心拍数の無駄遣いッ!!

政(まつり)

心拍数の無駄遣いッ!!

 高校の教室なんてものは小中に比べてクラスって認識は希薄でいろんな人間、いろんなグループが存在する。大きな声で話す運動部系の男子。いかにも女の子って感じの話題で盛りあがる女子。アニメやゲームの話ばかりする男子。そして私みたいに一人で本を読んでいるふりをしてる女子。私たちは滅多なことが無い限り決して交わらない。

「はい、モノマネやりまーす!」

教壇の前で数人の男子に囲まれモノマネを披露する彼はクラスのムードメーカーの金子君。実はお笑いファンの私にとって、彼のようなクラスでしか笑いの取れない大きな声の人間は本来好きでは無いけど正直彼の印象は悪くない。何故なら彼はいつも全力で笑いと向き合っているからだ。そうゆう意味で好感が持てる。

 そんなことをぼんやりと考えながら日直だった私は黒板を消す。するとふざけていた金子君の手が私にぶつかってしまった。

「あ、斎藤さんごめん。手ぶつかっちゃった」

「おい金子、女子に迷惑かけんなって」

「ほんとごめんなさい」

「大丈夫だから全然気にしないで」

 ほんとはもっと金子君とお笑いの話がしたいと思ったりもしたけど気にしないで以上の言葉は出なかった。私たちは決して交わらないのだから。交わらないはずだったんだけど……

 

 ある晴れた日、いつものように昨日の深夜ラジオの事を考えながら登校してきた私が下駄箱を開けると見慣れない手紙が入っていた。そこには

「放課後、体育館の裏で待ってます   金子」

と書かれていた。生まれてこの方そんな文言とは無関係だった私がドキドキしていなかったと言えば嘘になる。その日は一日そのことで頭がいっぱいになってしまって授業もあまり集中できなかった。

 そして放課後、私は金子君に言われた通り体育館の裏に足を運んだ。運動部のいかにも青春って感じの姿を横目に彼はそこに立っていた。

「斎藤さん、やほ。来てくれてありがとう」

そう言う彼はクラスで見る時よりもクールで、正直かっこいいかもって思っちゃったりなんかもして……どう声を出したらいいか分からない私に対して彼は続けて

「実は、前から斎藤さんの事は気になってて、だから斎藤さんさえよければなんだけど……」

私の胸の高鳴りはピークを迎えていた。彼から見ても私の心拍数がわかってしまうのではないかと思われるほどに。ギュッと目をつぶって彼の言葉の続きを待つ。

「もしよければ俺と……」

俺と?

「俺と組んで漫才甲子園出場してください!」

 は?彼の言っていることが数学の授業よりも理解できなかった。

困惑する私のことなんて気にせず彼は続ける。

「いや、前に斎藤さんの自己紹介カード見てお笑い好きって知ってさ。しかも好きな芸人も趣味良いなぁって思ってたんだよね。それに鞄のキーホルダー、それ風鈴金魚のラジオでやってる大喜利コーナーのやつでしょ?俺も何回かはがき送ってるんだけど選ばれたことなくって。そのキーホルダー尊敬してます」

確かに私が鞄に着けてるキーホルダーは芸人がやってるラジオの大喜利コーナーではがきが読まれた人しかもらえないもので私の誇りだけど、そんなことは関係なくって、とにかく私が言いたいことは……

「私のドキドキを返して!」

思うだけのつもりが思わず声に出してしまっていた。

「ん?ドキドキしたいなら俺と板の上でドキドキしましょうよ」

いや、うまいこと言わないでいいのよ。


 もう、金子君のバカバカバカ。そう思いながら私は思わずその場を早足で立ち去ってしまった。大体何なのよ。漫才甲子園って。私も一お笑い好きとして同い年でこんなに漫才できる人がいるんだって感心しながら見たことはあるけれども、出るとなったら話は別で大体私なんて地味で目立たないしお客さんの前に立つなんて……。まるで中学生男子が怒られた後の言い訳みたいに出たくない言い訳がすらすらと出てくる。 

 とにかく出る気は全くないけれど、何も言わずに逃げ帰ってしまったのは彼に悪かったなと思い、明日きちんと謝って断ろう。そう思った。


 次の日私はいつもより少し憂鬱な気分で教室の扉を開けた。私みたいな教室の隅っこの人間がどうやって金子君に声をかけようかその術が思いつかなかったからだ。そんないつもより重たい扉を開けるとそこには目を疑うような金子君の姿があった。

「あ、お待ちしておりました、師匠!机磨いておきました。それで昨日のお返事聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「え、あの二人ってどういう関係?」「昨日の返事って?」

