El dear-エルディア- 

ネイさん

第一部 dear

第1話 嗜虐の瞳


人類の総合的進化。


この言葉が現実化しようとは誰が思おうか。


夢想家の戯言だったそれを可能としたのは、3点。


一つに技術の躍進。

もう一つに、それらの技術を齎した者達。


まずはこの二点が重なり、飛躍的な技術躍進がなされた。


もはや技術は、人を超人と言わしめるレベルにまで引き上げていた。


そして、最後の一つは、同時期に発見され始めた超人、世に言う能力者達の存在。


常人離れした腕力の持ち主、俗に霊感と呼ばれるものの保持者、明らかに違う技術体系を知る者。


これらの特異能力は、ある日突然目覚めたのだという。


故に超人または能力者達というのは、ある日突然現れた者達と、ある日突然能力に目覚めた超人または能力者に区分される。


両者共に第一世代と呼ばれるが、その特徴として、後天的能力者と突発的具現者との間にはとても高い能力差があったことが挙げられる。 


あるところでは異星人と、あるところでは異世界人と、あるところでは神とさえ謳われた彼等。


そんな突発的具現者を最高位能力者と呼び、第一世代においては後天的能力者・超人は中位から低位能力者しかいなかった。


しかしながら、能力の大小に関わらず、多様な超人を、各国各組織は血眼になり探し、保持を目指した。


そして、それと同時に、突発的具現者との差を埋める技術の昇華を目指し、それは現段階では、ある意味では実現されたと言われている。


それまでは、実に一部、最高位能力者の一部との差だけが課題ではあるが、数の面で勝る低・中・高位能力者、無能力者との住み分けで社会は維持されていた。


彼ら突発的具現者達に侵略の意図がなかったのか、それとも出来なかったのは定かではない。

だか、現実として、社会は、世界は続いた。


そんな緊張状態を経て、人類の総合的進化という言葉で、人々は今の世界を褒め称えた。


そんな中、極希に超常的な、しかし、突発的具現者よりは劣る超人の出生が確認される。

突発的具現者に対し、彼らは先天的能力者と呼ばれ、世界からの注目を集めた。


そして、後に第二世代と呼ばれる者達が生まれる中、第一世代である最高位能力者であった超人達の消失が起こり始めた。


文字通り、消失。


各国の諜報機関から。

或いは保護施設・監禁施設から。

衆人の目前というのもあった。


突発的具現者に『ある意味では技術が追いついた』というのは、単純に、競い合うべき彼らがいなくなったからであったのだ。


様々な第一世代超人が消える中、最も話題になったのは、希代の予言者アラン・ジョーの消失。


技術躍進の立役者であり、初めに現れた突発的具現者であり、能力者・超人の存在を大国に示した者。


この男が居なければ、突発的具現者達に抗う術はなかったと言われる。


彼曰く、超人とは持ち込む者と与えられし者。

第一世代と第二世代の差とはそれであり、それを確かめた時点で己の目的は果たされた、と。

そう告げ、或いは記し、彼も姿を消した。


しかし、それでもなお、彼の影響は世界に残る。


希代の予言者アラン・ジョー。


彼が予言者と呼ばれるようになったのは、彼の言葉が、何が出来る・分かるではなく、これならばわかるだろう、と。


上から下に。

高きから低きに水が流れるように。


私の言っている事はわからないだろうが、これならばわかるだろう、と。

原理の解明は出来なかろうが、それでも、これならば見よう見まねで作れるだろう、と。


本来ならば技術の研鑽があり、段階を経て産まれるものを、それをすっとばして産まれさせて行ったこと。


技術の系統樹。


その頂点に立つ男の言葉は、さながら予言に等しかった。


そんな男は、大国に身を寄せる前にも予言を残していた。

それは文字であるものもあれば、ネットの海に埋もれた物もある。


中には囁かれた者もいたという。


彼が消えて直ぐ、今度はその予言の奪い合いが起こった。


国どうしで、組織どうしで。


持ち込んだ者と、残された予言の奪い合いの時代の幕が開き、二十年。

既に粗方見つかったと言われていた予言だが、ふと噂を耳にした。


突然、予言が現れた、と。


これ自体は、別段、珍しい事ではない。

何かしらのきっかけで、隠されていた予言が姿を現したのだろう。

しかし、不思議なことに、発見の報はあれど、確保の報はない。


そして、本来なら極秘であろうその場すら耳にでき、特定まで出来てしまった。


今思えば、それがいけなかった。


わかってしまえば、手に入れたくなるもの。

一目でもみたくなるもの。

好奇心半分、銭儲け半分の心持ちで、首を突っ込んでしまった。


目のいいだけの第二世代には過ぎた行いだったのだ。



巷に流れる噂を元に、六道総司ろくどうそうじはタンカーに乗り込んでいた。

日本の領海ぎりぎりにいた船。

既に化石燃料の使用は終わった世界において、タンカーには別の用途が設けられていた。


主には、本来は液体を積んでいた空間を補強した隔離施設。


今回、六道が乗り込んだタンカーも隔離施設という話だ。

潜水服を脱ぎ捨て、六道は辺りを見渡す。

闇に紛れて忍び込んだとはいえ、やけに気配が少ないのが気になった。


人目を避け、船倉へ。


両の眼に祝福を受けている六道に取ってみれば、監視カメラの位置も、その監視範囲も取るに足らない。


全てを見通す眼。

それこそが六道の生まれながらに得た能力。


厳密に言えば、視覚ではないのだろうと六道は思っている。

なにせ、壁の向こうの人影すら見え、カメラの監視範囲まで見えるのだ。

視覚ではない、何かを受信し、それを脳が映像として再生しているのだろうと解釈していた。


超腕力などのド派手な能力ではなく、見た目ではわからない地味な能力。


貧しい家に産まれ、少しばかり倫理観に疎い親のお陰で、物心つく前にあった検査の類いもパス出来た。


しかしながら、やはり一般社会には馴染めず、半分裏街道に足を突っ込み。

挙句の果てには、能力を嗅ぎつけた連中に脅されてこんな所に来てしまった。


「見えたところでなぁ…」


ぽつりと零す六道の背を、堅い筒が押した。

早く行け、というサインだろう。

はいはい、と心の中で返し、六道は歩を進める。


やはり見張りの姿がない。


カメラや防犯装置の類いはあるがー。

首を傾げながら、最下層にたどりついた。


目の前の扉―密閉扉の向こうは六道の眼でもよく見えなかった。


鉄が厚すぎるであるとか、何かしらの対策を取っている場合にはあること。

だが、普段なら何なりと察するものがあるがー。


「…開けて良いのか?」


あえて声を出して問うてみた。

ぐいっとまた筒を押し当てられる。


「ええ」


緊張しているらしい女の声に答えず、密閉扉のハンドルに手を伸ばす。

呆気ないほど扉は開いてしまった。

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