第6話 ニジノタビビトという人
「よし、そうだね、とりあえず君の名前を教えてくれるかい?」
その一言で、キラはようやく自分がまだ名乗っていなかったことに気がついた。
「あっ、申し遅れました。キラ・ラズハルトといいます。どうぞキラと呼んでください。第七五六系の第三惑星メカニカで生まれ育ちました」
「第七五六系の第三惑星メカニカ……。恒星の愛称を聞いてもいいかい?」
キラはビクッと肩を跳ねさせた。人々が生きる、生きることできる星々、つまり一部の惑星、準惑星、衛星には全て番号が振られていた。基本的に惑星、準惑星、衛星が、回っている恒星に近いところから順に番号が振られている。その恒星にも番号が振られていて、キラが生まれ育った惑星メカニカは、恒星から数えて三番目の惑星であり、その恒星には七五六という番号が振られていた。恒星には番号の他に愛称として名前がついていることが一般的であり、番号よりも名前の方が知られているという恒星も決して珍しくはなかった。
しかし、恒星の番号が近ければ距離も比較的近く、宇宙を旅している人は位置把握の都合上、恒星の番号を使うことが多いことをキラは以前テレビで見て知っていたので、番号だけでなく恒星の愛称を聞かれて怖くなってしまったのだった。
「シタールタです。あの、もしかして、ご存じないですか?」
「いや、宇宙地図上で見たことあると思うし、番号的にも大丈夫だと思う。あとで正確な位置を照らし合わせてみないことにははっきりと言えないけれど、近くはないが遠すぎる、つまり何十年、何百年とかかるような距離ではないと思うよ」
多分、一年かかるか、かからないかくらいじゃないかな、と続けたニジノタビビトにキラは強ばらせてた肩の力を抜いた。この人がどんなにいい人でも、自分にどれだけ宇宙船に乗せる価値があっても、帰れる距離でなければ全て意味がなくなってしまうところであった。
そしてまだ自分が名乗っただけで、この人はなんと呼べばいいのかわからないことを思い出し、問いかけた。
「あの、あなたのお名前は……?」
キラの問いに目の前の人は少し黙ってから、勿体ぶるようにゆっくりと口を開いた。
「……ああ、それなんだけどね。私は、自分の名前がわからないんだ。生活に支障はないんだが、いわゆる記憶喪失というやつらしくてね。元々名は何だったのか、名があったのかすらわからないんだ。ただ、まあ不便だから"ニジノタビビト”と名乗っているよ」
「にじの、たびびと……」
「ああ、長くて申し訳ないね、どうぞ好きに呼んでほしい」
キラは記憶がないことも、名前がわからず、元々名前があることすら分からないということを表情も変えずに平然と言ってのける目の前のニジノタビビトと名乗ったこの人に、なんと言えばいいのか分からなくなってしまった。
それでも先ほどこの人と知り合ったばかりの自分が何か言えることがあるのかと考えたところで答えが見つかるわけもなく、心に引っかかる感情が口から出ないように飲み込むしかなかった。
「じゃあ、とりあえずタビビトさんって呼ばせてもらおうと思います」
キラはそう返すので精一杯だった。ニジノタビビトはキラの言葉になんでもないように頷くと、それじゃあ早速だけれど買い物に行こうといって荷物を取りに一度宇宙船に戻ってしまった。
すぐに手提げ袋を持って戻ってきたニジノタビビトはキラに市場があちらにあるんだと指を差しながら歩き始めた。キラはニジノタビビトに駆け寄って半歩後ろで足を緩めた。二人は少しずれて横に並んで、お互いを知るために、キラは宇宙船に乗せてもらうためのプレゼンテーションも兼ねて話しながら市場の方向に歩いて行った。
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