第14話 正気じゃない
それは翌日のことだった。
手紙を受け取ったのであろうリベルトが、子爵邸にやってきたのだ。
ジルベルタが浮気をされて離婚するということは、まだ屋敷全体には周知されていなかったため、なんの障害もなくリベルトは屋敷に入ってきていた。応接間ですでに待っていると告げられたジルベルタの心境は複雑だ。
ジルベルタの父は不在で、それが良かったのか悪かったのかはわからない。母は何を思ったのかリベルト訪問の報を受けた直後に再び「野暮用」と言って去っていった。
思わず薄情者。と思ったがすでに言う相手はいないのだから仕方ない。
ジルベルタは深呼吸をして応接間の扉を叩く。
――何を言われるかしら……。素直にサインしてくれれば困らないのに。
ため息を飲み込んで扉を開ける。
そこには暗く沈んだ顔でジルベルタを睨むリベルトの姿があった。奇妙なほど静かに椅子に座り、ジルベルタをじっと見つめるその姿には不気味さがある。
「……いらっしゃい。リベルト」
当たり障りのない言葉を投げかけてみた。するとリベルトは先程までの表情を一変させて、柔和に微笑む。しかし不気味さは払拭できていない。
「やぁ、ジルベルタ。まさか本当に帰ってしまうとは思わなかったよ」
ジルベルタはニコリと笑ってみせた。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。離縁の書類を書くためにいらっしゃったのでしょう?」
「……どうしてそんなことが必要なんだい?」
真顔になってリベルトが言った。
ジルベルタにはリベルトの今の精神状態を理解することができない。だが決して快調ではないことは確かだ。怒っている。というのが一番しっくりくるが、それにしては笑顔が不気味すぎる。
ジルベルタはなるべくリベルトに近づかないように意識して、リベルトから一番遠い椅子に腰を掛けた。
「どうして、と言われましても、離婚のためにいらっしゃったのでしょうから、当然サインしてくださいな」
リベルトが尋ねたのが本当は違う意味なのだとわかっていて、ジルベルタはとぼけたように返した。
リベルトのこめかみがピクリと動く。
「なぜそんな話になった? 君は正気を失っているのか」
「いいえ。正常です」
決してリベルトの言葉に左右されてはいけない。毅然として言うべきことだけを伝え、彼の言葉は取り合わないことが必要だ。
「むしろ、あなたのほうが正常ではないです」
「俺の? どこが?」
リベルトが怪訝そうに眉をひそめる。
「あなたは離婚しないおつもりなのでしょう?」
「もちろん」
「ではなぜ浮気などしたのですか?」
理解ができないのだろう。リベルトが首を傾げる。ジルベルタはため息をついた。
「浮気が知られたら離婚することになる。そうは考えなかったのですか? もしやバレないとお思いでしたか? いいえ、だとしたらあまりにもお粗末。調べたらすぐわかりましたもの。問い詰めたときの反応を見ても、隠す気がなかったのだとわかります。ならば、バレても私なら何もしないとお思いに? 侮ってもらっては困ります」
ジルベルタは一気に吐き出した。
毅然と睨み付ければリベルトが狼狽して立ち上がりかけていた。
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