引退魔王とあやしい魔族

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 俺は魔王だ。


 元、魔王だがな。


 以前は多くの部下達を率いていたが、今はもうやってない。


 その代わりそんな俺は、とある領地の領主をやっている。


 魔王を引退したあと、人間の領主の世話になっていた時期があったのだが、そいつが色々あって死んでしまったためだ。


 その後、そいつに息子や家族などがいなかったため、俺がそいつの後を引き継ぐ事になった。


 最初は仕事で分からない事の方が多かったが、なんとか先代領主の代わりをやれている。


 苦々しい過去でしかないのだが、皮肉な事に魔王時代の経験が活きた。


 一、二か月は多少苦労したが、それを乗り越えれば、後はそれなりにこなせた。


 だから、現在は仕事面ではそれほど困る事はなくなった。


 仕事面、では。







「ごっしゅじーんっ!」


 キアがどたばたと足音を立ててやってくる。


 ひょんなことで拾った元奴隷の少女だ。


 その時の出来事が原因で、俺になついている。


 事あるごとに俺にかまってもらおうとするから、対応にかなり疲れるのだ。


 俺としては、他の使用人をみならって、勤勉に働いてくれる方が嬉しいというのに。


「ごしゅじんごしゅじん、ごっしゅじーん」


 わふわふ。


 ばたばた。


 ばたーん。


 執務室のドアが勢いよくあけはなたれた。


 ドアがぶっ壊れたらどうするつもりだ。


「キア、ドアを開ける時は静かにやれと言っただろ」

「あっ、すみません。でもそれよりごじゅじん!」


 さらっと横に流すなよ。


 いい加減同じパターンだ。


 飽きてきた。


 扉をあける流れでさえ意外性がない。


「お仕事おわりましたかっ!?」


 そわそわした様子のキアが俺の様子を伺う。


「ペットの様子でも見てろ」

「えーっ」


 しかし、俺の仕事がまだなのを見てかがっくりとうなだれた。


 今さらだが、こいつなんで俺にだけこんなになついてるんだろうな。


 その懐き具合を他の使用人にも発しろよ。


(そんな自覚はないが)百歩譲って俺がいいやつだとしても。


 他にもキアに親切にするやつはいるだろうに。


 いくら助けてやった恩があるにしたってな。






 数分後。仕事を片付けていたら、キアが話しかけてきた。


「ご主人っ、来客です」


 遊んでコールではない。


 その代わりに、また新たな仕事が舞い込んできたようだ。


 俺はため息をついて、「客間に通せ」と指示。


「はーい」書類をすべてをかたずけてから、客間へ向かった。


 部屋に向かうと、そこにいたのは魔族だった。


 平民の、人間の服を着てはいるが、れっきとした魔族だ。


 魔王である俺には分かる。


 魔族には、人間にはない波長があるからな。


 その魔族が、なぜこんな辺境に?


 そいつはテグスと名乗った。


 特に戦いに秀でているような雰囲気は感じないが、用心するに越したことはない。






「話をまとめるとつまり、お前は俺の屋敷で働きたいというのか?」

「ええ、そうよぉ、もしかして人出は足りてる? だめかしら?」


 見た目は美女といってもいいが……。


 こいつ、男だ。


 化粧をしているし、女物の服を着ているが。


 さすがに驚く。


 一目見ただけでは正体が分からないほどの、気合を入れた変装だった。


 なんでそんな口調や恰好をしているのだか。


「仕事がほしいのか?」

「実はねぇ、ちょっと困っていてね」


 そいつが言うには、色々あって魔族の支配地から逃れてきた後、人間の住む場所で働きたいらしい。


 だが、意味が分からなかった。


「偶然お尋ねした場所に、まさか元魔王様がいるとは思いませんでしたわっ! 驚きましたわよ!」


 こんな露骨に怪しい奴が来るなんてな。


 誰の差し金だ?

 一体。


 偶然領主をやってる魔王のところに、偶然魔族がくるか?


