第14話 ニジノタビビトの目的


「よしよし、キラがだんだん私に対して気軽に接してくれるようになってきたね」


 ニジノタビビトはキラの一人称が変わったことや、緊張がほぐれたのか慣れたのか雰囲気が柔らかくなったことが純粋に嬉しかった。


 キラは小っ恥ずかしくなって、どうにか話を逸らそうと考えた。そして、ニジノタビビトがどうして“ニジノタビビト”というのか知らないことを思い出した。ニジノタビビトは便宜上名乗っていると言っていたから、何かしらの役職のようなものだとは考えていた。


「タビビトさんってどうしてニジノタビビトと名乗っているんですかね。あと、結局なんのために旅をしているんです?」

「そうだね、名乗りに関しては私がどうして旅をしているのかに関わってくるんだ。それも含めて色々話しておいた方がいいことがあるかな」


 ニジノタビビトはそう言うとタブレットをいじってテーブルの上に投影していた地図をしまった。それから意味もなくティーソーサーの上に置いていたスプーンでもう一度紅茶をぐるりと二回かき混ぜてから、一口飲んで話し始めた。



「私がこうして宇宙を旅しているのは、人がいる星々で“虹をつくること”が目的なんだ」

「虹をつくる、ですか……。それってあの雨が降った後とかにかかる、あー、気象現象の虹ですか?」

「ふふ、それとは全くの別物なんだ。あ、いや、見た目はおんなじなんだけどね」


 ニジノタビビトは先ほどまでとは違って、落ち着いた、少し小さな声で二人きりなのに内緒話でもするように話した。


「私は色々な星を旅して、えも言われぬ感情を抱える人々や、大きな思いを抱く人たちと出会って虹をつくっているんだ。なんのために、と言ったね。実はね、私もあまり分かっていなくて、はっきりしているのが一つと、ふわふわしたのが一つ」


 絞り出すような声だった。何か大きな感情を押さえつけているような、どこか泣くのを我慢しているような声だった。キラはほんの少しだけ俯き加減になって視線の合わないニジノタビビトの顔をじっと見つめたけれど、それでもその瞳からは到底涙がこぼれ落ちそうには見えなかった。


「私が人と出会ってつくった虹を見ると、何かを思い出せそうな気がいつもするんだ。何か記憶の中の景色が見えそうで、でも強く瞬いてときどきモヤがかかったように見えない。虹をつくり続けることで記憶を取り戻せないか、という思いがあるのが、一つ」


 その時のことを思い出してニジノタビビトは目を瞑った。瞼の裏の暗闇ではチカチカと虹を見る度に脳裏に走る景色が浮かんでいた。しかしそれは火花のように眩しく、激しく瞬いてところどころぼやけて見えてその先にあるものを見せてくれないまま散っていってしまうものだった。


「もう一つのふわふわした方は、自分がこの宇宙船の中で、記憶喪失になって目を覚ましたときに、宇宙船の操縦方法と虹のつくり方は覚えていたんだ。この宇宙船が虹をつくるために造られたものだということも知っていた。私は記憶喪失になってどうすればいいのかも、どこに行けばいいのかも分からなかったけれど、覚えているからには虹をつくることに意味があるのかもしれないと思ったんだ」


 ニジノタビビトはこんなにも簡潔に話したが、当時はひどく混乱していたし、ひどく荒れた。意味も分からないまま恐怖の感情がずっとあって、つきまとっていた。今では慣れてしまったが、それでも今になっても眠れない夜があった。

 ニジノタビビトはどうしてか虹をつくるために協力してくれていた人々にも話してこなかったことまで口にしていた。虹をつくるという目的には関係がなく、それでもこのほんの数時間でキラという青年になら今まで一人ぼっちで抱えていた恐怖の感情をほんの少しだけ滲ませていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る