引退魔王と陰険貴族

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 俺は、大勢いる魔族の中の一人だ。


 得に、特徴があるわけでもない。

 何かに秀でているわけでもない。


 そんな俺は、とある時期に絶望していた。


 父を、亡くした直後には。


 あの頃は、全てがどうでも良かった。


 何もかもくだらないと、そう思っていた。


 何もない空虚な日々を無意味に送っていた。


 だって、この世界に俺の執着すべき事はなくなってしまったのだから。


 母はずいぶん前に死んでしまった。


 守るべきだった下の兄弟達も、人間達に殺されてしまった。


 魔王軍として人間と戦っていた父も、つい最近死んでしまった。


 俺には戦う力がない。


 復讐という道が目の前にあったが、何かを成そうとは思わなかった。


 なんの力もない俺に、成せるとは思えなかったからだ。


 もう、いいや。


 そう思って、全てがどうでもよくなった俺は、死ぬことを考えていた。


 けれど、そう思っていた時に、奴が目の前に現れたのだ。


 そいつは俺に様々な方法を教えてくれた。


 俺にもできそうな復讐の方法を教えてくれた。


 だから、俺は再び生きる気力を取り戻す事ができたのだった。


 そうだ。力もある、方法もある。


 だから、これからあいつを殺しにいこう。


 俺は、その目標に向かって歩く事で、自分の中にある虚無感を無視する事ができた。


 立ち止まる事は、死ぬことと同じ事。


 なら、俺は、ただ歩き続けるだけだった。


 引退した元魔王を殺すまで。






 そんな一人の魔族を、背後から見つめる者がいた。

 その存在は、今の魔王。

 圧倒的なカリスマで魔族達をたばねた存在だが、その本質は以前の魔王と全く同じものだった。






 領主仕事にあけくれているとたまに昔の事を思い出す。


 俺は多くの魔族達をたばねていた元魔王だ。


 引退した身だから、もう魔族のあれこれには口出ししてはいない。


 それどころか、関りすらしていなかった。


 そもそもあいつらが俺を裏切って来たんだしな。


 俺は効率的に仕事をこなしたに過ぎないのに。


 なぜ俺のやり方を理解しないのか分からない。


 助けてくれ、と言われたって助けるもんか。


 そんな状況の中、人間と魔族は相変わらず戦いを続けているらしい。


 俺が魔王になる前、ずっと前から続けているだろうから、そこらへんが終わるとは思わなかったが。


 戦いなんて、面白くもないし、利益もない事をよく長々と続けるものだと思う。


 そんな中、引退した俺は人間の領地で、人間の領主の世話になった事がある。


 その関係で、その領主が亡くなった後、俺が後継者になっていた。


 他の人間なら別に知った事か、と思うのだが、そいつには色々と世話になったからな。


 恩返し分はきっちり働くつもりだった。


 いつものように領主の仕事をこなして、執務室で書類とにらみあっていると、使用人の男性テグスがやってきた。


 こいつは、一応魔族だけどな。


 俺と同じように魔族に嫌気がさして、人間にまじって生活しているのだ。


「そろそろ休憩をいれたらどうかしら。疲れた顔してるわよ」


 見た目は男だが、女性的な言動をしているのが特徴。


「そうだな。そうさせてもらおう」


 恰好も女性の姿だから、勘違いする奴はいる。


 だがどんなに変わっていても、使える奴なら問題ない。


 有用なら、手元に置いておくだけの価値がある。







 翌日。


 朝、起きる時に理由もなく寒気がした。


 一体なんだ?


