第8話 公務員がいい

「そうだ。大体そういった連中は、総合ギルド、何て名乗ったりする。王立、とか言ったりもするな」

「では二番目は?」

「二番目は公社だ。国が認める国営企業の従業員。ただし、こっちは公務員じゃない。単なる雇われの会社勤めになる。大きな国ほど、公社を立ち上げて小さな国やまだ開発されていない遺跡の攻略に乗り出したりする」

「なかなか面白いものですね。それでは三番目は何でしょうか」


 ここさ、とキースは口をつむり、片手を広げて見せた。

 居酒屋。それが入っている建物。


 その一階には、隣接するようにカウンターが見え隠れしている。

 酒を提供するカウンターじゃない。


 お店とか病院なんかで客を受付するためのカウンターが、そこにはあった。


「ああ、ここ‥‥‥」

「そう。つまるところ日雇い冒険者。ギルドを仲介して、依頼人と直接契約を結び、単発のショボイ仕事をこなす。それがここの役割だ、正確には日雇い派遣窓口は別の階にあるが」

「ちなみにあなたを分類するなら?」

「ん?」

「ここはお話の通り冒険者ギルドで、あなたはそこでお酒を飲んでいらっしゃいますが‥‥‥日雇い冒険者?」

「ああ、俺?」

「はいそうです」

「そんなもんだ」

「ほうほう。なるほど」

「少し前まではそうだった。収入が少ないけど生還率だの、攻略率だの。今は、そういったものからは解放されたかもな。」

「それはめでたいことだ」


 グイッと飲み干したグラスは、今度は満たされることがなかった。

 注文したワインは彼女のグラスにも並々と注がれていて、もうあと少ししかボトルに残っていない。


 お互いに相当飲んでいる感じだった。


「そうなると、あなたは一体何の職業に就いているのだ」

「どうしてそんなこと聞く」

「知りたいからだ。こうして一緒に酒を飲む縁にも恵まれた」


 どっからどう見てもこんな場末の居酒屋にはふさわしくない美少女が笑顔を作ってそう言った。 

 一晩だけの行きずりの関係。


 話したところで大して意味はないだろう。

 とはいえやはり酒は欲しい。


「こっから先は有料かもな」


 グラスの底をカウンターに当てて、ワインを催促する。

 好きなだけ飲めと言ったのだから、その責任はとってほしいものだ。


「もう‥‥‥」


 彼女はもう一本、今度は別の銘柄のワインを注文すると、それをキースのグラスに注いだ。


「いきなり冒険者になれるって思ってる?」

「私が、か? いいや、思わないが」

「そうだよな。だけど世間の多くのバカは、冒険者ギルドに入って適正試験を受けたら、そのまますぐに冒険を始めることができるって思ってる」

「そういうものなのか」

「そういうもんなんだよ。でもそれは大間違いだ。そんなことができる冒険者ギルドなんて、この王国よりも小さいど田舎の、大して魔獣もでない地域の物流専門ギルドか‥‥‥」

「か?」

「戦争中で今すぐにでも兵士が欲しい、傭兵ギルドか。そのどっちかしかない」

「厳しい世界だな‥‥‥。ではそれ以外には簡単には入れないと?」

「もちろんそうだな。だからこそ学校が存在する」


 学校という言葉に、彼女は首をきょとんとかしげて見せた。

 多分まともに生きている地上の市民の類なんだろう。


 冒険者になろうなんて人間はまともなやつがいない。それは真実だ。


「学校だよ。国が経営したり、公社が経営したり、民間の委託企業が経営したり。

そんなところを卒業してから、冒険者の資格試験を受けに行くんだ」

「そうなると合格する?」


 キースはワインボトルを抱えるようにしても相手の腕が、ぐっと力が込められたのを見て取った。


 それは期待なのか、緊張しているのかわからない。

 もう一杯、と催促するとまた、杯が満たされた。


「合格率はそんなに高くない」

「もちろんお金を取るんですよね?」

「そりゃそうだろ誰かから何かを学ぶなら、金を払うのは当たり前だ。今だってほら」


 そう言い、ワインの入ったグラスを掲げてみせる。


「確かに確かに。話を伺う授業料として支払っている」

「俺は美味しいワインをいただいている。ありがたいもんだ。で話の続きだが、合格率が高くないのは学校の教え方が悪いからだ。だからこそ経験者が教えるそれ以外の学舎が必要になる」

「……なるほどよく分からないな」


 あっさりと言われてしまい、なんだか肩すかしを食らった気分だ。

 目の前の視界が揺れ、自分が酔っ払っているのか世界が揺れているのかがわからなくなる。


 ワインが入っているグラスの水面は、なるほど、微動だにしない。

 これは俺が揺れてるな‥‥‥。


 座席からずり落ちそうになりつつ、それをどうにか耐え抜いた。

 しかしやっぱり耐えきれなくて、目の前にいる相手に抱きついてしまう。


 そのまま二人して床にズレ落ちた。


「きゃあっ!」

「あー悪い悪い‥‥‥」


 彼女はキースの腕が自分の肩にかかったときからまずいと思っていたのか、ボトルを丁寧にカウンターのうえに残して落下した。


 しかし、キースのグラスは彼の指先にひっかかり、床の上に先に寝そべった相手の肉体を盛大に濡らしていた。


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