El dear-エルディア- 

ネイさん

第一部 dear

第1話 嗜虐の瞳


「人類の総合的進化」


この言葉が現実化しようと、誰が思おうか。

そんな夢想家の戯言を可能としたのは、3点。


一つに、革新的技術の発見。

一つに、技術体系の統合。


この二点が重なり、飛躍的な技術躍進がなされた。


そして、最後の一つ。

最大にして、功罪のわかれる一つ。


世に言う、能力者・超人達の出現だ。


一般に、『常人離れした肉体』の持ち主。

俗に霊感と呼ばれる『超常的能力保持者』。

『明らかに違う』技術体系を『知る者』、そして、それを『語る者』。


これらの総称として、能力者・超人と呼ばれた。


これらの特異能力は、ある日突然目覚めたのだという。


ある日突然、空を飛び、火を噴き、海を割る。

突飛な理論を核心を持って思いつき、様々な理論を確立する。


そう、『世界が変わった日』が、確かに存在したのだ。


ある者は世界の始まりと説き、ある者は世界の終わりと嘆く日が、確かに存在したのだ。


世界はほんの2年ほどで劇的な変化を迎え、更に3年で吐き気を催すような揺り戻しに苦しむ。

当然のように差別が起こり、仕来りのような争いの嵐が吹き乱れ、お決まりのように平和が叫ばれた。


そうして世界は変化を受け入れた社会を構築していく。


混乱初期、能力の大小に関わらず多種多様な超人を、各国各組織は血眼になり探し、保持を目指したが、混乱の終息期にはある程度の情報の共有がおこわなれた。


各国の認識として、超人または能力者達というのは、ある日突然現れた者達と、ある日突然能力に目覚めた超人または能力者に区分されるという。


今現在では第一世代と呼ばれる『最初の者達』。

その特徴として、後天的能力者と突発的具現者との間にはとても高い能力差があったことが挙げられる。 

当然ながら、第一世代には、生来的に能力を得ていたものは居ないとされている。


あくまでもある日突然、能力に目覚めたといわれており、最も初めに確認された十名足らずを『突発的具現者』、それ以降に発見された者を『後天的能力者』と定義している。


文字にしてみれば実に曖昧な定義に思えるが、現実には明瞭な差があった。


降臨された神の化身とさえ謳われた、隔絶した力を持った者が突発的具現者、だと。


そんな突発的具現者を『最高位能力者』と呼び、第一世代においては後天的能力者・超人は中位から低位能力者しかいなかったとされる。


これに直面し、世論は大まかに三つに分かれる。


最高位能力者を絶対者と崇める者と、最高位能力者を到達者と見なして差を埋めようとする者。

それし、異能者自体を疎む者とに。


ある意味で幸運だった事は、『最高位能力者』と呼ばれた者達が、漏れなく協力的だったことだ。


そう、漏れなく全員が、協力的だったのだ。


力を持て余す能力者を制圧し、新たな倫理観を説き、想像だに出来ない技術を齎し。


どこかに肩入れすることもなく、薄ら寒い程、平等に。


そうやって、『最高位能力者』と呼ばれる者達は、世界を導いた。


奇跡の5年と呼ばれる混乱期・動乱期を終え、世界は革新期に入る。


革新期の目的は、能力差の是正。

それは現段階では、ある意味では実現されたと言われている。


実に一部、最高位能力者の一部との差だけが課題ではあるが、数の面で勝る低・中・高位能力者、無能力者との住み分けと、様々なツールの開発で社会は維持されていた。


彼ら突発的具現者達に侵略の意図がなかったのか、それとも出来なかったのは定かではない。


だか、現実として、社会は、世界は続いた。


そんな緊張状態を経て、人類の『総合的進化』という言葉で、人々は今の世界を褒め称えた。


恐らくは、恐怖を内面に蓄えながら。


そんな中、極希に超常的な、しかし、突発的具現者よりは劣る超人の出生が確認される。

突発的具現者に対し、彼らは先天的能力者と呼ばれ、世界からの注目を集めた。


そして、後に第二世代と呼ばれる者達が生まれる中、第一世代『最高位能力者』の消失が起こり始めた。


文字通り、消失。


各国の諜報機関から。

或いは保護施設・監禁施設から。

衆人の目前というのもあった。


世界にとっての幸運なのか不運なのか未だに議論が割れる消失事件は、ほんの二週間ほどで全員の消失という結果を齎した。


『ある意味では能力差の是正に技術が追いついた』というのは、単純に、競い合うべき彼らがいなくなったからでもあったのだ。


