第46話 新しい疑問

 呑気なやり取りを終えて、史織はスマホをまたテーブルに置いた。ハンドバッグから二通の手紙を取り出し、写真をじっと見つめる。

 少しばかり折り目のついてしまった二枚の紙は、何度見てもため息しか出ないしろものなのだが、少しでも何か夫ではない決めてはないかと凝視してみた。

「・・・?」

 なんだろうか。

 なんだかはわからないが、どこか違和感を感じた。

 先に貰った方の写真も、どこがどうとは言えないけれど、何か違和感が有る気がする。ただ、被写体となっている男性の肩の痣は、誰にでもあるわけじゃない。夫ではないとは言い切れない。むしろ夫である証拠と言ってもいいくらいだ。

 二枚目の方も、どことは言えないのに、何かおかしい。

 どちらの写真もはっきり何かとは言えないが、異常を感じるのだ。

 今までは気付かなかった。写真を受け取った時のショックが大きすぎて、冷静に見つめることは出来なかったからだ。

 だが、結月のメッセージとのやり取りのおかげか、ほんの少し史織の心に僅かながら余裕が生まれたのかも知れない。

 数日前の、夫との夜を少しだけ思い出す。

 子供が生まれる以前ほどの頻度ではないが、夫婦生活はちゃんとある。峻也の運動会の日、彼が早々と寝入ったせいで夫婦の二人の時間が取れたのだ。

 洋輝は史織の身体に触れる。それはそれは優しく、ある意味執拗に。彼は妻の肌に溺れることを愉しむのだろう。そして、言葉にして尋ねるのだ。触れていいと感じるのか、快感を得られているのか、確かめずにはいられない。

 史織の全身に触れた夫の手に、指に、タコが出来ていたという感触はなかった気がする。

『史織、どう?これ、感じる?俺の手、嫌じゃない?』

『嫌じゃないよ。気持ちいいよ。』

 ベッドの中で交わされる会話は艶っぽいものではないかもしれないが、シンプルでわかりやすい。洋輝はロマンチックなことを言うのが苦手で、ベッドの中であってもムードの有る言葉などほとんど言わない。

 史織は、洋輝のそういう不器用さも好きだった。

 夫は何も変わっていない。史織が疑惑を持ち続けてからも、その前も。彼が妻を抱く時はいつもこうだったのだから。

 逆に、彼が妙な口説き文句でも吐こうものなら、即座に史織は被害妄想に陥ることだろう。

 夫を信じたい気持ちと疑う気持ちの間で揺れながら、史織の気持ちの中に、新たなものが生まれてきた。

 指輪は、大概の男性がしている結婚指輪と同じように、シンプルなリングだ。これは夫であるという決め手にならない。似たような袖のトレーナーならいくらでもある。

 この握手をしている手は、洋輝のものではない、かもしれない。


 

  

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