 首をかしげてみた。


 特に今日は気温が低いわけでもないのにな。


 そんな事があったからだろうか。


 午前中の執務にどうにも身が入らない想いをすることになった。


 すすまない書類仕事に頭を悩ませていると、この屋敷の使用人の一人、キアがどたばたやってきた。


 廊下を走るなと言ったのに、まったくあいつは。


 女なのに、屋敷の力仕事をこなすこの元奴隷少女は、俺になついている。


 だから毎回毎回、仕事が終わったら、自分をかまえと言ってきて、結構うるさい。


 最近は拾って来た犬を抱えているものだから、犬も一緒になってきゃんきゃん吠えまくる。


 二倍うるさい。


 拾わなきゃよかった。

 飼うなんて言わなきゃよかった。


 そう思ったが、一度許可した事をとりけすなんて、恰好悪い事はしたくない。


 自分の発現には責任を持たなければ、人が付いてこないのだから。


 キアがばーんと勢いよくドアをあけて、室内に入って来た。


 昨日もそうだった。

 注意したのに。


 この日もそうだ。


 いい加減学べよ。駄メイド。


「ごっしゅじーん。あそんでくださーい」


 満面の笑顔で遊びを所望する元奴隷娘。


 俺はきっぱりと断った。


「断る」

「がびーんっ」


 大げさにうろたえるキア。


 よろよろと後ずさる。


 演技だ。


 長い付き合いというわけではないが、短いつきあいというわけでもないので、それくらい分かる。


 ゆえに最適な答えは、構わない事。


 中途半端に構うと図に乗るからな、こいつ。


 キアはこれくらいでめげたりしないので、俺は基本放置だった。


 予想通りめげないキアは室内をうろうろし始めた。


 気が散る、よそでやれ。

 犬も散歩させるな。


「くうーん」


 掃除係が面倒だろうが。


「まだお仕事ですか? 遊べないんて、ショックです。少しは息抜きしませんか? ご主人最近いそがしそうですから。体調くずしたりしないかなーなんて」


 けれど、やつなりに俺の事を心配してくれたらしい。


 仕方なしに、「こっちこい」と手招き。


 一回頭をなでてやると、「えへへ」と嬉しそうな表情になった。


 犬もほしがったが、そっちは無視。


 お前は何もしてないだろ。


 褒美は頑張った奴か、気をまわした奴にしか与えん。


 俺はやりかけの仕事を脇に置いて、少し休憩をとる事にした。


「仕事が忙しいのは確かだな。だが、他の領地の馬鹿どもがやってきて、好き勝手騒いでいるから、その対処とか後始末が面倒くさい」

「他の領地のかた、ですか?」


 きょとんとするキアに説明してやる。


 使用人たちの間ではとっくに噂になっていると思ったが。


 他の人間がキアの耳に入れないようにしたのかもしれない。


 こいつの性格を考えて。


 感情で動くタイプだからな、キアは。


 けど、いつまでも知らないままでいるのは困る。


 迂闊に外に買い出しに出た時に、もめごとをおこされてはたまらんからな。


「ああ、なりあがりの貴族なんてけしからん、とか言ってる、自称・由緒正しき連中だ。老人連中がこっちにきて、あれこれ文句をつけてくるんだ」


 すると、キアが思いっきり嫌そうな顔していた。

 予想通りすぎる反応だ。


 こいつは本当に分かりやすいな。

 犬も何かしら察したのか、警戒するように「きゃん!きゃん!」と吠えている。


「ご主人をいじめるなんて、嫌な奴! これから、やっつけてきます」

「まて」


 言うが否や走り出そうとしたキアの服の襟首をつかむ。


 制裁を加えてこい、という意味で話したんじゃない。


 襟首をつかまれたキアは「ぐえっ」、という女にあるまじき声をだして急停止。


「ご主人くるしいですーっ」


 したばたするキアの服から手を放してやる。


「短絡的な行動をとろうとするお前が悪い。拳でなぐってどうにかできる相手ならとっくに、俺がそうしている」


 俺は、はあとため息をついた。


 ついでに執務机に頬づえもついた。


 行儀なんて気にせん。

 他の人間が見ているわけでもないし。


 キア?

 こいつは人間じゃなくて犬だろ。


 犬?

 こいつはただしく犬だしな。


「あいつらは、頭のおかしい老人連中だが、それでも国から認められた地位にいる連中だ。預かり物の領地をまわしてる俺が好き勝手な事はできん」

「ご主人様って、我慢できる子だったんですね」


 おい、失礼な事を言うな。


 あと、子ども扱いも。


 テグスもたまに俺を子ども扱いするんだよな。


 オカンみたいな態度で。


 見た目が子供だからか?


