第24話 新たなる刺客

 雪山で遭難した時の恋人たちみたいだ。


「ここの迷宮は魔獣生物学者のお前から見て、どんなふうに映るんだ? 他の世界中の、いや地上の魔獣たちと何か違うのか?」

「そうだな。地図でもあれば話が早いか」


 と、そう言い、ごそごそとライシャはなにかを腰のポーチから取り出した。

 それは随分と使い込まれた分厚い手帳で、端から端までびっしりと書き込みがされてあった。


 彼女はそのうちの一つを見せてくれた。


「これが世界の地図だ。ここが、西の大陸のここ。つまり、王都の真下にある、この街ということにある。私はここから始めた」

「へえ……世界には大陸がいくつあるんだ」

「六つの大陸がある。そしてこれが、南の大陸イリアデス。中央を分断するイリアデス山脈のなかには、暗黒神の神殿がある。主不在で今はもう使われていない」

「主がいない? 神様の神殿なのに?」

「この神殿は特別だ。暗黒神ゲフェトは、二百年ほど昔に、この世界を去ってしまった。ゲフェトの主とともに別の世界へと旅立ったと言われている。この神殿は神が自ら建てたのだ。その後には、膨大な魔力が潜んでしまった」

「ああ、つまり魔族や魔獣たちが生息するようになったと」

「そういうことだ」


 キースの飲み込みの速さに、ライシャは満足そうな微笑みを浮かべる。

 生徒の出来がいいと、教えるほうも楽しいものだ。


「ここの神殿の魔獣はとにかく強い。まあ、当たり前だな。世界を全ていた最高神の魔力が充満しているのだから。強い魔獣もたくさん生まれる。さて私たちが今いる『禍福のフランメル』これを作ったのは神ではない」

「古代魔導文明、とかいうのだけは知ってる」


 いい返事だ。ダークエルフは嬉しそうに懐いた。


「私もその古代魔導文明についてはあまり詳しくない。なにせ、数千年前のことだからな。そんな古い時代から『禍福のフランメル』は存在している。暗黒神の神殿の場合は神魔力が残されたから魔獣が強くなったが、ここはどうだろうな?」


 うーむ、とキースは考え込む。

 全くわからない世界だ。


 理解が及ぶとしたら、地下に行けば行くほど魔力は濃密になる。それぐらいだけ。


「どうして地下に行けば行くほど魔力は強くなるんだ?」

「西の大陸エゼアのここ。エクスロー地方の地下には、魔界がある。知っているか?」

「魔界? 地下迷宮じゃなく?」

「違う。魔界はもともと北大陸だった。それは海に沈み、一部を残して、世界の地下をさまよっている。魔界の空には太陽がある。これは本物の太陽だ。月は天空の空を写しこんでいるが、海もあるし大地もある。ここの地下神殿よりもさらに深い場所に存在しているんだ。この意味が分かるか?」

「いや、さっぱりわからん」

「考えろ。惑星の中心に近い部分に太陽がある。地上の空に太陽がある。つまり、地上は真ん中だ。上に行けば行くほど。下に行けば行くほど。魔力は濃密になる。それだけ住んでいる生物の力も大きくなる。つまり」

「地下に長年生息している魔獣は、地上世界で同じだけ生きた同種族よりもより強い力を持っている?」

「正解だ!」


 また、小さな手のひらでバシバシバシバシ。背中を叩かれた。

 そんな正解ありなのか?

 ありなのだとしたらそれは――。


「それよりも、相談がある」

「なんだよ?」

「部屋が寒いのだ。どうにかしろ」


 ダークエルフは本当に寒さに弱いのか、ぶるぶると震える瞳で切なそうに白い吐息を吐き出した。


 しばらくして、隣の部屋が寒いのをどうにかしてくれ、とライシャに懇願され、二人はベッドから抜け出して、街の資材屋に向かっていた。


「勇者様たちは本当に迷宮を踏破できると思うか、ライシャ」


 今日は風が強い。北風が路地裏をびゅうびゅうと吹き抜けていく。

 二十階層あたりで仕留めた竜革のジャケットはちょっとした剣の一撃くらいなら通さないほどに強靭で温かい。

 それでも首筋を撫で上げる寒風には耐えら得ず、マフラーを物入れから取り出して巻いていたら、ダークエルフはその端を自分の首に巻き付けていた。


 ちゃっかりしてるな、と思う。

 傍から見れば彼女はまだまだ若い少女だ。


 歳の離れたカップルと言っても通用するかもしれない。

 こんなに美しい恋人がそばにいてくれたら、どんな男だって色めき立つ。


 どんな困難な冒険だってこなしてやろうと意気込む。

 ただちょっと困ったことは、彼女が見た目とは裏腹の半世紀以上生きた人間で、キースにとって無関心に近いほどの恋愛感情を持っていないことだった。


「寄ってくるなよ。歩きにくいだろう」

「いいではないか。私は寒さに本当に弱いのだ」

「そりや見たらわかるけどさ……」


 この王国は地理的にみれば暖かい地方に位置している。

 その地下はどうかといえば、寒い地方のそれだろう。


 二人が今歩いている第一階層ですらも、地上からは二百メートルほど地下に下った場所にある。ここの天井は、迷宮の一番真上に位置しているから天井も低い。


「全く。地上はまだ冬にさしかかった頃だというのに、どうしてここは真冬なんだ」

「そういう場所なの。仕方ないだろ。ところでさー」

「そうだな。望まない来客のお出ましだな」


 街中で剣を抜くことは、基本禁じられている。

 持ち歩くことは構わないが、必ず鞘を持ち歩くことが必須だ。


 鈍器などはその範疇外だが、取り扱いには厳格なルールが定められている。

 ここは第一階層。まだ王国の法律が、ほんの少しだけ通用する場所だ。

 そんな路地裏で殺し屋が迫っていた。


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