「くるみパン、照り焼きチキンパン、ただいま焼きたてですー!いかがでしょうか~?」


 焼き上がったパンを店先に運びながら私は呼び掛けをした。

今日は雨の日なせいか、いつもよりお客さんが多かった。

店長曰く、雨の日は会社勤めの人なんかは昼食を買いに外に出るのが嫌だから、通勤時に買っていくのだろうということだった。言われてみれば確かに雨の日は社会人らしき人が多い気がした。


 朝のラッシュを何とか乗り切り、お客さんが居なくなったタイミングで私はレジの操作をしていた。するとアルバイトの河合さんが話し掛けてきた。彼女は二十一歳の大学生で、私とはそこそこ仲が良かった。

「新井さん、確か彼氏と結構長いですよね。まだ結婚とかしないんですか?」

とりとめもない雑談を少しした後、彼女はそんなことを聞いてきた。

突然の込み入った質問に私は、え、そうね、と一瞬言葉を詰まらせた。

「私も最近少し考えてるんだけど、向こうはまだ若いし、どう思ってるのか分からなくて」

「新井さんにその気があるなら、ちょっと探り入れてみたらどうですか?私、早く吉報が聞きたいです」

うきうきとした調子で身を乗り出す彼女に、私は「そうね、そうしてみようかしら」と少し焦ったように笑いながら返事をして厨房の仕事に戻った。


彼女に言った通り、その事をたまに考える時もあった。私はもう二十八歳だし、佑馬もそろそろ仕事に慣れてきた頃だと思う。

ちょうど二週間後が付き合って二年の記念日だった。その時に少し話をしてみようか。

私はやや浮かれた気分で午後の仕事に取り掛かった。そのせいか、嗅ぎ慣れたパンの焼ける匂いにもどこか新鮮な幸福感を感じていた。



 二週間後、私と佑馬は少し高級なレストランで向かい合っていた。先述したように二人の記念日を祝うためだった。


「じゃあ、乾杯」

どちらからともなくそう言って、私達はグラスを重ねた。

高めの店に来たとはいえ、会話の内容はいつもと変わりがなかった。しかし私はいつあの話を切り出そうかとタイミングを窺っていたし、逆に佑馬からその話をしてくれないかという期待も有った。

しかし前菜を食べ終え、メイン料理が半分無くなってもそういった話になる様子がなかったので、ついに私は切り出した。


「ねえ・・・、佑馬、今度、お母さんとお父さんが家に居る日にうちに来ない?そろそろ、お互いの両親と挨拶をしておいてもいいんじゃないかと思うの。ちょうど、付き合って二年経ったし」

白身魚のグリルをフォークで突っつきながら、私は佑馬の様子を窺った。彼も自分の料理を咀嚼しながら、視線は何かを思索するように斜め下辺りを捉えていた。

沈黙は一瞬だったが、緊張する私には長く感じた。佑馬は食べていた料理を飲み込むと紙ナプキンで口を拭った。

「・・・僕もそのことについては考えないでもないよ。・・・ただ、最近仕事が忙しくて、そういった大事なことを考える余裕が無いんだ。もっと気持ちに余裕がある時にじっくりと考えたい」

私は言葉に詰まった。確かに最近佑馬は忙しそうで、休日に出勤している日もあったのを知っている。だから彼の言い分も分からないではなかったが、私は少しショックを受けていた。私との関係について考えるのは仕事の二の次なのだろうか。二年共に過ごしてきて、私はこの先を一緒に生きていくものと思っていたし、佑馬もそのつもりなのだろうと思っていた。でも佑馬は違ったのだろうか。二人で生きていかない可能性もあるということなのだろうか。


その後の食事ではなるべく平静を装っていたが、私の頭からは不安と猜疑心が離れなかった。デザートまで付いてきたというのに、折角の高い食事も満足に味わって食べることができなかった。

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