夏の祭礼

葛西 秋

第1章 千鳥の鈴

祭礼の行列

 薄曇りの空の下、笛の音、鉦の音を響かせながら、祭礼の行列はゆるゆると、街の中を進んでいく。先頭には飾られた神馬がいるはずだが、ここから目を凝らしてもその姿は見えない。自分が乗せられた輿は辺りを見渡せるほどの高さはなく、ただ沿道に並ぶ人々の目線よりわずか二、三寸高いだけ。

 

 祭礼の喧騒に浮き立つ人波から、時折纏わりつくようにこちらを眺める視線を鬱陶しく思いながら、揺れて流れる景色をぼんやりと眺める。街のこの辺りは来たことがない。いや、来たことはあるのかもしれないが目線の高さが少し違う、それだけでもう同じ景色だとは思えない。

 

 周りから聞こえる声は口々に自分の容姿を褒め称えるが、常日頃、折に触れて言われるその言葉はいつも実感を伴わない。母親に似ている、とも良く言われるが、そもそも人の美醜など見る人によって異なるだろう。美しいと言われる母親のことだって、悪し様に罵る者はいる。

 

 周囲の声もよくよく耳をすませれば、美しすぎてどこか不吉な、まるで生贄、人身御供のようと怯えた響きの声もする。それは首回りと肩口に覗く赤い小袖がまるで鮮血を思わせるからか。

 

 あらためて自分の着ている祭礼衣装に目を落とす。城下から集められた数え十二歳の稚児のうちで只一人、頭稚児にのみ許された綾織純白の狩衣装束は袴も白。中の小袖は鮮やかな緋色で、袖詰めの緒と袴の裾飾りも同じ緋の色。頭に飾られた金細工が微かに音を立てて揺れている。きれいな衣装は嫌いではないが自分で着てしまうと良く見えなくてつまらない。

 

 夜になれば秋の気配も漂う涼しさだが、昼間は夏の暑さがまだ残るこの季節、せめて小袖だけでも綿絽か麻か、涼し気な素材で良いものを。しかもなんの嫌がらせか正座する膝の下に敷かれているのは獣の毛皮。その毛並の柔らかさは熊や猪ではなさそうだが、では何の獣か、見当もつかない。狐や狸にこのような灰色の毛並みはあるのだろうか。それとも色あせ擦り切れているからこの色か。せめて裏に返せば湿気も熱もここまで籠らないのに。 

 

 今日一日、この衣装をずっと着たまま、獣の毛皮の上に座って輿に揺られていなければならない。

 

 衣装を着せてくれたのは母ではなく、通っている剣道場の師範の妻だった。母は昨夜から帰ってこない。父はここ三日ほど姿を見ない。

 

 薄曇りの空は辺りの熱を閉じ込めて、ただでさえ蒸し暑い空気は重く厚く澱む。 じっとしていろと言われるのには慣れているけれどこの暑さは耐えがたい。いつもは白いその頬が紅を刷いたように色づいて、顎のあたりにまだ幼さの名残はあっても人並優れて端麗なその容貌を引き立たせる。

 

 ぐらりと一瞬、前のめりに揺れて輿が止まった。ようやくこれで折り返し。

 修之輔はため息をついた。十二歳のその身には、頭稚児は少々重い役目に感じられた。

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