どう見ても十二、三歳ほどだ。
片や、キースは百八十を越える長身で、銀髪を後ろに撫でつけた瘦身の二十歳代。凍てつくような透明なアイスブルーの瞳には強さと他者を労わる優しさが同居していた。
他人を信じない現実主義者の彼女は、冷酷な一言をキースに突きつける。
「お前がどれほど無実だろうと、どれほど妹を愛して結婚を祝福してやりたくても、この愚鈍な勇者たちには、一言も通じない。無駄に尽きる」
神殿の裏手側。
空き地になっているそこで、石壁にもたれ長い手足をぶらぶらと退屈そうにさせながら、片手にもった長剣の先で地面を叩いて、彼女はもうあきらめろ、と忠告していた。
義理の兄の愛情など、はなから望んでいないのだから、この勇者は。
「地下迷宮に住む野蛮な移民族のくせに、偉そうな口を叩いてくれるじゃないか」
勇者パーティーの一人、弓使いのフォンが緑の髪を、吹きすさぶ寒風に煽られながら忌々しそうに言った。
その手には長い戦弓が握られており、もう片方の手はいつでも腰の矢筒から矢を引き抜いて、速射できる体勢を崩さない。
そんな彼を見て、ライシャは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
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