第41話 騙し打ち

「遮蔽結界の範囲内なら動いても大丈夫なんだよな?」

「……? 多分そうだと思いますが」

「だったら――」


 弓使いが指差したのは、監視塔の隣に広がる最下層へと続く竪穴の真横にある、遺跡だった。


 確かこの迷宮を創造した古代魔導文明の遺跡だったはず。

 ここに来て引き継いだ情報の中で、その遺跡はあらかた調査が終わっていて大したものは残っていないということだった。


「あれが何か?」

「あの遺跡から竪穴の底を覗くことができると思わないか? 見てみたいんだ」

「出来ると思いますけど。行きますか?」


 気分転換に悪くないと思った。

 彼らの真意に気づかないまま、キースは【影承】スキルを使いつつ、真っ先に立って歩き出す。


 キースの役目は斥候も兼ねている。

 危険があればすぐさま逃げれる態勢を取りつつ、三人は遺跡へと足を運んだ。

 遺跡へ降りる道は、高さが微妙に段違いな階段になっている。


 隣には緩やかな坂があり、はるか古代に車輪をつけて荷物を引き上げしたのだろう。その跡が刻まれていて、苔が色濃く生えていた。


 坂を降り、左手に向かうと、大きな集会所のようなものが存在すると騎士は言っていた。


「おお、すごいな。これはまるで魔王の国にある闘技場みたいだ」


 彼らの先にあったのは、眼下に丸く角度を続いて降りていく段差と、その中央に大地の盛り上がった丸いステージのようなものが見える。


 言われてみれば闘技場と呼ぶに相応しい形をしていた。


「フォンさん、そんな場所に行かれたことがあるんですか?」

「いや、新聞とか雑誌で読む限りだよ。あの国では、魔王の娘が経営する闘技場がいくつもあるんだ」

「へえ……」


 華やかな世界。見知らぬ世界。棄民のままでは、一生かかっても知ることのできない世界だ。

 新しい世界を知っている彼らに、キースは心の中で少なくない嫉妬を覚えた。


「あそこの端まで行ってみない?」


 女魔導師が指さしたのは、ステージの向こう側。

 広く突き出したテラスになっていて、あそこからなら竪穴の中を奥底まで眺めることができるだろう。


「俺が先に行きますよ。あのステージまでまず行ってみるので、待っていてください」

「悪いね」

「お願いするわ」


 快諾して、階段を降りる。

 この建物の中には、ありとあらゆる場所に影が存在した。


 いや、暗闇がどこにでもある。

 ほんの些細な危険でも、キースには感知できるはずだった。


 ステージの横の出来た時、ふと心にざわめきを覚える。

 嫌な予感。敵がやってくる前の、高揚感のようなものが心をふわりと持ち上げた。


 憎しみの感情。怒りの視線。狩りの前触れ。

 戦う者が隠そうとしても隠せない、負の感情は、いきなり背後から襲いかかってきた。


「なっ――っ!?」

 

 颶風が頬を撫でていく。

 培ってきた経験が、とっさの判断で、肉体を左側に。ステージのあるほうへと飛びこませる。


 そこにはステージに上がるために深く階段が刻まれていた。

 身をよじるようにして、ステージの壁を防壁代わりにすると、先ほどまでいた位置。


 頭があった空間を、正確に矢が通過していくのが見えた。


「何をしゃがる!」


 仲間達のいたずらなのか、それとも勇者パーティに入るための試験なのか。

 そんな都合のいい解釈をしている間に、壁の隙間から向こう伺うと、弓使いは今度は数本の弓を天空高くへと放っていた。


 彼らとキースのほぼ中間に位置する天井で、矢たちは巨大な光の玉となり、さらにそれが数十に分裂して、地上へと襲い掛かる。


「ぐぅ……っ!」


 天空から降り注いだのは、ダーツサイズの光の矢だ。

 一本が、キースの左腕に突き刺さった。


 矢じりが何か固いものに触れた瞬間、爆発する仕組みらしい。

 左腕上腕部。


 そこに突き刺さった小矢は、パンっと音を立てて爆ぜた。

 とっさに、右手で顔面の左側を覆う。


 着ていた竜の革をなめしたジャケットは、普通の矢程度なら完成させることもなくはじき返してしまう。


 今回、革は四散し、その下の衣類と肌が少し焦げたで程度に棲んだ。

 これは試験じゃない。俺を殺す気だ。


 遊びか試験か、本物の殺し合いかは、その場の雰囲気で手に取るように分かる。


「ついさっきまで仲良くしていたのが、これかよ?」


 ちっ、と悪態をつくしか思いつかなかった。

 今は生き延びなくては……。


 腰の革ポーチから、簡易式の防御結界を発生させる魔導具を取り出した。

 結界を発動して歩きながら持ち運べる携行タイプのやつだ。


 ひとまずこれを発動させ、彼らの攻撃が及ばない場所へと逃げようと考えた。

 魔導具のスイッチを押そうと思って、ちょっと待てよと考える。


 その間にも、雨あられのように小矢が数度、降ってきた。

 弓使い達はキースとの距離を縮めようとしているようだ。


 まさかと思って、スイッチを軽く押したまま、転送魔法で彼らが今いるだろう辺りに検討をつけて転送する。


 キースは魔導師ではないが、冒険者に必須な素敵な魔法は履修済みだ。

 半径二十メートル以内なら、転送・転移魔法も扱える。彼らの歩調に合わせてタイムラグを作り、足元に転送してやる。


「3、2……1」


 バゴッと派手な爆発音がした。悲鳴が上がる。二つだ。


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