第4話 ゲリラ豪雨は突然に
フロアに戻ると、時計は午後十時半を回ろうとしていた。
「こんばんは。鈴木君はお休みですか」
階下の拓人さんの代わりに空いた席を片付けていると、拓人さんと一緒に買い出しをしていたオコジョのような顔の女性と目が合った。デリの子だ。
一頃流行ったB-boyのように大柄な男性の隣で、
「あそこめちゃめちゃ寒いんですけど。絶対何か居ますって」
拓人さんが帳票片手に、階段を生気のない顔で上がってきた。
「そういえばデリの子が来てるから、顔を出したら」
「デリの子?」
一瞬
「参りました。あいつの家に泊まれなくなっちゃいました。ちょっと時間もらっていいですか」
空き皿を片手に戻って来た拓人さんが、大きくため息をついた。
「拓人さんは近所に住んでる訳じゃないの」
「家は
「松戸って千葉の」
私は思わず驚いて念を押すように聞いた。彼の通う大学から松戸までは、二時間位かかるはずだ。
「そうなんです。こっちに住みたかったんだけど、親の許可が下りなくて。一限必修に出るのが辛くて、友達の家に泊めてもらっていたんです」
「その友達があの大きな男の子?」
「そうです。つくしさんが泊まりに来る事になったから、泊められないって。俺に連絡を入れていたらしいんだけど、仕事中だったから気が付かなくて」
「へえ、デリの子つくしさんって名前なの。名は体を表すって本当だね」
「デリの子って呼び方はちょっと……。彼女の名前は
拓人さんはしばし口をもごもごさせ、うーんとうなり声を上げた。
「分かった。かわいい名前だね」
「そうですね」
新たな宿泊先を見つけたらしい拓人さんは、安心したようにカウンターを磨き始めた。
「お先に失礼します。それにしても酷い雨。こりゃもうお客さんは来ないかもねえ」
太ましい体を丸めるようにしながら通用口を出ていく
「たっくーん。お休みーっ。またねーっ」
拓人さんはレジを済ませた所だった。
セクハラ美容師たちは雨もあってか、早めに
客席は無人となっていた。
「台風なんて来ていないよね。
「台風じゃないと思いますけど。あれ、これやばくないですか。大雨特別警報」
線路に沿うように、山側から海へと濃い紫色のモザイクが走っている。
「ええっ。こんなに降るなんて言ってなかったはず」
あわてながらスマホを開くと、店長から連絡がきた。
「店は臨時閉店にするって。拓人さん、早上がりになるけど大丈夫かな」
「構わないですが、若葉さんは」
「店長が来るまで、閉店作業をしているつもり」
「だったらいつも通り掃除をしてから上がります。雨は酷いし、若葉さんをひとりにするのも不安だし」
「それは助かるけれど、ここにいる間にもっと雨が酷くなるかも」
拓人さんと顔を見合わせていると、彼のスマホから妙にアップテンポな着信音が鳴る。
「はあっ、やばいってそれ」
スマホを片手に、拓人さんは言葉にならないうめきを上げながら客席に座り込んだ。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2024/7/12 パラグラフ先頭部を3話より移行。および一部改稿)
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