苛めたいの。

ちわみろく

第1話  きっかけ

 

 何故そう思ったのだろうか。何故、気になったのだろうか。

 明るい笑顔。屈託ない表情。飾り気のない外見だが、それでも人に好かれる陽気なオーラを放つのは。

 取り立てて美人とか綺麗とかそういうのではない。でも、絶対に他人に好かれているだろう。そう思える素朴な印象。

 そぼ降る雨の中、その人はゆっくりと泥に汚れた小さな箱を拾い上げ、自身の服の裾で軽く拭う。泥に汚れるのも構わずに。その、紺色のスカートが、雨と土に少し濡れていた。

「落としましたよ。大事なプレゼントかな、汚さないようにね。」

 水玉の傘を持つ手とは逆の手で、その小さな箱を差し出した。

 白と水色の袋に包まれ、銀色のリボンがかけられたその箱。いましがた、泥だらけの地面に落ちたばかりの。

 差し出されたそれを、恐る恐る受け取る。

「・・・ありがとう、ございます。」

 やっと呟いた時にはもう、その人の後ろ姿が小さくなっていた。

 雨の雑踏の中の、ただのそれだけの出来事だ。 

 その箱の中身がなんなのか知ったら、かの人はどう思うだろうか。新品の避妊具の入った、その箱に。そして、それを落とした持ち主に。

 結月ゆづきは人混みに消えたその人の影をいつまでも見送っていた。




「・・・!なに、これ!」

 自分の携帯に送られてきたメッセージに、目を瞠る。


 ”先週は楽しかったね。君と過ごした夜は本当に刺激的だ。すぐにでも抱きしめたい。次はもっと長く一緒にいたいね。”


 なんだこりゃ、ではすまないような内容の文言に、須永史織すながしおりは、やがて声も出せなくなった。

 送り主は、結婚十年目になる夫の洋輝ひろきである。

 先週も何も、今朝だって一緒に家を出たはずだ。共働きだから朝は同時に家を出ることが多い。毎朝ドタバタしながら子供を送り出して出勤する。

 どう考えてもこれは史織に宛てたメッセージではなかった。

 そして、こんなメッセージを送る相手と言えば、勿論、浮気しているとしか思えない。

 一途だとばかり思っていた夫の、誤送信は、まさに青天の霹靂だ。

 史織は出勤してすぐに携帯端末をロッカー室にしまわなくてはならない。勤務中はいじれないから、しまう直前に着信やメッセージの有無を確認するのだ。

 夫からメールがくるなんて珍しい、と思って即開いたのが運の付きだったのか。

 職場のロッカー室で、呆然と立ち尽くすことになった。



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