 俺の方がお前より年上なんだぞ。

 こうみえて、魔族は長生きだからな(正体は隠しているが)。

 背の低い人間だっているだろうが。


 調子が狂う。


 こんな事考えてる場合じゃない。


 話を戻すが。


 件の老人連中は、勲章もいくつかもらっているらしい。

 そんな連中を表立って、暴力でのしてみろ。


 こっちの方が窮地に立たされるに決まっている。


 俺は顔を近づけて耳を澄ませていたキアの目を見つめる。


 能天気な目立った。


「キア、間違っても連中には喧嘩をふっかけるなよ」

「わかりました。いやですけどっ」


 不安になるような一言を最後に付け加えるな。

 何だか、余計に気がかりになってしまった。






 数日後。


 その時抱いた不安は、的中する事になる。


 午前中の仕事を片付けて、一息ついていたら。


 買い出しから戻って来た使用人テグスがやってきた。


 その人物が言う。


「と、言う事なんです」

「キアがもめごとを起こしただと」


 報告された内容を耳に入れた俺は頭を抱える事になった。


 キアの性格を考えて、件の老人領主とはちあわせしたら、絶対もめごとを起こすだろうと思った。


 だから、買い出しなどで出かける時は他の使用人と行動させるようにしていたというのに。


 しかしそれでも問題はふせげなかったと言うのか。


「ちっ、キアのやつ。面倒を起こしやがって、あれほど忠告したというのに」


 イライラしながら、机の端を叩いていると、テグスがオロオロしながら口を開いた。


「違うのよ。キアはちゃんと我慢していたの。件の領主に水をかけられても、きちんと大人しくしていたしねぇ」

「ほう」


 俺の知っているキアなら、衝動的に相手をぶん殴りそうだっただけに、それは驚きだった。


 だったら、結論から話さずまず順を追って、話せ。


 こいつも混乱していただろうから、その点は分かるが。


 テグスは、申し訳なさそうな顔で話を続ける。


「けれど、相手が目つきが生意気だとか、態度が悪いとかいってきて、それでキアをつれていってしまったのよ」

「それは本当の話だろうな」

「うっ、嘘ではありません」

「そうか」


 俺は、天を仰いだ。


 室内だったから、見えるのは天井だけだったが。


 どうやら、こちらが事を荒立てないようにしようとしても、向こうにはその気がないようだった。


 これは俺から出向いて、一度話をする必要がありそうだな。







 キアをつれていった貴族の名前は。


 デミストーン・アルファレ・ナロー。


 今年で七十になるとか聞くじじいだ。


 しかし、若い頃は騎士団に身を置いていくつかの武勲を立てたとかなんとか。


 けれど、調査して分かったのは、それらの功績は全てハリボテの名誉だと言う事。


 同じ騎士団にいた他の人間の横からかすめとっただけのものらしい。


 奴自身が強いというわけではないのだ。


 権力だけの人間だな。


 魔王軍にもいた。その手の連中は。


 俺が改革して、部隊からぜんぶ追い払ってやったが。


 デミストーンはそれでも曲がりなりにも領主をやっているから、執務能力があり、頭が悪いわけではないようだが。


 領民からは嫌われているようだ。


 税が高いとか、問題にすぐ対処してくれないとか、娯楽品の流通を規制しているとかいう話だ。






 俺は面倒な気持ちを抱きながらそいつの元へと向かった。


 デミストーンの元へ。


 俺の屋敷より三倍は大きな屋敷に到着したら、すぐに出迎えの使用人がやってきた。


 客室にはこれみよがしに、歴史的価値が高そうなものとか、勲章などが飾られていた。


「これはこれは、遠路はるばるよくぞいらっしゃった」

「ごたくはいい。キアはどこだ」


 俺は面を突き合せたその老人を見て、権力だけの人間だと言う評価を確かにした。


 歩くのにも支障がありそうな、肥満体質の男。


 不健康そうな顔色。


 人の不幸をあざ笑うようないやらしい表情。


 それらの点もあるが、直感的にこいつに人の前に立って何かを成し遂げる力はないと思ったのだ。


 この分だと、誰かに仕事を丸投げしてるなこいつ。


「あの使用人の事ですか? あれは使用人の分際でこの私にたてついたのです。あれではあなたの所でもさぞ大変でしょうと思いましてな、少々こらしめてやらねばんらないと思いまして」

