第6話 追放
ラモスは嘘を言っても無駄だ、とキースを胡散臭そうに見つめた。
その目は容赦のない拷問官のように輝いている。
「これまで案内してきた、探索し攻略してきたルートの中で、何千何百と報告していないそんな宝物があるはずだ。信じた俺が馬鹿だったよ」
「それはまだ警告書だろ? それに見捨てるなら……俺は今から独立するんだ、もうあんたの部下じゃない。あんたの命令も聞かないしあんたの保身の為に生きるのももうまっぴらごめんだ。明日からは別の仕事を探すさ。見つかるまでは日雇いでもして、迷宮探索をする」
「日雇いだと?」
思ってもみなかった返事を聞いてラモスは叫んだ。
日雇い冒険者は王国にとって、特別な存在だった。
現在、このロンギヌス王国は魔王の国と戦争をしている。
だが、最近になって一時的に休戦を結んだのだ。
王国はこの機会を利用して、地下迷宮を攻略するべく各神殿から人を派遣して、いくつもの高名な聖騎士や冒険者のパーティが地下に降り、まだ戻ってこない。
今度は勇者たちのパーティが挑戦するという話もでているくらいだ。
しかし、あまりよくないことも起きてしまった。
これまで数世紀続いていた戦争のおかげで様々な地域が発展してきた。
ところが戦争がなくなれば当たり前のように経済は衰退する。
消費者である、軍隊が働かなくなるからだ。
この国でもそれは例外ではなくて、特に王国は沢山の兵士達を戦場に向かわせていたから男手が足りなかった。
近くには激戦地があり、復興すらままならない。
そんな王国を救うための施策の一つが、日雇い冒険者を公務員として雇うことだった。
最低限の保障と最低限の賃金と最低限の住む場所を与えられる。
この政策に戦争が終わり職を失った冒険者たちは、喜んで飛びついた。
結果、王国の経済は奇跡的に復興を果たし始めている。
「日雇い冒険者は特別だからな。総合ギルドといえども、手出しはできないだろ?」
「……迷宮の中間層までの探索は終わった。これからは組織的な案内をする時代だ――個人で独立してでできるって言うならやってみるがいい。どうせ、直ぐに弱音を吐くだろうがな」
「あんたがそう言うなんて、世も末かもな」
陰険に、陰悪に、先ほど殴られたことも含めて嫌味を込めて挨拶を交わす。
それだけ言ってやると、悔しそうに顔を赤らめるラモスを尻目に、キースはさっさと入り口の扉を開けて姿をけした。
「畜生ッ―! 疫病神が、ダンジョンのどっかで暗殺されてしまえッ。だがな、キース。‥‥‥あいつらはあまくないぞ」
くぐもった声で、そうラモスは忠告する。
「全部吐くか、捕まって拷問されて死ぬか。どっちも嫌なら‥‥‥国外に逃げるしかない」
「だが、あんたは守る気はなさそうだな?」
「あー当然だろ。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。てめえを、ギルドの法規に背いた罪でクビにしてやる。どっかに消えちまえ‥‥‥このゴミクズが」
そんな言葉と共にラモスの片手が光った。
「うおわっ?」
一本か二本か。
それは見当違いの方向に投げられ、壁に突き刺さった短剣を避けると、キースはラモスの部屋から逃げるように走り出した。
逃げろ、このゴミクズが!
まるでラモスがそう言って逃がしてくれたような気がした。
世界中にありとあらゆる仕事がわんさか存在する。
そんな数千数万の職業の中からたったひとつだけなりたくないものを選べ。
もしそう言われたとしたら、経験者は間違いなく「ダンジョンの案内人」を選ぶはずだ。
あれはそれぐらい危険度が高い上に、依頼人の生還率が低く、攻略率ばかり重視される数字とデータが何よりも重視される。
もてはやされるのは結果ばかりの世界で、それを達成するために死んでいった物言わぬ骸たちには、誰も見向きもしない。
迷宮案内人はそれくらい忌み嫌われた職業だった。
◇
――数週間後。
「だからな、一番損な職業は、案内人だってことだ」
ほんのりと過去を思い出しながら、キースは誰かに向けてそう言った。
「へえ、そうなんですね」
半分程まで減ったエールのグラスを、そろそろ開けたい気分だ。
勢いよくそれを飲み干すとカウンターに空のグラスを叩きつけ、おかわりを要求する。
‥‥‥ところで、こいつ誰だ?
カウンターの隣席から相槌が打たれるものの、そいつには全く見覚えがない。
俺は酒場のお姉ちゃんたちに話しているんだ‥‥‥と、カウンター向こうをふと見やると、そこには誰もいない。
話し相手になっているはずの店員は、いつのまにか別の酔客を相手していた。
店内には毎日おなじみのうだつがらない冒険者たちの酔っ払った声やそれは相手する商売女たちの嬌声が響いていた。
地下世界にも都市はある。
ここ総合ギルドの地下本部があるタルイーダーは、その中央的な立ち位置にあった。
ギルドの日雇い派遣課で本日の業務が終わった報告をしたキースが歩くこと数分。
下町と、商業街に隣接するように、この酒場が入る建物が存在する。
この辺りは飲み屋街と化していて、平日の夜だというのにまあ、賑やかなものだった。
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