第44話 Lv.40000

 それから数時間をかけて、二人は地下迷宮の最下層に近い場所に降り立つ。


 大気の中に染みてた魔力があまりにも濃厚で、自らも魔力の扱いに長けた高レベルの冒険者でなければ、それを吸い込んだだけで意識が昏倒しそうなほどだった。


 降りてくる途中、十数匹の魔物たちに襲われたが、それらはすべてライシャの魔法のおかげでどうにかやり過ごすことができた。


「まさか、こんな方法があるなんてな」


 キースは、同じ影使いとして、ライシャが披露したスキルの使い方に目を見張る。それは彼の想像を超えた操作法だった。なんと、ライシャは影の中にその身を沈めてみせたのだ。


 水中に潜るかのように。

 そこには深い穴があり、全身を収めてもまだまだ奥へと、広い空間は繋がっていた。


 強力な魔獣が襲いかかってきた時、ライシャはまだあまり上手く動けないキースをいきなり、飛来する魔獣の影に落としたのだ。


 どぷんっと耳元で音がして、本当の水面を割って入ったような感触を全身で感じた。


 光は薄くありとあらゆる場所から銀色のものが発光し、足元には膝くらいまでの草のようなものが大量に生えている。


 地面はあるようでなく、草むらの間を蛍のような生き物が光を点滅させながら、幾筋も尾を引いている。


 そんな不思議な世界だった。


「どこだここは」

「あきれた奴だな。影を使えるのに、虚無の世界を知らないとは。ここは私たちが普段生きている場所とは真逆の、世界の裏側だ。時間も距離も何もかもがあちら側とは違う」

「俺はここに引き込んでどうするつもりだ」

「ここでは他人を襲うものはいない。迷宮の魔獣に襲われながら最下層を目指すなら、こっちの方が手っ取り早い。安全だしな」


 にかっと微笑む。

 白い歯がきらりと輝いて見えた。


 闇の中を歩き、虚無の世界から現実の世界へと出てみると、そこが『禍福のフランメル』のほぼ最下層、ということだった。


「心配していたんだぞ。話をつけに行くと言うから戻ってこないし」

「何だ心配してくれたのか? 意外と可愛いところがあるなお前」

「からかってんじゃねーよ」


 キースの頭を撫でようとライシャが差し出た手を振り払うと、彼女はすまんすまん、と謝罪をした。


「話をつけるにしては相手がちょっと色々面倒くさくてな。ギルドだけでなく王国の上層部まで食い込んでいた。まあ話すと長くなる。あちこちに手を回して穏便に済ませようとしていたら、お前はさっさと地下に潜ってしまった」

「迷宮に降りるっていうスケジュールは先に話していただろ……」

「だから駆けつけてやっただろ?」

「駆けつけた。じゃなくて、最後の最後で……あああ、もう!」


 生還率九割を誇る自分の残り一割が、まさか最悪なタイミングでやってくるなんて。自分の運の悪さに、キースは呻いた。


「何か言うことはないのか? ん?」


 死にかけたところを助けてくれたダークエルフは、ほら早く。さっさと言え、心の底から盛大な感謝を込めろ、と威圧してくる。


「ありがとうございました。助けていただいて感謝をしております、トゥイールス・ライシャ・シュノーベルズ様!」


 確か、こんなフルネームだったと思う。

 二度目は俺のフルネームで呼ばせてやる。


 そう心で近い、これでもかというくらい腰を曲げて、感謝の気持ちを表した。

 彼女は意外そうな顔をして、ふうん、とそれを素直に受け入れる。


「ほう、ほう。覚えていたのか。まあ、いい、それに免じて、気持ちが少々足らなぬようだが、貸しにしておこう」

「ふざけんなっ!」


 ところでこれからどうするんだ。

 キースにとってここはまったく未知の世界だ。


 影を詠んでも、そこにあるのは古くて新しくとてつもなく高度な情報ばかりで、いきなりそれらを使って何かをやれと言われても、うまくできない気がした。


「地上に戻る」

「せっかく最下層まで来たのに!」

「ここにはもう一度来れる。後から、虚無の世界を出入りする方法を教えてやる。お前の得意な空間魔法と、影を詠む力、闇属性があれば様々なことができるようになるだろう。だがそれは今じゃない」

「……復讐か」

「負けたままでいいのか!」

「いいわけがないだろ! だが俺はあいつらの。勇者じゃないあんな連中には負けた!」


 普段はあれほど自信満々にしているくせに。

 いきなり借りてきた猫みたいにおとなしくなった。


 自分の実力を思い知ったというところだろうか。

 ライシャは何となく面白くなって、ついつい余計なことを口走る。


「しおらしそうなことを言う割には、自信がありそうな目をしている。あの計測装置で計った数値は、そんなに良かったのか?」

「なっ! 一体どこから見て……っ?」


 あの部屋には、騎士と自分の二人しかいなかったはず。

 影を詠まれたか? とも思ったが、彼女の口ぶりが何がおかしい。

 その場にいたかのように語るのだから。


「とても嬉しそうに、微笑んでいたな。あれは勝利者の笑顔だ。勝ったことを確信した人間しかできないそんなもののように、私には見えたが?」

「だからどうやって見てたんだよ。影を……違うな。虚無の世界?」


 試しに口にしてみると、ダークエルフは満足そうに笑う。

 優秀な生徒が正しい解答を口にした時の教師の顔だ。



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