「キアに何かしたのか」


 俺はその言葉をきいて、殺気があふれるのを止められなかった。


 目の前の男が気おされたように身を震わせて、一歩退く。


「答えろ、何かしたのか」


 俺がもう一度同じことを繰り返すと、デミストーンははっと我に帰ったように口をひらいた。


「いいえ、何も。これからお仕置をしようと思った所」


 それ以上性根の曲がった老人の言葉を聞いていられなくなって、デミストーンの言葉を遮った。


「なら、結構だ。あれは俺の物だ。俺が高い金をだして買った奴隷なのだからな。教育はこちらでやらせてもらおう」

「しっ、しかし。あの娘はこの私に無礼をっ」

「それがどうした」


 そこまで聞いた時に。

 思わず、本音が出てしまった。


 キアにクギをさしたというのに。


 人に説教できる身分ではなくなってしまうな。


 しかし、撤回する気にはなれなかった。


「事の次第は、こちらでもしっかりと調査させてもらおう。それで、そちらに謝るべき事があったら、その都度また謝罪に訪れる」


 俺は離れた所で事の次第を見守っていた使用人をつかまえて、キアの所にあんないするように言った。


 つれてくるように頼まなかったのは、これ以上その男と一緒の空間にいたくなかったからだ。


「えっ、えっと」


 使用人はうろたえていたが、デミストーンが歯ぎしりしそうな表情で「いけ」と命じると慌てて俺を先導しはじめた。


 俺がその部屋から出て、廊下を歩きだすと、背後で何か者が壊れる音が続いた。


 部屋の中に豪華な花瓶がかざってあったから、それでも投げたのだろう。


 思いどおりにならない事があるとやつあたりか。


 デミストーンは心が狭い人間、だとどうでもいい情報が分かった。







 幸いにもキアは無事だった。


 懲罰牢みたいな所に入れられていたが、怪我一つついていなかった。


「ごっしゅじーん。助けに来てくれたんですねっ、あいたっ」


 俺は鉄格子越しにかけよってくるその元奴隷少女の額をはたいた。


「なにするんですか~っ」


 涙目になるキアの姿に嘆息。


 無事でいたのは良い事だが、なんでこいつは騒動を起こしたり、巻き込まれたりしないと気がすまないんだ。


「お前からは何もやってないんだろうな」

「あたりまえですよっ、そんな事したらご主人に迷惑をかけちゃうじゃないですかっ」

「はぁ、詳しい事は戻った時に、居合わせた使用人と共にまた聞くが、その言葉は本当に嘘じゃないんだよな」

「本当の本当ですっ。おやつ抜きでもかまいませんっ」


 それは別に俺にダメージがある事じゃないだろ。


 だが、キアの様子を見て確信した。

 こいつは嘘をつけるような人間じゃないからな。


「疲れた、さっさと帰るか」

「はいっ」


 しかし今回で明確な敵をつくってしまった。


 面倒な事にならないといいのだが。







 その懸念は現実になった。


 やはりというか、面倒な事になった。


 時間が飛んだが、あれから一週間が経過している。


 キアや同行した使用人へも聞き取り調査をして、あらためて謝罪する必要はないと判断した後だ。


 ここまで言ったらもう謝らなくていいだろ。

 面倒だが、出した言葉を中途半端に引っ込めるとメンツにもかかわる。


 一応手紙であれこれ言って謝罪を要求してはみたが、相手からの返答はまったくなし。


 あれ以来こちらに領地にデミストーンがやってくる事がなくて、平和で静かなのがかえって不気味だった。


「何かくだらない事を企んでいるような気がするな」


 あのような小物は、自分からしかげずに他の人間をつかって嫌がらせをしてくるのがやっかいな所だ。


 きちんと調査しないと、敵を見誤って足元をすくわれかねない。


 領地での仕事もあるというのに、まったくなんで俺の周りにいる連中は面倒な事ばかりしかしないんだ。


 疲れたため息をついていると、テグスが飲み物を運んできた。


 頼んだ覚えはないのだが。


「お疲れの様なので、みんなで相談してもってきたのよ。キアが言ってましたから」

「そうか」


 悪い気はしなかったので、ありがたく頂戴させてもらおう。


 キアがこの屋敷にやってきてから、微妙に使用人たちとの距離が変化している。


 それが嫌かと言われるとそうではない。


 好ましいかと言われるとそうでもないが。


 なんともよく分からない心地にさせられる。


 こういった事は、魔王だった頃にはなかったからな。








 状況がひっくり返るのは、それから数時間後だった。


 俺は黒幕の存在を見落としていたらしい。


 魔物が領内で暴れている。


 その知らせを領民から聞いて、現場にかけつけてみたら。


 そいつがいた。


 見た目は確かに魔物だったが。


「これは。元は人間、なのか」


 そう言ってしまったのは、見知った人間の顔があったからだ。


