第10話 ニジノタビビトの答え
「はあ、重かっただろう、手伝ってくれてありがとう、キラ」
「いや、市場で色々食べさせてもらったんだし、いいんですよこれくらい」
結局キラは、ガウニの包み焼きを三つと隣の屋台で売られていたラニンという果物を乾燥させて練り込んだ大きなマドレーヌを二つ完食した上で、食後のお茶までいただいた。
もちろんキラは遠慮したのだが、一つ目のガウニの包み焼きを口にした時のキラの顔があんまりにも輝いて見えて、あんまりにも美味しそうに顔を綻ばせて食べるものだから、ニジノタビビトがおもしろがってまた違った味のガウニの包み焼きも買って差し出したのであった。キラはあまり食べなくてもそこそこ元気でいられるが、そこはまだまだ若い男性ということもあって食べ盛りを抜けてはいなかった。
楽しがって何度も「お腹はいっぱいになったかい。まだ食べるかい」と聞いてるくるニジノタビビトに、キラはあんまりにも申し訳なくなって「自分はこんなに食べるんですよ。それはタビビトさんにとって僕を連れて行くデメリットなんですよ。そんなに食べなくてもそこそこ元気でいられるけれど、食べようと思えばいっぱい食べられるんですよ」と言ったがニジノタビビトはニコニコ笑って「じゃあ今度は甘いものも食べるかい」と言っただけであった。
ちなみにニジノタビビトはガウニの包み焼きとドライラニンを練り込んだマドレーヌを一つずつと焼きチョコを一袋完食して、食後のお茶を楽しんだ。宇宙船でも食べるつもりなのか焼きチョコは五袋追加で購入していて、その様子を見てどうやら甘いものが好きらしいニジノタビビトの食生活がキラは少しだけ不安になった。
「さて、それじゃあ君を私の宇宙船に乗せるかどうかだけど……」
ニジノタビビトは勿体ぶってそこで言葉を区切った。キラは唐突は自分がユニバーシティの入学試験の合否と、変換不要の奨学金の結果を知るときくらい緊張していた。あのときだってもちろん必死だったけれど、今とは別のベクトルで人生が決まってくる。むしろ今の結果によってはあのときの緊張の結果すら全てが水の泡になってしまう。その一方で一度、準惑星アイルニムの市場を見たキラはこの星で働いて自分の故郷に帰ることくらいはしてみせるつもりでもいた。
「実は私は目的地は決まっているが、最終的な目的地は存在していないんだ。君もなんとなく察していると思うけど、私は旅をしている。それも虹に関することでね。それで色々な惑星を巡っているんだけど、行き先の決め方は人がいることと今ある燃料で行ける範囲ということなんだ。それと、そうだね、あとは気分だ」
ニジノタビビトはそこでまた言葉を区切って数度瞬きしたあと、キラの目を見てにっこりと笑って見せた。キラはニジノタビビトの目を、その中にある輝きを見てこの人がこの後何をいうのかなんとなく察することができた気がして汗で湿った手を握り直した。
「つまりね、目的地はあるけれど、行き先は自由なんだ。ねえ、君はさっき、自分が帰れなくなる可能性があることをわかっていながらも、君をつれて宇宙の旅に出るデメリットがあることを言ってくれたね。いいよ、それなら互いに利用し合おうじゃないか。君は生まれた星に帰るため、私は記憶を取り戻すため」
何かを求めるなら多少のリスクやデメリットが見えていなくちゃ怖いくらいさとニジノタビビトは高らかに言いはしたけれど、キラの話は手掛かりにはなれど核心的なものにはならない気がなんとなくしてしまっていた。それでもこのキラという気の毒な青年をどうしてだかすっかり気に入ってしまっていたので、それでもいいと思っていたのだった。
「よし、それじゃあキラ、君もそんな堅苦しい話し方はやめてもっとフランクに行こうよ。私たちは今協力関係にあるんだ。そんなギクシャクしていちゃあすぐに疲れちゃうだろうからね」
肩を軽く回しながらそう言ったニジノタビビトに、キラは少しだけ唇を突き出して目を大きく見張って驚いていた。最初、宇宙船から降りてきた時のタビビトさんはもっと、何と言うか機械のような硬い印象を持ったのに、どうやら少し硬めの言い回しの割に結構愉快な人なのかもしれないという気がし始めていた。
「さあ! それじゃあキラ、早速荷物を運び込んで、次の星に向かおう。その道中に君の故郷の正確な位置を割り出して計画を立てなくちゃ」
キラは自分が翡翠の渦に巻き込まれたことをこの上ない不幸だと思っていたけれど、今自分が少しワクワクしていることに気がつき始めていた。
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