第102話 常と異なる

 彼女が電話をしてくるなんて珍しい。

 メッセージのやり取りはあっても電話をしてくるのは稀だ。

 中田結月に対して懐疑的になっている今、下手に会話をするのは得策とは言えないけれど、逆に、確信を得るチャンスとも言えるのだ。

「はい、須永です。」

 少しだけ迷ったけれど、結局史織は結月からの電話をとった。

「こんにちは!突然ごめんなさい。でも、お盆休みだからもしかしてお時間あるかと思って電話しちゃいました。しばらくぶりですよね。よかったら、女子会でもしませんか?」

 陽気な声がスマホの向こうから聞こえてくる。高めのテンションが彼女らしいと言えばそうなのだが。少し不自然さを感じるのは史織の気のせいだろうか。

「そうなんですか。お誘いは嬉しいですけど、子供も夫も家に居るのでちょっと今は無理そうだわ。ごめんなさいね。」

「え〜。この頃、なんか冷たくないですか?なんか嫌われるようなこと私しちゃったかしら。前はもっと色々お話してくれてましたよね。ご主人の浮気疑惑のこととか。色々。」

 リビングにその夫が居るというのに、そんな話ができる訳がないだろう。

「あなたに愚痴ばっかり聞かせて申し訳ないわ。若い方に、そんなことばかり聞かせられないと思って。」

「何言ってるんですか!史織さんの愚痴なら大歓迎ですよ。だんなさんのことでも、仕事のことでも、お子さんのことでも、なんでも聞かせてください!きっと色々あるでしょう?史織さんは大変なんだもの!」

 大変??

 気になるフレーズだ。どうして史織が大変なのを彼女が知っている?

「そうは言うけど」

 なんと返したものかと思案してたら言葉が中々出ない。

「全部吐き出したら楽になりますよ。わたしに全部話してください。スッキリしますよ。ね、近いうちに、またお会いしましょうよ。」

「・・・あの、前から聞こうと思っていたのだけれど。」

「はい?なんですか?」

「どうして結月さんはそんなにもわたしのために相談に乗ってくれようとしているの?ご迷惑よね?普通に考えたら。」

「何言ってるんですか。迷惑だなんて、とんでもない!」

「でも、いくら主人の同僚だからとはいえ、わたしもちょっと甘え過ぎちゃったかなって思うから。これからは自重して」

「どうしてそんなことをおっしゃるんです!?なんでもお話してくださいって言ったでしょう?病院だろうがカウンセリングだろうがお付き合いするって、そう言ったでしょう?私は史織さんのために時間を惜しんだりしませんよ。」

 少し、ヒートアップしている気がする。結月の声音。

 既視感があった。以前にも、こんな感じで彼女がムキになっていたことがある。あの時は電話ではなくてメッセージだった。

 そうだ、異常だ。

 そもそも、スーパーで知り合っただけの相手なのに、こんなにも根掘り葉掘り相手の事情を聞いてくるなんて常識知らずと言っていいはずだ。いくら、迷子の息子を見つけてくれたからとはいっても、こんなにも立ち入ろうとするなんて。

 なぜ、この異常さに気付かなかったのか。

 そうだ。

 あの時は史織自身も夫の不倫を気にして、異常な精神状態となっていた。

 だから結月がすんなりと入り込んできたことに、異常さを覚えなかったのだ。


 

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