地震と火山とオリザの実

第1話 噴火

 炭のように黒い小石と、燃えるように赤い軽石がまじりあって峰を成している。

 通常の山と違い山頂付近には木一本、草一本生えることはなく獣はおろか鳥の姿さえない。

 だがその頂は夏でも雪が絶えることはなく、遠目には石の色がまじりあって青色に見え、王国随一の高さを誇る。

 馬で半月かけて進む距離からでも見えるその威容に、人々は畏怖と恐怖を込めてこう呼んだ。

「蒼き山」と。

 蒼き山周辺を治める辺境伯の娘、アデラはその日ヒノキの杖を取って天を焦がす災厄に立ち向かっていた。

「まだよ、まだ持ちこたえなさい!」

「周辺の住民の避難は、まだかかります」

「軍馬も農耕馬もかき集めておりますが……」

 アデラがヒノキの杖を一振りするたびに竜巻のような炎があらわれ、頂から降り注ぐ溶岩の飛沫を相殺していく。

 紅い炎と赤い溶岩がぶつかり合い、アデラたちからはるか離れたところに黒い小石となって落ちた。

 辺境伯の娘であるアデラが指示を矢継ぎ早に飛ばしているのは、親は既に溶岩に飲み込まれてしまったからだ。

 だが涙はすぐに汗にまぎれ、次々と死んでいく仲間の貴族たちを悼む暇もなかった。

 ある貴族が土魔法で壁を作っても、水魔法で溶岩を冷やして止めても頂の噴火口から次々にあふれ出る溶岩はやすやすと乗り越えてしまう。己の身の数千倍はある溶岩の流れに、悲鳴ごと飲み込まれていった。

 彼ら彼女らは災厄である蒼き山の周囲を任される貴族なだけあって、魔法に長けたものばかりだ。

 中位魔法、上位魔法を難なく使いこなし、平時には橋の建設に城壁の修繕、水路の整備と八面六臂の大活躍を見せ、有事には精鋭として事に当たる。評価は上々だった。

 だが蒼き山の災厄に対しては無力だった。

 人間の力の差など、大自然の前にはあって無きが如し。

 すでに彼女のほかに立っているものは十に満たず、右も左も彼女の周りは溶岩が取り囲んでいる。

 草木一本生えない蒼き山からは、流れ下る溶岩がふもとの村々を少しずつ飲み込んでいくのが見えた。

 蟻のように小さく見える人々は必死に逃げまどっているが溶岩の方が速い。溶岩より早いのは百頭に一頭いるかいないかと言われる名馬くらいだ。

 アデラの胸はすでに希望と誇りでなく、絶望と諦観が占めつつあった。

 汗がたっぷり染みた衣服でさえも発火しそうなほどに、溶岩の熱が伝わってくる。

 これで最後か。

 覚悟はすでに決めたはずなのに、すがりたくなる。

 数か月前、東の蒼き海のある地方で発動したと言われる魔法。

 おとぎ話か与太話の類と思っていた。だが、この状況を打破できるのなら。

 領民の命が救えるのなら。

 死んでいった者たちを弔えるのならば。

 おとぎ話でもなんでも、かまわない。ただ我に力を、そうアデラは祈る。

 自分はどうなっても構わない。ただ、この地を救える力を。

 亡き両親の顔、ふるさとの光景、今まで学んできた魔法のすべて。それらが走馬灯のように頭の中を巡る。

これが最後の魔法になると思いながら、構えたヒノキの杖を振り下ろした。

「―――」

 その時、アデラは大いなる何かに満たされ。

 同時に、大切なものが体から抜け落ちていったのを感じた。

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