第52話 落としただけなのに
翌日、史織と峻也が一緒に夕食を食べているときに、洋輝が帰宅した。
「おかえりなさい。」
「・・・ただいま。」
「どうしたの、なんかあった?」
洋輝の顔色が優れないことにすぐに気がつく。
疲れていても、機嫌がよければそれなりに愛想のいい夫が、愛息の顔を見ても笑顔にならないのだ。
「・・・ちょっと、後で話す。俺、峻也風呂入れるよ。夕飯その後で。」
「わかった。用意するね。」
あとで話すと言われて、とても気になるけれど仕方がない。子供の前では話せないことなのかも知れないし、峻也もまだ食事の途中だ。
入浴の準備をしている間は、夫が食卓に座り子供の相手をしてくれていた。
「お父さんがお風呂一緒に入ってくれるって。急いで食べ終わらないと。」
「おー、入る入るー。もうすぐ食べ終わるよ。」
顔を見られないまま一日が終わることもあるので、父親が早く帰宅することが嬉しいのだろう、峻也も上機嫌だ。
やっぱり洋輝は優しい父親だと思う。
きっとあの手紙は、何かの間違いで、何かの誤解で、勘違いなのだ。夫のスマホを調べてもらえばきっとその事もわかるだろう。
こんなにも家族のことを思ってくれる洋輝が、不倫などしているわけがない。
夫は、息子が食べ終わると着替えを取りに寝室へ足を運んだ。
リビングには、いつものように仕事のカバンが置きっぱなし。
食器を片付けながら、ふと、小さな違和感に気がついた。史織の視線がリビングを彷徨う。夫と息子は浴室へ行ってしまったので、自分しかいない。
違和感の正体がよくわからないので、そのまま食器を洗い始める。
洗っているうちに気がついた。
夫は、たいがいは帰宅してすぐにスマホを充電器に挿すのに、今日はそれがないのだ。
そう言えば今日は電話もメッセージのやりとりも一切夫とやっていない。そんな日は珍しくもないのだけれど、何故か今日は気になる。
風呂場から出てきた夫に、気軽に尋ねた。
「洋輝、今日はスマホ充電器に挿して無いね。忘れちゃったの?」
すると、夫は息子が気付くほどに、動揺を顔に現した。
「・・・そ、そのこと、なんだけど。」
息子の、湯気の出ている身体をタオルで拭いながらパジャマを着せている。けれど、その表情は思い詰めていた。
「どうしよう、史織。俺、スマホ、落としたみたいで・・・見つからないんだ。」
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