第3話 業火絢爛
ノアは、再び立ち上がる。
闘え。
全身の細胞が、そう叫んでいるのを感じた。叫び声を上げながら、再び悪魔と対峙する。
その瞬間、閃光と共に、空から何かが線を引きながら飛んできた。
それは、まるで目の前に隕石が着弾したような、衝撃波と同時に、ノアは軽く吹き飛ばされる。
「ーうわっ!?」
何が起こったのか理解できなかった。
慌てて視界を元に戻すと、そこで信じられないモノを目にする。
業火に燃え盛る家屋の何倍もの大きさの炎を対の手に宿した男が、一瞬にして漆黒の巨躯を蹂躙する姿を。
やがて、弱々しくうめき声を上げながら、呆気なく化け物は焔に飲み込まれていく。
誰が、こんな結末を予想しただろうか。
「誰・・・・?」
紺色の髪。背中からで、表情は見えない。
さほど、大きな体ではない。一般的な大人より、やや小柄だろうか。
より動きやすく改良されたであろう、通常よりも装甲部分が少ない鉄の甲冑を身に纏った、男。
そして、その肩には、深く刻み込まれたガルト王国のエンブレム。
神々しいまでの、その姿。
ノアの瞳には、勇ましいその姿が強烈に映し出される。
「・・・勇敢なる、少年。済まない、急ぎで駆けつけたが、どうやら間に合わなかったようだ」
続々と、後ろの方から声が聞こえてくる。
同じくガルト王国のエンブレムを刻んだ甲冑を身に纏った、兵士が到着する。
「フリーマン准将、報告です!生存者はいません。い、いや・・・1人、目の前にっ・・・!」
生存者、無し。
その言葉に、少年は酷く打ち拉がれた。苦虫を噛み潰したような表情で、空を眺める事しかできない。その姿を見た、フリーマンと呼ばれる紺色の髪をした男は、報告者を軽く睨む。
空気を読め。と、暗に伝えたようだった。
こちらを向くと、ノアの元へゆっくりと歩みを進め、片膝をつきながら目線を合わせる。
「少年。・・・・大丈夫か?ケガはないか?」
落ち着いた、低く透き通っていく声。
ゆっくりと差し出した手を、ノアは叩き落とした。
「黙れ!!お前がもっと来るのが早ければ、ヒロはッ!!」
再び、涙が頬を伝う。
グチャグチャな感情に、思考が追いつかない。
「なッ!?貴様、准将に何て事を!?」
「よせ。ゲイル」
男は軽く手で牽制すると、泣き止まない少年の頭に軽く手を置いた。
そして、そっと少年を抱き寄せる。
「・・・・済まなかった。俺の到着がもっと早ければ、君の友達を助けられたのだな・・・・。済まない」
ポカポカと、暖かい気持ちに包まれていく。
不思議と、安心したように、少年の涙は次第に収まっていった。
そこからは、言葉を発さず、ゆっくりと時間をかけてノアが落ち着くのを待ってくれた。
「・・・・もう、俺には何もない・・・・」
村を焼かれて、友を失い、全てを失った。
我に帰ると、気が狂いそうになる、現実。
「・・・・全てを失った君が、最後に見せたあの勇ましい姿は、何故だ?」
そうだ。思い出した。
ヒロとの約束を。
「・・・・悪魔を討つため。誰よりも強くなって、それで。世界を平和にする」
それは、小さな少年から発せられた、重みのある一声。
しっかりと目を見て、何かを感じ取った男は、胸から一枚の紙を取り出した。
「ここに、王国軍の所在地が記されている。そこで、才を磨け。もっと強くなり、立派な戦士になって、もう一度闇に立ち向かってくれるか?」
紙を受け取り、少年は静かに頷いた。
ここで、初めて男が小さく微笑んだ。
「・・・・貴方は?」
「フリーマン。ロイ=フリーマンだ。君は?」
「・・・ノア」
「ノアか。いい名前だ。またいつか会おうノア」
少年は、安心し切ったのか。そのまま深い眠りについた。
倒れ込むように落ちていく小さな体を、男は抱き抱えるように掴む。そして、兵士に近隣の村へ連れていくよう指示した。
「・・・・准将は!?」
「俺はまだここに残る。残党狩りだ」
男はゆっくりと立ち上がった。
視線の先に、燃え盛る炎の更に奥、先ほどと同じ黒い影を捉えた。黒い影は、大きく咆哮を上げる。すると、数秒も経たない内に、暗黒のゲートから何体もの怪物が、姿を現した。
「准将!悪魔が、『共鳴』を使ったみたいです!!次々と仲間を呼び寄せています・・・・その数、10と少し!」
「総員、配置につけ!!一匹たりとも逃すなッ!」
一斉に、兵士がそれぞれの武具を手に握る。炎や雷、赤色から黄色まで様々な音色が武器を包む。
男も、両の拳に炎を宿した。
天まで届かんとする業火が、人一倍大きく踊る。
攻撃、開始。
男の合図と同時、戦士たちは一斉に飛びかかった。
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