 人間の領地を魔族の、それも魔王が納めるなんて前代未聞。


 過去に一度だってあるケースじゃない。


 こんな偶然あってたまるか。


 俺はそいつの顔をにらんだが、奴は涼しい顔のままだった。


 当然採用はなしだ。


 あんな怪しい奴、うちの屋敷で働かせるわけないだろ。






「あらら、ふられちゃったみたいねぇ。気が変わったら、また声をかけてちょうだい」


 断られたテグスはしょんぼりとした様子で、屋敷を去っていった。


 どうやらテグスはしばらく人間に化けながら、町の宿で世話になりながら職を探すらしい。


 不確定要素すぎる。


 早めに始末した方がいいかもしれないが、奴が何をどんな風にするつもりなのか、もう少し泳がせておいたほうがいいかもしれない。


 末端はいくら叩いても補充されるだけだ、余計な苦労を背負いたくないのなら、あえて泳がせて黒幕の情報を引き出すくらいの事はしておいたほうがいい。








 そんな中、俺の領地で祭りが催される事になった。


 三年に一度の大がかりな祭りだ。


 久しぶりの行事ともあって、領民達ははりきっている。


 自然に対する感謝を述べる祭り、とかいう内容だが。

 やる事はそんなに変わってはいない。


 多く店をだして、芸をするものがいて、酒をのんで暴れる者がいるという事。


 どこの祭りともあんまり変わらないものだ。


 だが、そんな祭りでも、大事な息抜きの場ではある。


 領民が不満をため込まないように、適度に盛り上げる必要があるだろう。


 近隣の町や村から人材を呼んで、祭りの屋台や建物を作らせるようにしよう。








「はぁー、おっきいですねー」


 祭りの準備はちゃくちゃくと進んでいるようだ。


 見回りのついでに、祭りの主な会場を見て回っていく。


 すると、ちゃっかり俺についてきたキアが感嘆の声を放った。


 視線の先には、数十メートルもの巨大なステージがつくられていたからだ。


 俺の領地はそれほど大した事がないから、そこまで大きなものを作らなくてよかったのだが。


 どうやら、多めに報酬の約束をした事で、担当していた者達が張りきってしまったようだ。


 けれど、そんな巨大な作り物のためには、人手がかなり必要だ。


 大勢の者達がひしめきあいながら、作業に集中している。


 資材を運んでいる者達の中にはテグスの姿もあった。


「あっ、ごしゅじん! あの人この間のお客さんですっ!」

「まだこの近くにいたのか」


 領民として人々の中にとけこんで無害アピールをしてから、俺に取り入ろうという魂胆だろうか。


 それにしては、他の住民達と気安く声をかけたりお喋りしたりしているが。


「ご主人、雇ってあげないんですか?」

「ああいうのは要らない」

「あっ、ひどいですっ、差別ですっ。テグスさんちょっと変わってますけど、きっと良い人ですよっ」


 勘違いしたキアが何事かを言ってくるが、俺は無視する事にした。


 祭りの準備と共に平行してあいつの調査も行っているが、怪しい点は出てこなかった。


 ひょっとして、本当に白なのだろうか。







 祭り当日。


 祭りの会場は、普段どこに人がいたんだと思うほどの喧騒だった。


 おそらく近隣の村々や町々から来ている人間もいるだろうから、その影響かもしれない。


 家族同士や友人同士、恋人同士の連中でにぎわっている。


「順調そうだな」


 くみ上げた大型のステージでは、旅の芸人などが出し物をしている。


 人々は大いに盛り上がっていた。


 こういった時はハメをはずしすぎた連中が馬鹿をやらないか不安だが。


「ステージが燃えているぞ! 大変だ!」


 早速その馬鹿があらわれたか。


 見ればステージの隅の方が、まっかな炎で燃えていた。


 酔っ払いがアルコールでもぶっかけたのか、かなりいきおいよく燃えている。


 火はタバコの火かなにかか?


 小さかった火は、炎となり、どんどん燃え広がっていった。


 魔法で炎を消せば一瞬だが、それだと自分の正体が領民達にばれてしまう。


 だから、普通に消火の指示や避難の指示を出すしかなかった。


「水を持ってこい! ステージに子供や年寄りを近づけるな! 参加しているやつは上からすぐにおりろ!」


 すぐに何人もの人間が消火にはげむが、勢いよく燃えすぎていた。


「無理か、仕方ない」


 消化を諦めて近くにいる者達を避難させよう。


 そう思った時、燃えてもろくなっていたステージが崩れた。


「きゃああああ!」

「うわああああ!」


 その下で消火作業をしていた領民達が下敷きになりそうになる。


 こうなれば、魔法を使うしかないか。


 一瞬そう思ったが。


「でりゃああああ!」


 見た目にそぐわない野太い声を上げてテグスが飛び込んでいく。そしてその上に、倒れてくる柱。


 燃え盛る建材を、自分の体で受け止めた。


 逃げ遅れた人々をかばうように。


 あいつ、けっこう力持ちだな。


「テグスさん!」

「そんな!」

「ぐっ、はやくお逃げなさい!」


 テグスにかばわれた者達がショックを受けた様子で逃げていく。


 テグスはすぐに力尽きて倒れてしまった。


 俺は、仕方なしに砂煙を起こした。


 今すぐステージの火を丸ごと消す事はできないが、一部分だけならごまかしがきくだろう。


 突如発生する砂煙のなか、俺はテグスの元へ向かった。


 燃え盛る建材の下で力尽きそうになっているテグスに向かって魔王で水をかけ、治癒魔法もかける。


「たかが領民の為に命をかけるか。ならば他の魔族の手下などではなさそうだな」








 数日後。


 使用人服を着たテグスが執務室の前にいた。


「お前には領民を救ってもらった恩があるからな。他に仕事がないというのなら、見つかるまでうちで働けばいい。あくまでも一時的にだが」

「あら~、領主さまは思ったよりもお優しいのですねぇ。やだ~惚れちゃいそう」


 テグスはくねくねしながら頬を染めてみせた。


 要らんそんな感情は、


 愛情より忠誠心を示せ。


 テグスはさっそく割り振られた仕事をこなしに、執務室を出ていく。


 ドアの向こうでは、屋敷の案内や仕事の説明をするためのの者達があれこれ話をしているようだ。


 その足音は遠ざかっていくが。


 最初は真面目な話をしているようだったが、すぐに色恋沙汰に変わっていってしまった。


「まあ~、キアちゃんは領主様が好きなのねぇ! 応援するわよ!」

「ありがとうございます! テグスさんは良い人ですね!」


 面倒な拾いものをしてしまったような気がするな。


 キアと同じでうるさい使用人が増えてしまった事を思い知って、軽い頭痛がしてきた。


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