第7話 お互いの話


 不意にアルノルドがジルベルタの後ろに目をやった。

 そこでようやくジルベルタは護衛がいたことを思いだす。


「ああ、そうだったわ。危ないからって」

「そうなんだよな。手紙を返してからそのことに気づいて……。どうしようかと思っていたから、よかったよ」


 安心したようにアルノルドが笑う。けれどなんとなく視線は剣呑に護衛を見ている気がした。

 ジルベルタは護衛に少し下がるように言う。

 幼い頃から身近で支えてくれている護衛は不安そうにした。彼も弱々しかったアルノルドの印象があるのだろうけれど、今は立派な騎士となったアルノルドである。そんな彼が側にいるなら、危ないことなどないだろう。そう言ってジルベルタは護衛を強引に下がらせた。

 それから再び顔をあげる。

 アルノルドが赤くなっているのが、月明かりでもはっきりわかった。


「どうしたの?」

「いや、その……。君に信頼されるって結構……」

「なによ」

「うん。嬉しいものだと思って」


 などと言われればジルベルタも赤くなる。


 ――本当に変だわ。こんな、アルノルドに対して照れたりして……。


「あ、そうだわ。子爵位を継いだって聞いたの。それを言おうと思っていたのよ。おめでとう」

「ああ……うん。ありがとう」


 どことなく歯切れの悪い返事にジルベルタは首をかしげる。それからすぐに、子爵位を継いだ経緯を思い出した。

 先代の病気のためだ。


「お父様のご容態、そんなに悪いの?」

「え? ああ、いや、そうでもない。いつもみたいに大きな声であーだこーだ言ってる」

「そうなの? お元気ならいいのだけど」


 隣同士ということもあって、互いの両親とも親しい関係にある。アルノルドの父は豪快な性格で、声が大きく迫力のある人という印象が強い。今でもそれが健在なのだとしたら、ジルベルタとしては嬉しい限りである。


「お母様もお変わりない?」

「ああ。そっちも相変わらず。今日もケーキを作っていたよ」

「本当? 私レモンケーキが好きだったのよ」

「知ってる。俺も好きだよ。戦争から戻ったらすぐ作ってくれた」


 たのしそうにケーキを作っている姿が眼に浮かぶようで、ジルベルタは小さく笑う。

 アルノルドの母親はもともと平民で、お菓子職人だったそうだ。幼い頃はよくケーキを焼いてくれたことが懐かしい。


「戦争……。大変だったわね。大きな怪我がないみたいで……。ご両親安心していたでしょう」

「まあな。でも父上は武勲を立てたって俺以上に喜んでた」

「武勲? アルノルド活躍したの?」

「ああ、いや、そうでもない。それより俺は君がここにいることの方が気になるんだけど」


 ジルベルタは言葉に窮した。

 今の今までそれなりに緩やかな空気が流れていたはずだが、一気にピンと空気が張る。

 アルノルドはそれに気づいたようで、顔をしかめた。


「何かあったのか?」


 何か、侯爵邸であったのか? 

 その言葉にジルベルタは自分が突然情けなくなった。アルノルドは武勲をあげるほど戦争で活躍し、成長して帰ってきたというのに、ジルベルタは何もできていない。

 侯爵夫人として国のために何かができたわけでもない。

 夫を優しく包み込み、支えることすらできず、挙げ句の果てには浮気をされて、なんて情けないことか。

 

 ジルベルタはポロリと雫を片方の瞳から落とした。


 

 

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