国有ベイビーズ
@omoridai
第1話 飛鳥と翔
空梅雨の終わりを待合室のテレビのニュースが告げていた。例年よりかなり熱い6月の下旬。飛鳥は仕事帰りに三田駅前のビルの3階にある産婦人科に立ち寄った。
飛鳥は23歳。同級生の翔と結婚して1年目である。2ヶ月間生理がない。飛鳥と翔は仕事と趣味の旅行を優先させるために子どもは望んでいなかった。しかし、市販の妊娠検査薬による昨日の検査は陽性であった。複雑な気持ちを抱えて飛鳥は診察に臨んだ。
「おめでとうございます。妊娠3カ月ですよ。」
眼鏡をかけた初老の太った医師はにこにこしながら飛鳥に話しかけた。
「自分たちで育てますか、それともJAPAN BABY の手続きをお取りになりますか。」
飛鳥は俄に返事ができなかった。
「すぐには決められないでしょう。今後2ヶ月の間にお考えください。」
結論は決まっていた。2年前の学生時代にも飛鳥は妊娠していた。学生の2人に育てられるはずもなく、5年前の中絶禁止法により中絶もできず、産んだ子どもはJBとしてどこかで育てられているはずである。今回も働いて1年目の夫婦が十分な育児と教育ができるはずがないと思っていた。
「妊娠していたわ。」
「おめでとうとは言えないね。ごめんね。」
仕事から帰ってきた翔はすまなそうに言った。
「産前産後の2ヶ月が嫌なのよ。お腹が重くて苦しいし、今抱えている仕事のプロジェクトから外されるのが心配だわ。」
「ごめん。ちゃんと避妊してたんだけど・・・」
「こうなったら仕方がないわ。お国のためと諦めて産んであげるわ。」
「自分たちで育てるという選択はなくていいのかな。」
「そりゃぁ、2年前に産んだ子どもがどうしてるかなぁって考えることもあるわ。でも、十分なことができないのなら仕方ないじゃない。国に育ててもらう方が本人も幸せになるはずよ。第1世代その子たちはもうすぐ高校生。大学にも無償で行けるらしいわ。」
「まあ、僕たちに育てられるより経済的には苦しまないかな。」
「経済的に余裕がある夫婦に、自分たちの強い思いがあってこそ子どもは幸せに育つのよ。」
「じゃあ、今回もJBの手続きとなるのかな。」
「私たちの幸せでもあるしね、ウィンウィンじゃない。それに、数年前までは、自分で育てないことで、人でなしのように言われていたけれど、最近は若い人がJBシステムを利用するのを是とする風潮があるわ。」
「そういやあ、うちの会社でもそれは感じるな。」
「それより、次の沖縄旅行のことを考えましょうよ。」
「そうだね。」
話は暗い雰囲気にならずに終わった。Google homeからはSteely Danの曲が流れていた。
そして、二人は、その夜激しく求め合った。
「ゴムつけないでいいかな。」
「いいわよ。」
「やった。」
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