第32話 たどり着けない場所

 困っている弱者を権力者から救い出し、悪役を懲らしめて世間から称賛される。

 流行の騎士道物語に感化された世間知らずの令嬢だとしても、例えそれだけの些末でちっぽけな認められたいなんて自己満足だったとしても。


 彼女は部下? である青牙団の仲間たちを率いて善戦してきたのだから。

 それでも相手は五十人以上、大人が数名。


 こちらはもともといた数の半分以下で、しかもそのほとんどは怪我人かクラリスよりも子供たちだったり女の子だったり。


 この三銃士がいなければ、お姫様はあっという間に負けてしまい仲間の信頼を失っていただろう。


「いいわね、あんたたち! 今日こそ青牙団の恐ろしさをあいつらの魂の根底にまで叩き込んでやるのよ!」

「おーっ」


 とクラリスが掲げた枯れ木は聖なる剣となり、独立国旗のような自由をもたらす御旗になり、居合わせた一同の心を鼓舞したはずだった。


 しかし、この小さな聖女になり損ねた少女騎士は気づいていない。 

 弱き者、弱者を守らなければ。

 そんな一言が出るたびに仲間たちの瞳の中に、怒りの色がどんどん増えていたことに。



 定刻の昼過ぎ。

 二つの団はそれぞれ思い思いの武器を手にして、所有権を争うその河原に姿を見せていた。


 王城の側にある神殿の鐘がゴーンごーんと新たな時刻を知らせると、両者は誰の指示もなくいつものように散開し、それぞれの方角から一斉に相手の大将めがけて突進する。


「いいわね、何が何でもやんなさいよ! 死んでもいいから、ここを守りなさい!」

「そんな無茶な命令、よく下せるねえ」

「うるさい、あんたも早く行きなさいよ、参謀」


 そう発破をかけられ、お尻を足で蹴飛ばされてキースはひどい扱いだよと独りごちる。駆け足で彼にかなうものはなく、それは猫目団の面々も同じことだった。


 俊足を生かして河原の土手を駆け上がり、最短距離で最後尾の大きな岩の上にどすん、と腰を下ろしているアレク目がけて突進する。


 もちろん、迎撃とか邪魔をしに猫目団の連中がやってくるわけだが、そこはクラリスの智謀が輝いたというかバノス家の連携というか、兄のジョンが年齢による体格差を活かして先行し、小物たちを弾き飛ばしていく。


 彼の作った道の隙間をキースは器用にすり抜けて更に前進し、それでも立ち向かう誰かは後ろから飛んできた水弾を顔に浴びて悶絶することになった。


「いいわよ、ラーク! もっと魔法で水弾をぶつけなさい! 意識を失うくらいでいいんだからっ」

「無茶言わないでよ、姉さん。僕、まだ初等魔法も完全に学んでないのに。こんな魔力をいきなり消耗したら、あと数発がいいとこだよー」

「あーもう! 男が弱音を吐かない!」


 そんなやり取りをしている間に、ジョンがアレクの側に控えていた大人の一人。

 木剣ではなく、真剣を腰に吊るしているやせぎすな男と出会ってしまう。 


 一度足を止めたら、そこから先は進ませない。彼は意地悪そうに笑い、隣にいた今度は筋肉質な獣人においっ、と合図を送る。


 獣人は狼のような耳を持つ男だったが、その咆哮一つでラークの魔法はあっさりと吹き飛ばされてしまい、打ち出されたはずの弾は、中空で霧散してしまう。


「はあ? 魔力の無効化なんて、卑怯じゃない!」


 百メートルはたっぷりと離れた距離から魔力弾を放ち命中させるあのガキは、成長したらいい腕になるだろうなあ、なんて獣人のささやきがジョンには聞こえた。


 クラリスの抗議は無視して二人の敵はあっさりと――ジョンは剣士の鞘付の剣の一撃に崩れた――バノス家の兄弟を下すと興味なさげにくるりと後ろを向く。


 ジョンが作ってくれた突破口はわらわらと集まって来た猫目団の子供たちによって塞がれてしまった。


「寄るなっ! お前たち、卑怯だぞ!?」

「勝てばいいんだよ、バーカ」

「お前らも売ってやるからな、覚悟しろよ!」


 年代の変わらないはずの敵はジョンの上に馬乗りになり、キースを寄せ付けないようにして縄で縛り上げようとする。


 それを蹴散らすと、土手を背にキースは気を失ったジョンを守るだけになってしまった。


「どうしよう、クラリス! ジョン達が捕まっちゃうよ!」

「分かってるわよ、だけど――あんたたち……っ」


 どうにかしなさい、と叫ぼうとしても仲間はてんで散ってしまい、各個撃破されてその多くが敵陣で手足を縛られてうめいている。


 誰も助けにならない。

 万策尽きた、とはこういうことを言うのだろうかとクラリスの顔面は蒼白になる。


 これならせめて、数日間黙って空けたままにしている屋敷に戻り、現役の騎士をしている上の兄たちや家人たちに助けを求めるべきだったかもしれない。


 でもそれをすれば自分たちは家から出してもらえず、庶民の事には関わるなと父親は言い渡すかもしれない。


 仲間を救えないで、何が騎士よっと息巻いてここまでやってきたのに、一番の無力なのは自分自身だったなんて。


 クラリスはこみ上げてくる悔し涙を我慢しながら、弟に告げた。


「……なさい」

「は? 姉上、いまなんて?」

「いいから、あんただけは逃げなさい! さっさと西区の屋敷に戻るのよ! 戻って……助けを。お願い……」

「あ、姉上……!?」

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