第五章 生き別れた二人

第31話 少女騎士

 でもそれを認めるのはどこか悔しくて、武器を持ち帰ると空いた手で一歳年下の少年の頭をわしゃわしゃと揉みこんでやる。


 癖のない自分の金髪とは違い、彼の銀色の猫っ毛はふわふわとそこかしこに舞い上がるように散って、また元に戻ってしまう。


「うわっ、よせよ、馬鹿!」

「バカとはなによ、貴方が腰抜けだからでしょ! あの河原、譲ったらこれからどうするのよ」


 どうするって、それは仲間に諦めてくれって言うしか……そこまで言いかけて少年は階段下に集まった、青牙団のめんめんを見やる。


 そこには十数人、それもみんな顔に包帯代わりにタオルを巻いたり、腕を肩から布で吊っていたり、片足を引きずったりと満身創痍の少年少女たちがいた。


 勝てる見込みがないだろ、と少年は冷静に分析する。その片目も先日の猫目団のリーダーの猛攻からクラリスを守ったために、大きく腫れあがっていたけど。


 それでも逃げる、という選択肢はなかった。

 少なくとも、自分自身の中だけでは。


「瑠璃石や魔石や宝石の原石があそこで拾えるのは分かるけどさ」

「分かってるんじゃない! あれが無くなったらみんなの稼ぎもなくなるのよ? どうやって明日から生きていくの」

「今日勝ったからって、明日からまた来ないとは限らないんだよ、クラリス。それ理解してる?」


 キース少年は憤る。

 言い分はもっともだ。


 勇ましく男勝りのその気質は、自分なんかより余程、騎士に向いているかもしれない。弱い物を守りたいって感情も、そうだ。


 クラリスの兄のジョン、弟の泣き虫で使えないラーク。そして僕。

 騎士の息子が三人もいて、お姫様を守れないなんて悔しいじゃないか。


 そこまではいい、そこまでは。でも現実は――無謀だ。


「猫目団は金にもの言わせて、大人まで雇って二倍の数がいるよ。それに、忘れたの?」

「何をよ!?」

「ニーニャはレダたちのこと」

「……」

「人さらいっていうか、奴隷商人だって後ろにいそうじゃないか。あの子たち、もう戻ってこれないかもしれない」

「だって、でも……」

「子供の喧嘩の範囲を越えてるよ」


 冷静にそうたしなめるキースの言葉に、ジョンとラークも同意するように頷いて見せた。

 あんたたち、誰のミカタなの! 喉から兄弟たちへの怒りが飛び出しそうで、でもクラリスはそれを黙って飲み込む。


 幼いけど貴族の子弟子女は年上には逆らわない、女性は男性に付き従う。

 それが、例え最下層で貴族の底辺にいる騎士の子供であっても、ルールだからだ。

 でも、とクラリスは兄を見て言葉を選んだ。


「でも、ジョン。お兄様……弱きものを見捨てるのは――我がバノス家の恥になりますわ」

「クラリス」


 食い下がる妹に、兄は下段から見上げるようにして困ったな、と首を振る。

 頭にボコボコとたんこぶが出来ているラークはもう家に帰りたかった。この姉、この妹についていったらいつか死にそうな目に遭うんじゃないだろうか。 


 それが兄弟のひそやかな問題で、今回も勝ち気な妹をどうやって屋敷に連れ帰るかを悩んでいた。


「お父様は弱きを見捨てるな、とそうおっしゃいます!」

「クラリス、ここで父上の名を出すのは良くないよ。猫目団のやり方はたしかに悪いことだ。でも、僕たちじゃ、勝ち目はないな」


 ジョンのその言葉に、更に下で発つ青牙団の面々ははあ、とため息をついて肩を落とす。


 みんなもう疲れ果てていて、ここ数日の間の喧嘩で一睡もできないこともあったからだ。


 敵はロバス町の有力者の子供もいて、金と権力にものを言わせて昼夜問わず攻撃を仕掛けてくる。 


 それは子供の喧嘩と呼ぶには苛烈で、容赦が一切ないものだった。

 武器も騎士学校で使うような木剣に木の槍、店の品物を持ち出して盾もあれば目くらましの魔法石だってある。


 負けたやつはさっさと縛り上げてどこかに連れていかれたし、被害者はもう十人を超えていた。


 まるでマフィアの抗争みたいだよ。

 そう誰かが揶揄するくらいひどいそれは、金による賠償劇にまで発展していた。


 夜に出歩けないロバス町の連中が同じ貧困街の大人や子供たちに小遣いをやって、青牙団の仲間だと分かると集団で痛めつけるのだ。


 死者がでていないだけで、棲み処で痛みに唸りながら医者に診てもらない仲間が増えていくだけなのを彼ら、貧困街の子供たちは黙って耐えるしかなかった。


「待って、ジョンにラーク、キースも……ここでアレクをやっつけなきゃ。また誰かが痛い目を見るに決まってるじゃない……」


 私たちがやらなきゃ、誰がやるのよ。

 クラリスはそう訴えていた。


 男勝りな仕草を正し、きちんとしたレディの恰好と言動をとれば彼女は王都に住む同世代の貴族令嬢たちの中でも群を抜いて美しい美少女だったから、その切なそうに訴えかける視線は年頃の少年たちの心を揺り動かすには十分なものだった。


「仕方ないか」

「でも、アレクがなあ」

「いっつも後ろの最後尾で大人に守られてるもんねえ。さすが王都一の両替商の息子だよ」


 三者三様に戦おうという意思はあるらしい。それを見れただけでも、クラリスには十分な心の糧となった。


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