様々な第一世代超人が消える中、最も話題になったのは、希代の予言者アラン・ジョーの消失。


技術躍進の立役者であり、初めに現れた突発的具現者であり、最高位能力者である能力者・超人の存在を大国に示した者。


この男が居なければ、突発的具現者達に抗う術はなかったと言われる。


彼曰く、超人とは持ち込む者と与えられし者。


第一世代と第二世代の差とはそれであり、それを確かめた時点で己の目的は果たされた、と。

そう告げ、或いは記し、彼も姿を消した。


しかし、それでもなお、彼の影響は世界に残る。


希代の予言者アラン・ジョー。


彼が予言者と呼ばれるようになったのは、彼の言葉が、何が出来る・分かるではなく、これならばわかるだろう、と。


上から下に。

高きから低きに水が流れるように。


私の言っている事はわからないだろうが、これならばわかるだろう、と。

原理の解明は出来なかろうが、それでも、これならば見よう見まねで作れるだろう、と。


本来ならば技術の研鑽があり、段階を経て産まれるものを、それをすっとばして産まれさせて行ったこと。


技術や思想の系統樹。


その頂点に立つ男の言葉は、さながら予言に等しかった。


そんな男は、大国に身を寄せる前にも予言を残していた。

それは文字であるものもあれば、電子の海に埋もれた物もある。


中には囁かれた者もいたという。


彼が消えて直ぐ、今度はその予言の奪い合いが起こった。


国どうしで、組織どうしで。


持ち込んだ者と、残された予言の奪い合いの時代の幕が開き、二十年。

既に粗方見つかったと言われていた予言だが、ふと噂を耳にした。


突然、予言が現れた、と。


これ自体は、別段、珍しい事ではない。

何かしらのきっかけで、隠されていた予言が姿を現したのだろう。

しかし、不思議なことに、発見の報はあれど、確保の報はない。


そして、本来なら極秘であろうその場すら耳にでき、特定まで出来てしまった。


今思えば、それがいけなかった。


わかってしまえば、手に入れたくなるもの。

一目でもみたくなるもの。

好奇心半分、銭儲け半分の心持ちで、首を突っ込んでしまった。


目のいいだけの第二世代には過ぎた行いだったのだ。



巷に流れる噂を元に、六道総司ろくどうそうじはタンカーに乗り込んでいた。


日本の領海ぎりぎりにいた船。

既に化石燃料の使用は終わった世界において、タンカーには別の用途が設けられていた。


主には、本来は液体を積んでいた空間を補強した隔離施設。


今回、六道が乗り込んだタンカーも隔離施設という話だ。

潜水服を脱ぎ捨て、六道は辺りを見渡す。

闇に紛れて忍び込んだとはいえ、やけに気配が少ないのが気になった。


人目を避け、船倉へ。


両の眼に祝福を受けている六道に取ってみれば、監視カメラの位置も、その監視範囲も取るに足らない。


全てを見通す眼。

それこそが六道の生まれながらに得た能力。


厳密に言えば、視覚ではないのだろうと六道は思っている。

なにせ、壁の向こうの人影すら見え、カメラの監視範囲まで見えるのだ。

視覚ではない、何かを受信し、それを脳が映像として再生しているのだろうと解釈していた。


超腕力などのド派手な能力ではなく、見た目ではわからない地味な能力。


貧しい家に産まれ、少しばかり倫理観に疎い親のお陰で、物心つく前にあった検査の類いもパス出来た。


しかしながら、やはり一般社会には馴染めず、半分裏街道に足を突っ込み。

挙句の果てには、能力を嗅ぎつけた連中に脅されてこんな所に来てしまった。


「見えたところでなぁ…」


ぽつりと零す六道の背を、堅い筒が押した。

早く行け、というサインだろう。

はいはい、と心の中で返し、六道は歩を進める。


やはり見張りの姿がない。


カメラや防犯装置の類いはあるがー。

首を傾げながら、最下層にたどりついた。


目の前の扉―密閉扉の向こうは六道の眼でもよく見えなかった。


鉄が厚すぎるであるとか、何かしらの対策を取っている場合にはあること。

だが、普段なら何なりと察するものがあるがー。


「…開けて良いのか?」


あえて声を出して問うてみると、ぐいっとまた筒を押し当てられた。

返答としては実に品がない。


嘆息を一つ。


背後で銃を構える女の姿を幻視しつつ、密閉扉のハンドルに手を伸ばす。

実に残念なことに、呆気ないほど扉は開いてしまった。

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