第15話 許可しない


「君は、君は俺が全て悪いと言うんだな? 今回君が離婚を言い出したのは俺が原因だと?」

「他に理由がありますか? あなたの浮気の他に。まさか別に理由があると思ってこちらに?」

「浮気が許せないのか? そんな小さなことが?」


 小さなことだとリベルトが思っている時点ですでに何もかもがズレているのだと、なぜリベルトが気づかないのか、ジルベルタにはわからない。


「許せません。あなたが浮気をしたことが、すべての原因。そこにどんな理由があっても、原因はあなたの浮気です」

「君は、君はそんな小さなことで離婚を言い出すような女性じゃないっ」


 リベルトの悲痛な声に、ジルベルタは鳥肌が立つようだった。実際、ぞわぞわとしている。肌に触れれば鳥肌が立っているだろう。

 一体何を根拠にリベルトは言っているのだろう。ジルベルタがそんな女性じゃない。などと、ジルベルタの何を知っていて言うのか。


 ――考えてみれば、本当に夫婦としてはダメダメだったんだわ。私は彼を、彼は私を理解しようとしてすらいなかった。いいえ。違うことすら気づいていなかった。


「ただの女です。私も」


 ジルベルタはつぶやく。リベルトが呆然とした目でジルベルタを見ていた。そこから視線をそらさずに静かに語る。


「女神などではない、普通の女。お金のために結婚して、夫のことを理解しようともせず、浮気をしたあなたを許す寛大さもない。普通の女。それが私です」


 リベルトが音を立てて立ち上がった。

 目を見開いて、顔色を悪くして近づいてくる。ジルベルタは眉をひそめて、同じように立ち上がった。そしてそっと椅子のそばから離れ、リベルトから距離をとる。

 まるで猛獣を前にしたようにゆっくりと、ジルベルタは後退した。


「君は、そうか、君は普通の女性だった? じゃあわかった。浮気はやめる。君と夜も一緒に過ごそう。君は美しいから手の届かない人だという気持ちは変わらないけれど。努力する。だから戻ってきてくれ。いいや、戻ってくるそうだろう?」


 リベルトが歪に笑う。

 その姿はかつてジルベルタに求愛していた頃の彼を想起させた。


 ――ああ、だから嫌なのよ、この人。


 他の誰かのものになるというなら。そんな考えが透けて見えるような態度が恐ろしい。ジルベルタは少しずつリベルトから距離を取った。


「戻りません。すでに終わっていますから。どうして戻ると思っているんです」

「戻ってくる。だいたい君を誰が貰ってくれると言うんだ? 俺は許さないぞ。侯爵である俺に楯突くような奴はいない。君は俺のところ以外に行くところなんてない」


 たしかに、リベルトが本気で阻止しようとすれば、ジルベルタを再婚させないようにすることは可能かもしれない。ジルベルタはともかく、相手はリベルトの怒りを買いたくはないだろう。

 アルノルドとて、リベルトが本気になれば立場上抗うのは難しい。一緒になることはできないかもしれない。

 そう思うと、ジルベルタは目の前の男がさらに恐ろしいものに見えてきていた。

 

 ――でも、ここで怯んだら終わりよ。だって絶対に戻らないもの。


 もしかしたら、アルノルドに会っていなかれば、ここで揺れていたかもしれない。けれど、会ってしまった以上アルノルドを裏切るようなことをジルベルタはできなかった。たとえリベルトの手で後に離されることになったとしても。今はアルノルドを信じなければならない。


「貰い手ならいなくても構いません。一人でもいい。あなたとは別れます」


 それでもリベルトにアルノルドの存在を知られるのが恐ろしくて、ジルベルタはそう言うしかなかった。

 リベルトが近づいてくる。そのとき、ジルベルタのブーツの踵が絨毯にかかって、ジルベルタは体制を崩した。


「ジルベルタ!」


 リベルトが慌てた様子で手を伸ばす。

 ジルベルタは倒れていく自分を感じながら、リベルトの表情に悲しくなった。


 ――どうして、狂った愛しか持てなかったの? リベルト……。


 突然、後ろから肩を掴まれた。

 倒れることなく、支えられる。ジルベルタは振り返って、目を見開いた。


「アルノルド?」


 幼馴染がそこにいた。

 


 

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