第2話 詐欺と保険

「さて、誰だったかな? あんたがただでこき使える奴が出来たって、喜んでいたことは覚えている」

「そんなことは知らん!」

「よく言うぜ、俺が棄民だからただ同然で使えると雇った、人でなしの癖に」

 昔の事実を持ち出してせせら笑うと、ラモスは陰悪な笑みを作っていた。

「だが、お陰でこの歳まで生きてこれただろう? それより、何がお客様のためだ。ふざけんなよ」

「俺はなにもふざけてない。客は生きて地上に戻れることを喜んでくれる」


 くそがっ、とラモスは鼻息荒く叫んだ。


「俺は言ったはずだ。顧客の望んでいることは早い時期でのレベルアップだと。その為に奴らは高い案内料を払って、俺たち迷宮探索課の案内人を雇うんだよ」

「……俺の方針とは真逆だな。生還率より、攻略率を望めば‥‥‥たいてい、待っているのは死、だ。それでもいいと?」

「いいんだよ! ハイレベルのモンスターがいるところに案内してやりゃ、それでいいんだ。死んでも奴らには保険がかかってる。遺された仲間も家族も困りゃしない。神殿で治療をすれば腕だって生えてくるんだぞ? それも冒険者保険で賄えるんだ。俺たちはただ、奴らの満足するように死に場を与えてやればそれでいいんだよ。どうして、それがわからない!?」


 どんな怪我でも治るなら、ラモスの腕だって二本揃っているはずだ。

 キースはオールバックに撫でつけた、短い銀髪の乱れを手櫛で直すと、意地悪そうな笑みを浮かべて黒い瞳で睨み返してやる。


「……その片腕、どうして生えてこないんだ?」

「なっ――ッ!」


 ラモスはつるりと剃り上げた形の良い卵型の頭皮に陽光を反射させて、青筋を立てていた。


「可愛げがねえっ! どうしてそう育ったんだお前は!」

「そりゃ、多分……あんたに似たんだよ。育ての親だからな?」

「お前みたいな息子はいねーよっ! だいたい、二十一だ。もう大人だぞ? うちの方針を理解できない馬鹿に育つなんて、な。……いますぐに殴り殺してやりたいくらいだ」


 そんな恫喝にも脅しにも似たような声に、青年は笑顔で答える。

 片手を上げて知らないね、そんな感じで左右に振ってみせた。

 もちろんそれを見て怒らないやつはいない。


「やれるものなら、やってみりゃいいだろ。片手を生やすこともできない無能はどっちだ」

「黙れクソガキがっ! お前は俺の言うとおりにやってりゃいいんだ。しつけがまだ足りないのか……? 蹴り上げろ、空気オオカミ!」


 容赦のない魔力が、キースの顎を蹴り上げた。

 ラモスは空気オオカミという目に見えない大気の精霊を飼っている。


 多分、いまのはその一頭が前足でやらかした一撃だ。

 ……なんだよ、てめえで来いよ。使い魔なんて使わずに。だからあんたは、右腕を無くしたんだよ……と、薄れる意識の奥底で悪態をついてやった。


 彼が床に倒れこむと、ラモスは仁王立ちになり、宣告する。


「大事なことだから、二度言うぞ。客のやりたいように案内してやれ。生死は俺たちには関係ない。前金で案内料は貰ってるんだ。むしろ、要望に応えてやらないほうが余程、不親切だと思わねーか、なあ?」

「……さあ、ね。俺は誰にも死んでほしくないだけさ。それのどこがわるいってんだ、ラモス……」

「呆れたやつだ。お前は客の夢を奪ってるんだぞ。生還率が高いクエストはその分、レベル上げの成功率が飛躍的に下がるんだ。天と地ほどにな。奴らは高い案内料を幾度も払って、カスを掴まされる。お前は薄情なやつだぜ……」


 薄情なのはあんたさ。キースは心でそうせせら笑う。


 前金で案内料?

 それは迷宮探索課に依頼する既定の依頼料だけだ。


 成功報酬はその後についてくるのが常識なのに、このボスときたら全部、前払いで割引しますなんてパック料金制にしたもんだから……みんなが騙される。


 例え迷宮に降りて、クエストを達成できなくても、成功報酬を払わされていることに気づかない。

 もっとも――。


「さあ、な。……口のなかが切り傷だらけだよ、ラモス。後払いの成功報酬をパック制にして、おまけに神殿と提携して保険を作り、回復魔法をかけてやる。怪我をした冒険者の大半はそれで怪我も回復するし、手足だって生えて来る。だが、神殿で回復魔法を受ける料金よりもパック制の中に含まれた保険料は高額だ。どれだけあんたの懐に落ちてるんだろね」

「てめえ……。まじで死にたいのか? この世には口に出したら長生きできないこともあるって学びたいか、あああん?」


 デスクの椅子を跳ね除け、ラモスは身軽に机を飛び越えた。

 二度とその減らず口を叩けなくしてやると、ソファーに倒れこむキースに向かい左拳を叩き降ろす。


 しかし、キースは余裕の表情でそれを回避する。

 ラモスの行動なんてお見通しだった。


 次の一撃が来る前にソファーの弾力性を利用し、体をきしませると宙返りの要領で後ろの方へとひらりと舞い降りた。


「駄目だなラモス。二年前のクエスト片腕をなくしてから、鈍ったんじゃないのか?」

「猫みたいに動きやがって……泥棒猫がっ!」

「何が泥棒猫だよ。猫が聞いた気を悪くするぜ」

「ふざけろっ!」


 怒声が飛ぶ。赤い顔がさらに火照って赤くなっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る