教室がざわつく。

「とりあえず二人でお話しましょうか、金子君」

バイバイ、今までの私。この瞬間に私の平穏が音を立てて崩れ去った。


 場所は変わって廊下の隅っこ。私が金子君に言う。

「昨日、何も言わずに帰っちゃったのはごめんって思ってる。だけどさっきのあれは何よ?私恥ずかしくてたまらなかったんですけど」

すると金子君はいつも通りのにやけ面で私に言う。

「いやぁ、すみません。少しでもいい返事貰いたくて。それに教室で俺があんな風にやったら、斎藤さん断りづらいでしょ?」

ぐぬぬ。こいつカーストを完全に理解してやがる。こういう計算高いとこ、嫌いだ。でも、私も食い下がってはいられない。

「でもやっぱり私は出られないかな」

女の伏し目、自分でもちょっぴりずるいなと思いながら伏し目がちに言った。しかし彼は諦めない。

「いや、やっぱ俺的には斎藤さん以外考えられないっす。だからお願いします。」

彼は今にも土下座でもしそうな勢いだった。と言うか土下座していた。

「ちょっと、他の人も通るから、顔上げてって」

「いえ、顔はあげません!あなたが首を縦に振るまで!」

ついに、私はその押しに負けてしまった。

「分かった。分かったから。やってあげる。でもその代わり条件提示していい?まずクラスの人には言わないこと、板の上で私に恥をかかせないこと、そしてネタは君が書くこと。それが約束できるならやってあげてもいいよ」

「やった!ありがとうございます。でもいいんですかクラスの奴らに言わなくて。今日の事変な勘違いされちゃうんじゃ?」

「良いのよ、どうせ上位になったらバレるんだし。それに予選で落ちるような漫才でバレるんなら、君と恋仲だって思われてた方が百倍ましね」

「意外と粋なこと言うっすね。漢感じました」

「バリバリ乙女なんだけど」

それもとびきり押しに弱い。つくづく自分が嫌になる。そんなこんなで漫才甲子園に向けた即席コンビが完成したのだった。


 それから私たちは大会に向けて来る日も来る日も放課後の誰もいない教室に残って練習に励んだ。来る日も

「ネタ書いてきました!」

「初めてにしてはよく書けてるじゃん。でもこことかもっとこうしたら……」

「勉強んなります!師匠!」

「師匠はやめて」

来る日も

「折角の男女コンビだし、容姿いじりとかしてみる?金子君」

「いや、そんなんはちょっと難しいっすねぇ」

「確かに私の見た目って中途半端だもんね」

「いや、俺は結構可愛いと思いますけど」

「何言ってんだバカ、君はよく平気でそうゆうことを……」

来る日も

「コンビ名ってどうします?」

「ああ、金子君が決めていいよ」

「じゃあ、アメノウズメとかどうですか?芸能の神様」

「君は私に裸踊りでもさせる気?」

「いや、そ、そ、そ、そんなわけないじゃないっすか」

「随分と目が泳いでいるけれど」

そして来る日も

「俺、ちょっと自信なくなっちゃってきました。明らかに足引っ張ってるし、迷惑かけちゃってますよね」

「何言ってんの、確かにはじめは迷惑だったけど今は私も楽しくやってるし、それにクラスでの金子君の事、実は前から私も評価してたんだ。全力って感じで好きだよ。だから自信もって」

「ありがとうございます。俺泣きそうっす」

「全く、君は大げさなんだから、それに私たちに大事なのは涙じゃなくて、笑顔でしょ?」

「そうっすよね、頑張ります!」

練習を重ねてアメノウズメはコンビになっていった。


 そして漫才甲子園予選の日。私たちは会場である小さな劇場にいた。

「頑張りましょうね!」

金子君に目を合わせ力強くうなずく。やるしかない。そう思った。

 他のコンビのネタを感心しながら見ていたら、気付いた時には私たちの番になっていた。大きく息をのんで私たちは板につく。


「どーもー、アメノウズメです。頑張って、漫才やっていきましょう。ね?」

「そ、そうだね、頑張ろう」

板についた私は明らかに緊張してしまっていた。その緊張がお客さんに伝わってしまうほどに。二人でネタ合わせしているときは、あんなに偉そうだったのに、こうなってしまうなんて。自分が情けなくて、悔しくて、今にも泣きだしてしまいそうだった。当然金子君にもその緊張は伝わっていただろう。すると金子君からこんなセリフが飛び出した。

「いやぁ、にしても今日のお客さんは綺麗な人ばっかりですね」

それは金子君の完全なアドリブだった。

「べっぴんさん、べっぴんさん、でも隣が一番べっぴんさん」

驚いた私は思わず無言で彼を叩いてしまった。

「痛いっ!いやぁ気難しい女の子だな、笑顔は可愛いですけどね。ほんと大事にしてほしいわぁ」

そう言って彼は頭をかく。会場に笑いが起きて、私の緊張もほぐれた。私は彼に救われたのだった。


 何とか出番が終わり控室での会話

「あの日の約束覚えてる?」

「はい……アドリブであんないじり方したら駄目っすよね、マジですみませんでした。斎藤さんが緊張してるように見えたんでフォローしようと思ったんですけど、上手くできませんでした。」

「いや、あのまま続けてたら真っ白になってた私は大恥かいてたと思う。ありがとう」

そう言うと調子に乗ったのか彼はいつものニヤニヤした顔に戻ってこう言う。

「そのありがとうは一番べっぴんさんって言ったことに対してですか?」

君はすぐそういうことを……たまには私もお返ししちゃおうかな。

「んー、あの日のドキドキを板の上で返してくれてだよ」

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心拍数の無駄遣いッ!! 政(まつり) @maturi7311

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