第6話 再会

 


 子爵邸の側には大きな公園がある。

 昼間は平民の子供らが遊んでいるような場所だが、夜になるとしんと静まってしまう。月明かりの下で街灯だけがポツポツと光を発してところどころ明るくする一方で、暗いところはひたすらに暗い。

 ジルベルタは幼いころから幼馴染のアルノルドとこの公園で待ち合わせをした。とても楽しい思い出だが、夜にこっそり屋敷を抜け出して、公園の一番大きな木のそばで二人きり遊んだことは、中でも特別な思い出だったりする。


 この日もジルベルタは一人で公園に向かおうとしていたが、こっそり抜け出す直前に見つかって護衛つきだ。

 それが残念でならないが、アルノルドと会う時はすこし離れてもらおうとジルベルタは思っていた。


 すこしだけ小高い丘の上に大きな木がある。昔見た時はもっと大きかったような気がしたが、今見るとそうでもない。それが時の流れを感じさせて物悲しくさせた。ふと木の足元に誰かが立っているのが見えた。


「ジルベルタ」


 心地のよい低い声がジルベルタを呼んだ。やけにじんわりと胸に染み込むその声を、ジルベルタは無意識に息を吸いながら聞いた。

 木陰から現れた姿に、ほぅと息を吐く。

 夜に混ざるような黒髪に、吸い込まれそうな青い瞳。穏やかな微笑みは昔と変わらずどこか頼りないのに、どことなく力強さを全身から発していた。

 ジルベルタはアルノルドに近づく。


 ――なんだか、別人みたいだわ。


 奇妙なものだ。リベルトと結婚する前、つまり戦争にアルノルドが行く前にも会ったはずだ。その時は昼間で周囲にも人がいて、二人はただの友人として挨拶をした。

 ジルベルタは「無事で……」とアルノルドに声をかけたことを覚えている。彼はなんと返しただろうか。

 記憶はおぼろげだった。

 側に立てば随分見上げる位置に顔がある。体格もよくなった気がする。リベルトよりも一回り大きく感じた。


「大きくなったのね、アルノルド」


 そんな言葉が口をついて出た。一瞬目を見開いて、アルノルドが笑う。

 目元を思い切り下げたその笑い方は昔と変わらなかった。


「開口一番がそれかよ」


 アルノルドが揶揄うように言った。

 ジルベルタは瞬いて、照れたように笑いながら肩をすくめる。


「そうね。変なこと言ったわ。久しぶりねアルノルド、おかえりなさい」

「ああ。ただいま」

「無事でよかったわ」


 ジルベルタの口から、素直な言葉がこぼれた。


 ――変なの。言葉が勝手にでてくるわ……。昔からそうだったかしら。


「心配してくれてたんだ?」

「まぁそれなりに。だってアルノルドは怖がりだし」

「いつの話をしているだよ」

「あら、私の中ではいつまでも弱虫なアルノルドのままよ。虫と犬が怖いのは治ったかしら?」

「ええ? ひどいな、さすがに犬はもう平気だ。虫は……苦手だけど」

「ふふっ、まだ虫だめなんだ」

「怖いんじゃないぞ、気持ち悪いだけで」

「一緒よ。やっぱり弱虫なままね」


 話してみると昔のように話せる。すこしずつ気恥ずかしさが抜けていった。


「冗談よ」


 ジルベルタは自然と笑顔になる。


「随分、たくましくなったわ」

「……そう……かな」


 暗闇ではっきりとはわからないが、アルノルドが照れたような気がした。

 

 

 

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