第42話 断崖の果てに


 弓使いと女魔導師のものだった。


「うおおおっ!」 

「ぎゃああっ!」


 男と女の悲鳴が響いた。

 闘技場の天井にそれはこだまして、天井裏に住んでいるだろうコウモリ達を羽ばたかせてしまう。


「しまった……」


 コウモリとはいえ魔獣であることに変わりはない。

 数が揃えば脅威だ。


 奴らはねぐらから這い出て来ると、キースたちめがけて牙を突き立てようと襲い掛かって来る。


 それを女魔導師が追撃する形で魔法を放った。


「よくもやってくれたわねー! 蒸し焼きにしてやるわ!」


 宣言。

 馬鹿の一つ覚えみたいだ。


 蒸し焼きにする? こんな場所で炎系の魔法でも使うつもりだろうか?

 爆発によって彼らが叫んだ時に、キースはさっさと闘技場の向こう側。


 テラスの方に向かって駆け出していた。

 右の端の方に行けば、遺跡の残骸を伝って監視塔まで辿り着くことができる。


 しかし彼の行動を読んでいたのか、その先を行かせまいと弓使いは、大量の光矢を放った。


 今度の分散したそれは、何かに刺されると、光の鎖を矢尻から生み出す仕組みになっている。


 大型魔獣の退治で利用される、矢鎖と呼ばれる拘束具の一種。

 それをこんなにも大量に――。


 数百のオレンジ色の光の鎖が、キースの全身と行き先を防ぐように、巻きついて邪魔をする。


 弓矢を避けることができず、何本かは彼の肉体に刺さっていた。


「ぐうっ、こんな技まで使えるなんて。さすが勇者パーティ」

「そろそろ諦めろ、案内人!」

「そうよ! 苦しまずに殺してあげるんだから!」

「ふざけんな! 誰がお前らみたいな奴に殺されるかよ!」


 矢じりが刺さっている部分をへし折り、鎖から全身を解放する。

 矢じりの先がまだ肉体に残っているが、それは後から掘り出すこともできる。


 今はとりあえず、回復魔法をかけて、余計な出血を止め、意識が朦朧となるのを防ぐ。


 前面の空間は、光の鎖が絡み付いていて進むことができない。

 剣でそれをたたき切りながら進むことも考えたが、後ろにはまだ敵が迫っている。


 このままではまずい。左だ。テラスの外に飛び込むしかない。


「ホラ逃げろ! さもなきゃ蒸し焼きだ!」


 天井に近い場所から命令が下される。

 無慈悲な勧告は、数舜後に灼熱のシャワー来ることを意味していた。


 あの女魔導師。口先だけじゃなかったのか! 


「くそっ、勇者パーティくせに、なんて残酷な女なんだ!」


 心の底から発した侮蔑の声も、彼らの下卑た笑いと品のない素振りの前では無意味らしい。

 それどころか、彼らの興味をさらに悪い方向に注いでしまった。


「ほ、ら、よ」


 弓使いの片手が上がる。

 その手にあるのは、特大の光矢だ。


 あれに貫かれたら、一巻の終わりだろう。

 あっという間に全身焼き尽くされて、骨も残らないに違いない。


 ヤバイやつが来る! 本能が叫んだ……。

 ドシャアっ、と天井の一角が真っ赤に染まり、何かが落ちてくる。どこからやってきたのか凄まじい熱量の雨が闘技場へと降り注いだ。


「いやあああっ! 熱いいいいいいっ!」

「何やってんだよ、ロンディーネ! しっかりしろよ!」

「熱いものは熱い! んもうっ、さっさと治癒魔法かけてよ、このろくでなし!」


 なぜか女魔導師が自分で召喚した術のはずなのに、吹きこぼれた溶岩の一滴に身を焼かれて、凄まじい悲鳴を上げた。


 今しかない――生き延びるには、今しかない。

 キースはこのチャンスを逃さなかった。


 視界の隅に見えていた、暗黒へと身を躍らせた。

 そこは更なる地下へと続く、はるかなる断崖だ。


 光が当たらない底がどうなっているのかはうかがい知ることすらできない。

 見えないことへの根源的な恐怖が身体を支配するが、後悔してももう後戻りはできない。


「落ちて死ぬか、ここで蒸し焼きになる――ならっ!」


 勢いをつけて飛んだ瞬間、背中に鈍いそして鋭くて筋肉をえぐりとっていく何かが、入り込んでいくのを感じた。


 弓使いフォンの速射だった。

 胸板を貫く二本の矢。


 なんてことはない普通の矢が、竜の革でできた。防御服を貫くなんて。

 味方に対する備えが甘すぎた。与えられた革ポーチの中身はすべて偽物として、用意されていたのだろう。


 ギルドもグル、か……。そう思わざるを得なかった。


 勇者たちに雇われる前。

 ちょっとしたトラブルで、キースはギルドを解雇寸前に追いやられていた。


 どうやら、その問題がこれにも関係しているようだ。

 胸に刺さった二本の矢の先が、じんわりと熱く膨れ上がっていくのがわかる。


 へし折らないと、爆発する……。

 一瞬の判断だった。


 右の手刀に渾身の力を込めて、胸から突き出た矢の先を叩き落す。

 次の瞬間、それは強烈な爆発を伴い、キースを竪穴の中央部分へと押し出していた。


 何もない空間。

 下に見えるのは、真っ黒い奈落の底。


 落ちれば多分、最下層まで行けるが、戻ってくる見込みは二度とないそんな場所。


「くそっ、たれ……」


 灼熱の胸の痛みと息苦しさに心が折れそうになる。

 最後に毒舌を吐いてせめて文句を言ってやろうと思ったら、上から続けざまに、右足右手へと、正確に弓使いの矢が突き刺さる。


 それは間をおかずして、盛大な爆発音とともにキースの四肢を寸断する。

 薄れる意識の傍で、自分の右手と右足がどこかに飛んでいくのが見えた。


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