第35話 無尽の刃
禍福のフランメル、第二十二階層――。
半径数百キロ渡り、砂漠と草原が続くこの大地で、いま一人の若者が茶色い大地を踏みしめている。
そこは辺り一面を見渡せる高台になっており、二十一階層から転送装置によって昇降できる、出入り口の一つになっていた。
彼の後ろには、四人の男女。
地上世界からやってきた剣神の勇者アレクのパーティ「無尽の刃」一行だ。
勇者にはふさわしくない無骨な名前だとその理由を聞いてみたら、アレクは剣神から与えられたスキルで「無尽蔵に出現する刃」を作り出せるらしい。
そこから採用したのだと言われた。
もう少し華やかな名前の方が彼らには相応しい気がする。
「よいしょっと。それじゃあ一旦ここでお待ちください。俺は中間地点を確認してきますので」
「ああ、よろしく頼むよ。案内人さん」
パーティメンバーの一人、緑の髪をした弓使いのフォンが、辺りを警戒しながら手を上げてそういった。
「悪いね」
「いえいえ。斥候も、俺の仕事ですから」
労いの言葉を背中に受け、まだ二十歳頃に若い銀髪の青年は、空よりも青いアイスブルーの瞳に、人懐っこそうな笑みを浮かべて駆け出した。
キースの役割はこの勇者パーティを迷宮の最深部まで案内すること。
そして無事に地上まで生還させることである。
現在、初代国王を覗いて迷宮の最深部まで至った人間はいない。
高名な冒険者たちや聖騎士たちが数年がかりで挑戦しているものの、公式な記録で最も深く探索された階層は三十八階層とされている。
しかし、六年前。
キースとその仲間たちは、非公式ながら前人未到の四十二階層まで到達し、生還した記録を持つ。
当時の参加者は八名。生還者は七名。
残念なことに一人の犠牲者を出しながら、実に九割に近い生還率をキースは誇っていることになる。
その実績を踏まえて、今回彼は地上世界から降りてきた冒険者たちの中では、最大規模の戦力を持つと言われる、勇者アレクのパーティーに案内人として採用された。
岩山から砂丘へと続く緩やかな傾斜を銀色の塊が、陽光を照らして降りていく。
迷宮の空は地上のそれを反映している。本物の空に比べて若干薄暗いが、それは地下に住み続けることを運命づけられた彼には関係のないことだ。
「今日も暑いなあ、この地域は。さて、とどうなってる? 魔獣の群れはいないのか?」
この階層で最初に突き当たる困る問題点は、砂丘の位置にあった。
上から下へ下から上に行き来する度、砂丘はその形を大きく変える。
今回は、岩山よりも砂丘の方が高く、その上に登らなければ向こう側にあるはずの、この階層の街の様子が判明しない。
砂漠と草原が続くこの世界には凶暴な魔獣がそこかしこにいる。
安全を確かめないまま闇雲に街に向かって進むと、安易な死を迎えることになってしまう。
見た目はのんびりとした青空と平原、砂丘が広がる平和そうな大地だけど、ここで気を抜くのが最も危険で、最も早死にするコースなのだった。
鈍重なデザートアーロンとかならどうにでも避けることができるが、大型犬なみの大きさで馬並みの知性と狼のようなチームワークをもっているロニクスの集団はやっかいだ。
風下から獲物に近づき、その機動力を生かしてあっという間に敵を取り囲む。
口から吐き出す凍れる吐息は、焼けた砂漠の砂にぶちあたると猛烈な霧を発生させて、視界を奪う。
その間に、ロニクスは獲物を狩るのだ。
大きい集団で数十頭。小さくても十数頭の群れになる。
さすがにそんな厄介な相手と遭遇したいとは思わない。
砂丘の麓に近づき、浮遊魔法の効果を使い、砂山を蹴るようにして飛び上がっていく。
頂点に着くと、背後に太陽を受けた砂丘の長細い影が、出来上がっていた。
キースは腰から大型の双眼鏡のようなものを取り出すと、それを見るフリをしながら、さっと影に手を触れる。
「この数日の間、半径ニキロ以内を通過した魔物はなし、か」
後方の岩山でも同じように観測をされていたら厄介なので、とりあえず双眼鏡に目を戻す。
「目測による脅威はなし。風速正常、大気中の水分も、湿度もほぼ平常通り。問題があるとしたらこの天候だな」
空を見上げる。
冬に入るこの季節は空一面に薄い雲の筋がいくつもできている。
高高度を飛行するドラゴンや、飛行タイプの魔獣が遺した痕跡。
筋雲が散り始めているのを見て、危険な彼らがこのエリアに今いないことが分かる。
危険に遭遇する確率が減ったの読み取って、キースの安堵の息を漏らす。
「魔鷹とかその辺りか、残るは」
迷宮において魔力は空のある天井近くか、次の階層との境目になるか付近が最も濃い。
大型の飛行魔獣が飛ぶと、その跡に大量の魔力が撹乱されて、小型の飛行魔獣が群がってくることが多い。
――空から狙われると厄介だ。
確認するように呟き、双眼鏡を腰に戻す。
実際のところ、こんなものは彼にとって無用の長物なのだ。
この砂丘を選んだのは、岩山からは見えない街の様子を見るという名目のためだけだった。
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