 巨大な肉塊のような何か。


 魔物としてしか見られないようなそれには、あのいけすかない貴族の領主の顔がついていたからだ。


 しかし自我はなく、まとも思考能力も見られない。


 ただがむしゃらに暴れているだけだった。


「ばかに、ゆるさ、……おのれ、こぞう、め」


 時折り単語みたいなものを口走る事はあっても、その瞳に意思のようなものは見えない。


 記憶の中を探してみる。


 あれと似たようなものを、先代魔王だった時に見た気がする。


 あれは、たしか。


「人工の、魔物か」


 魔王城にいる研究者が、味方を増やすために研究していた事があった。


 あの研究は途中で躓いて中止になったが、新しい魔王が続けていたのだとしたら……。


「捕らえた人間を使って、魔物と合体させる。醜悪な見た目だな、趣味にはあわん」


 その魔王は、俺に敵意を持っているという事になるかもしれない。


 間接的に、俺を殺そうとしているのだとしたら、これからは身辺に厳重な注意を払わなければならないだろう。


「ひぇっ、なんか変なのがいます。ごしゅじ-ん!」


 どう始末してやろうかと考えていたら、遠くからキアの声。


 まさかついてきたのか。


 頭痛がした。


 俺は、振り返らずにキアに「離れていろ! 近寄るな!」と告げる。


 しかし、キアは構わずこちらに走ってきていた。


「嫌ですっ、ご主人が危険なのに、安全な所になんていられませんっ」


 この我儘娘め!


 おまえがいると魔王としての力が出せないだろうが。


 それにお前じゃ戦力にならん。


 俺はイライラしながら怒鳴りつけた。


「助けてくれなんて俺は頼んでいない。余計な事するな。命令に従え」

「い・や・で・す! 命令よりご主人の方が大事です。命令まもってご主人が死んじゃったら意味ないですっ」

「この分からず屋がっ」


 もう説得するのが面倒なので、走り寄ってくるキアを物理的に気絶させるべきかと思った。


 しかし、そうは言ってられなくなった。


「なまいき、むすめ……ごろすぅぅう」

「えっ」


 あの人工魔物がキアの方へ向かっていったのだ。


 俺の方が先にその場にいただろうに。


 弱い奴にしか牙を向けないのか。


「よけろキア!」


 警告の声をとばすが間に合わなかった。


「きゃあっ」


 人工魔物の体当たりを受けたキアが吹き飛ばされる。


「貴様っ」


 俺は、魔王を引退してから数えるほどしか使っていなかった力を使う。


 魔族特有の魔法というやつだ。


 人間にはないそれ、しかも魔族の中ではとびきり珍しい闇属性の魔力の力を人工魔物に向かって放出する。


「消え失せろ!」


 すると、その魔力にあたった魔物は、その場から崩れるようにして砂になってしまった。


 それはあれほど強烈に自己主張しながら暴れていたのとはにつかわしくない、あっけない退場だった。


「あっけないな。まだ製作途中といったところか」


 俺はキアの方へ向かう。


 怪我はあまりしていないようだ。


 打撲の箇所は、丈夫だからすぐ直るだろう。


 規則正しい呼吸音が聞こえてきてほっとする。


「さて、人工魔物なんてやっかいな代物、他の人間にどうやって説明したものか」


 面倒だが、ここを間違うと国からおかしな目で見られる。


 不明の魔物としつつも、通常の魔物にはない特徴がみられた、とうまく報告するしかないだろう。


 変に誤魔化したり、知らないふりをして、調査団のようなものを派遣されてはたまらない。








 私はキア。


 貴族のお嬢様だったけど、色々あって実家を脱走。


 その際に奴隷になって路頭に迷っていたところを、今のご主人様に拾われました。


 ご主人様はとてもいい人です。


 表面的にはおっかない人ですけど、とっても優しいですよ。


 私の事も面倒そうにしながらも置いてくれてますし、わんちゃんも育ててくれてます。


 けれど、そんなご主人様は最近忙しそう。


 顔色が悪い日があったので、少し休んでほしいと思ってたんです。


 だから、いつもより熱心に遊びにお誘いしてたんですけど。


 私がご主人様の足を引っ張ってしまったみたい。


 うまくいかないです。


 そんな中、領地で魔物が暴れているという知らせが入ってきます。


 ここは辺境でめったに魔物などはみかけません。


 人間と魔族が戦っている場所からも遠いため、魔族も見ないです。


 それなのに魔物がいるなんて、何かおかしいです。


 だから、ご主人様の助けになればと、出かけた背中を追いかけたんですけど。


 またやっちゃったみたいです。


 はぁ、ご主人様の力になれる日はいつくるんでしょう。



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