第四章 暗殺者たち
第25話 死闘
今二人の後ろに四人。
前に三人。路地の幅が左右に四メートルほど。
あまり広くはない。左右の煉瓦造りの建物はどちらも四階ほどあるビルで、壁には窓がはまっているだけ。建物の中に逃げるのは難しい。
飛行魔法を使って、上に逃げるという案もあったが、後ろの四人はこちらから見えないように弓だの、長槍だのを携えている。
あれで狙われたらひとたまりもないだろう。
マフラーを首から外すとライシャに預ける。どっちをやる? と訊かれた。
「全部」
「大した自信だ」
「これくらいできないと、二十階層から下の道先案内は任せてもらえない」
「では――任せた」
そう答えると、彼女は壁際に背を預けて高みの見物と洒落込んだ。
刀身がわずかばかり反り返った、片刃の長剣を引き抜く。
一メートル半ほどの、ライシャの直剣と比べたらそれほど長くないものだ。
前方は東、時刻は午前。日差しは、そこいらの建物に遮られて、全方位が影になっている。スキルの効果範囲内は、すべて影。
影使いにとって、理想的な戦闘環境た整っている。
敵は目深に帽子や、フードを被っていて、さぞ視界が限られることだろう。
前からやってくる三人がまず、仕掛けてきた。
短剣を扱うのが二人。投げナイフを持つのが一人。
風魔法による速度強化で、通常の数倍の速度で敵を射抜くつもりだ、とキースは把握する。
チーム制による攻撃で、短剣の二人がこちらを牽制している間に、遠隔狙撃をする戦法らしい。実に卑怯で確実性のある殺し方だと、素直に感心した。
後方の四人は弓矢による援護が主な目的だ。そして魔法でこちらが逃げた場合、それを空中で狙撃するつもりだろう。
と、いうことはただの弓ではないということになる。あの槍もそうだ。穂先には触れると爆発する炸薬魔法がかけてあるらしい。
「触れただけで、終わりかよ?」
とんでもねえな、こいつら。暗殺どころか抹殺に来てやがる。
このフォーメーションにはどこか見覚えがあった。
ギルドの魔獣捕獲チームがよくやる戦法に似ていた。レベル差がありすぎる大型魔獣を撃破する用に考案された戦法だ。
一瞬、自分が魔獣扱いされていることに失笑する。瞬き程度の時間で刺客の考えを影から詠み取ると、キースは前へ大きく踏み込んだ。
応戦するように敵が走り込んでくる。
「おらっ!」
短剣の穂先がどこまで届くか、頭に入っている。さっと躱すと、そのまま低姿勢を保ちつ、後方へと下半身を落として回転する。
敵は視界からキースが消えたと思ったはずだ。
残念。顎下から額に向けて、剣を滑らせる。最初の男の顔が左右に不気味に割れた。
軸足を残したまま、もう片方の足でその胴を蹴り飛ばす。短刀を腰だめに構えていたもう一人は、対応が遅れた。
咄嗟の判断が間に合わず、仲間の肉体とともに壁に向かって吹っ飛んでいく。
片手にしていた短刀が、ふわっと宙に浮いた。
キースは回転を殺さず、低く跳んだ。
中空でも軸をぶらさず、コマのように回る。その身のこなしに、投げナイフを両手にした敵は目を見張った。
その胸板めがけて、キースは宙をくるくると舞う短刀を蹴り込んでやる。
「ほらよっ!」
ナイフ使いの胸を凶刃が遅い、彼は「ぐっ」と声を漏らしたまま仰向けに倒れこむ。その生死を確認する間もなく、今度は空を蹴るようにして高く、自分の身長以上にキースは駆け上がる。
「浮遊魔法か」
ライシャが感心の声を上げた。
こうも上手く戦いで使いこなすとは!
竜のように宙を駆け、壁にぶつかって立ち上がりかけた短刀使いたちの後ろに、素早く降り立つと、そいつらの首筋を掴み全面へとどんっと押し出してやる。
タイミング悪く、彼らは飛来した矢の群れに全身を貫かれて絶命した。
ボボボボボっ、と全身が爆薬を仕込んでいたように、さまざまな箇所から炎を吹き上げる。
「ちっ!」
その爆発は、周囲二メートルを巻き込んで、灼熱の炎をまき散らすタイプ。
そのことを事前に知っていたキースは、大地に両手をついた。
迷宮案内人に必要な魔法はいくつかある。
索敵魔法、遮断魔法、回復魔法、水などを魔素から精製する錬金術、そして大量大量の荷物を移動するために空間歪曲させて収納することができる、収納魔法。もしくはそれに類する空間魔法だ。
あと、空間魔法を活用した、最大数キロに及ぶ転移魔法も、必須科目とされている。
この時、キースは爆弾と化した男たちの空間と、地下の大地の空間を瞬時に入れ替えた。
「息を止めろ! 伏せるんだ!」
いきなり飛んできた命令に、ライシャは眉を顰めながらも従った。
男たちの姿が消え、その上から地下三メートルほどまでの距離で入れ替えられた、大量の土砂がどさどさと降り注ぐ。
次いで、足元から凄まじい爆発音と、振動がして、堆積した土砂の隙間から炎が吹き出した。その勢いは猛烈で、間近にいたキースやライシャに襲い掛かろうとする。
だが、最初に転移魔法によって切り取られた空間は、大気すらも失い地下へと移動したのだ。その空白の空間を埋め合わせるために、周囲から大量の空気が流入し、物を飲み込んで消滅させてしまった。
中と外で凝縮された空気が渦巻き、辺りは一緒にだけ無酸素空間になる。
やがて生み出された真空の刃が四方八方、所構わずあたりに存在するものを切り刻んでいった。
あらかじめ大理石の石畳にひっつくようにして伏せていた、キースとライシャ以外の刺客たちは、鎌鼬と呼ばれる真空の刃によって、ズタズタに切り裂かれていく。
伏せていた彼らもまた、自分自身が使える範囲の防御結界を身の回りに張り巡らすことで、その脅威からどうにか逃れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます