白霧之藍 霧中にて舞う①

「――ダミアン。まだいけるか?」


「……当たり前だ。俺を誰だと思ってる。いくぞ、ボニファーツ」


 ぼろぼろの甲冑を着た二人の若い男がいるこの場所は、東の守りの要、城塞都市ムカイヤマから北東に5キロほどの深い森の中。チュニック、といってもアルマの時代にある長袖の軍服ではなく、それよりも少し古い時代、堅牢な甲冑の上に纏うノースリーブで丈の長いものである。それは黒地で、胴体部にデザイン化された白いセイヨウサンザシの花が描かれている。

 一人は200センチ近くに迫る長身に、がっちりとした筋肉を纏ったダミアン・カルツ。もう一人は標準的な体格ながらもしなやかで引き締まった筋肉と甘いマスク持つボニファーツ・バルベ。共に、19歳になったばかりである。


 二人が今、このような場所にいるのには理由があった。ムカイヤマのあるここアシハラ王国に東のドリテ王国が攻め込んできたのだ。今までも国を隔てるトーム山脈を抜ける主要街道から度々侵入してきたドリテ王国だが、今回はそれに加えて、地元の猟師や木こりなどしか知らないような山道からもわざわざ侵入してきたのである。

 予想外の侵入経路に、王国の水源たる”母なる湖”ムッター湖や湖畔の集落を占領されては一溜ひとたまりもないということで、慌てて、数の多いオダ家からいくつかのクニヒト騎士が選ばれ迎撃に当たっているという状況だ。


 派遣されてからしばらくは地の利を生かして奇襲を成功させるなど、優位に進めていたのだが、次第にドリテ側も慎重になり、今では会敵することすらまれである。敵の拠点を叩ければいいのだが、1日で移動するらしく、敵の攻撃を警戒しながら無人の野営地を地道に破壊する日々が続いていた。しかし、会敵がまれということは、敵も同様に森に潜んでいるのである。駐留兵たちはいつ襲われるとも知れぬ緊張感にさいなまれ、姿が見えている平地の何倍も鬱憤うっぷんを溜め込んでいった。


 比較的まとまった数のドリテ兵が攻撃を仕掛けてきたのは、そんなときであった。ダミアンとボニファーツの部隊が守る砦、と言っても突貫工事で作られた簡易的なものなのだが、そこに森の中から突如として拳大こぶしだいの石とクロスボウの短矢ボルトが撃ち込まれる。それが2巡、3巡すれば今度は覗き窓の付いたドアのようなたてを持つ者数名を先頭に、剣を構えた兵士たちが木塀もくべいで囲まれた砦に突入を試みる。ドリテ軍お得意の、いつもの、そして堅実な戦法だ。


 対して立て籠もる自軍は石とクロスボウにより数名の負傷者が出たものの、迎撃するには十分過ぎる数が揃っていた。ドリテ側が木の扉を粗雑に破壊し、我先にとなだれ込もうとしたのだが、アシハラ軍の兵士たちは、あいさつ代わりと補修用の木材で次々と打ちのめす。ダミアンなどは、先頭にいた者が持っていた楯を奪い取り、力任せに敵兵に叩き付けていた。


 アシハラ軍の手強い反撃に一人が逃げ出せば、後は総崩れ。投石やクロスボウからの射撃はそれでも森の中から散発的にあったが、突入した兵士の最後の一人が逃げ出したのを確認すると、それもじきになくなった。


「よし、迎撃ご苦労! 指示を出すまでしばらくは警戒を維持しろ!」


 だが、ダミアンのたくましい声は虚しく砦に響いただけ。残っていたのはダミアン、ボニファーツ、古参の兵士と負傷兵が両手で足りるほどと、それから物言わぬ死体のみ。残りの兵士たちは、これを鬱憤うっぷんらしの好機と見たのか、命令を待たずして息せき切って追撃に出てしまったのであった。


「ダミアン、すぐに追いかけてみなを戻そう」


「だが、俺たちはここの守備を任されているんだ。ここを離れるわけにもいかないだろう」


「どの道、この人数で守れるわけがない。今は一刻も早く合流して連れ帰るのが賢明だ。お前が行かないのなら僕だけでも行くつもりだ。どこに敵が潜んでいるか分からぬというのに、目先の手柄に目を奪われて追撃に向かうなど、無謀もいいところ。せめて、我がバルベ家の兵士だけでも止めてみせる」


「……そうだな。ボニファーツの言う通りだ。そうしよう。カルツ家の兵士を無駄に減らすわけにはいかない。決めた。俺も行くぞ」


 そうと決まれば二人の行動は早かった。すぐさま無事な兵士に門を直すよう声を掛け、森へと駆け込んだ。味方の兵士を早く連れ戻したい、その焦りを誤魔化しながら、一転、森の中では足跡を確認しつつ慎重に進んでゆく。

 慎重にとは言っても、集中力を費やすのは足跡の確認ではなく、敵の不意打ちに対してである。50人からの足跡を追うのは容易たやすいことだ。しかし、太い木の幹、丈夫な枝の上、藪、背の高い草。姿を隠す場所に事欠かない森の中を警戒しながら進むというのは、実に神経のり減る作業だった。

 そして――


「……」


 二人の前に現れたのは、地面に転がっている5人の味方兵。その口が開くことはもうない。潜んでいた複数の敵から、比較的近い距離で撃たれたのだろう。横、或いは斜め前から撃たれた短矢ボルトは、全て鉄製の鎧を貫通していた。近場には、手回しハンドルの付いたクロスボウを持った敵兵の遺体も見える。矢を放ち、即座に撤退していく作戦だったようだが、何人かは味方が討ち取ったようで、それには足や首を斬られた痕跡があった。

 そうなると、次に向かうべきは、その遺体が向いている方向だろう。そしてその通り、足跡はその奥へと消えてゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る