第85話 謎の人物


 日は落ち、辺りはすっかり暗くなり屋敷前で執事は主人の帰宅を待つ。ウロウロし何かあったのでは…と心配性になるが普段から聞き慣れている声がする方へ執事は振り返る。


 「マレイン様!おかえりなさいませ。帰宅時間が遅いので心配になりました」


マレイン 「ただいま。ちょっとライト達と話がしたいから客の間に移動するよ」


 主人の元気な顔に執事は安堵する。マレインを筆頭に4人は屋敷内に入ると、執事は静かにパタンと玄関口の扉を閉める。


 「かしこまりました。では後程、紅茶を」


 背後に立つ執事の方へマレインは振り返ると、普段ふんわりとした笑みは消え威圧的な顔を見せる。


マレイン 「いや結構だ。客の間には1時間、誰も入らないように」


 「かしこまりました」


 マレインの威圧を感じた執事は心情を悟りお辞儀する。そして4人は客の間へ移動をすると目の前から猛ダッシュで廊下を走るミラが現れる。


ミラ 「ライト様!抜け出すだなんてひどいですわ!今日は寝るまで―――」


 鼻を荒く鳴らし興奮気味で話すミラの頭に、マレインは手をポンと置く。


マレイン 「ミラ。すまないが私達は大事な話があるんだ」


 頭に手を置かれミラは顔をあげる。普段から優しく誰よりも思いやりの強い兄だがマリーゴールド色の瞳からは威圧的を感じ取り初めて見る顔にミラは後ずさる。


ミラ 「あ…。お邪魔して申し訳ありません…」


 ロマンス小説を両腕で抱えながらお辞儀すると、その場を後にする。ミラが去ると4人は客間へと移動し室内に辿り着くとピリッとした雰囲気の中、赤いソファーに腰を掛ける。


ライト 「マレイン。アース村で現れた黒いフードを被った奴は何者だったんだ?」


 言葉を発するとマレインはふぅ…と息を吐きライトを見つめる。


マレイン 「"ダイヤスファ国の王は"と言葉を残して逃げられてしまった」


ネイリー 「ダイヤスファ国の王…?シリス王と何か関係があるのか?」


 ネイリーの問いにマレインは顔の前で手を合わせ眉間にシワを寄せる。


マレイン 「父上と今回の件は、何か繋がっているのかもしれないな…」


 時計の針の音しか聞こえない程に4人は赤いソファーの上で黙り込む。針の音が鳴る一方、リリアは天井を見上げていると身体がピクッと動きマレインの顔を見つめる。


リリア 「ダイヤスファ国の王は…か。王様の事を王子であるマレインに話して姿を消す…。ん?何だかマレインの身分を知った上で話しを進めているような…」


 「「「!?」」」


 突如の言葉に3人は揃って顔をあげる。


マレイン 「私の身分を知っていた…!」


 驚愕するマレインに、ネイリーはアース村で起きた事件の風景を巻き戻し振り返る。謎の人物が現れ、急の氷魔法を詠唱され傷を負い。そして、氷の剣アイスソードで斬られそうになった瞬間。


ネイリー 「そういや私が腕を負傷し氷の剣アイスソードで斬られる前、”お前からだ”と言われたな」


 謎の人物が残した言葉をネイリーが話すと、隣に座るリリアは魔法道具のランタンに灯されている火を一点で見つめる。


リリア 「何か、私達の事を予め知っている口調だね」


マレイン 「誰かに付きまとわれているのか…?でも、もしネイリーの身分を知った上で攻撃したものなら…」


 目の前に座るネイリーから目を逸らしマレインは言葉に詰まる。


ネイリー 「国と国の戦争になりかねないな」


ライト 「せ、せ、せ…戦争!?」


リリア 「ひえっ!!」


 言葉の重みにライトとリリアは息を呑む。


ネイリー 「マレイン。ダイヤスファ国の王宮内の様子は知っているのか?」


 マレインは首を横に振る。


マレイン 「いや…学校を卒業後、一度も王宮内へと戻った事は無い…。だから現状は良く知らないんだ」


 王位継承2位のネイリーもまた、マレインと重ね合わせる。期待されぬ存在が王宮内に居座ったとしても結局の所、王位継承1位に向けて見せる輝かしい瞳と王位継承2位に見せる輝きを失った瞳。比べる者が存在する限り王位継承2位にスポットライトの光を浴びる事も無くネイリーは別荘へと移る事を決意した。


ネイリー 「そうか…。では、質問を変える。氷魔法を扱う者はダイヤスファ国でどのぐらい存在するのだ?」


マレイン 「氷魔法を扱う人は私の先生であった”エアリ”先生しか知らないな。でも…」


 過去の出来事をふと思い出す。マレインの記憶内でエアリは動きがそこまで早い訳でも無く、どちらかと言うとその場で留まり詠唱する事が多い。


マレイン 「もし先生が犯人であっても、あそこまで俊敏に動く所なんて一度も見た事が無いよ。いつもその場で留まって魔法を詠唱していたからね」


 4人は時計の針の音が鳴り続ける中、再び黙り込む。情報量が少ない中、答えを必死に探り出すが時計の針が夜の7時まで移動するとゴーンゴーンと音が鳴る。


ライト 「あーーー!!全くわかんねーーー!」


 ソファーの上から立ち上がりライトは叫ぶと髪をクシャクシャにする。


ネイリー 「そうだな。情報量が少なすぎる」


リリア 「うん…。何か疲れちゃったね」


マレイン 「そろそろご飯でも―――」


 扉からノックの音が聞こえ全員が振り返る。


 「皆さま、晩御飯の支度が整いました」


 執事の声に反応したライトは両手をあげる。


ライト 「まってましたーーー!!早く食べにいこうぜ!」


 一目散にライトは扉の前まで走り勢いよく開ける。扉を開けた瞬間、執事とミラが待ち構えライトの行動に思わずふふっと口元に手を当て微笑む。


ネイリー 「全くライトは…」


 ライトは食堂に向い走ると、ミラも「まって~!」と声を出し後を追うように走っていった。


リリア 「ご飯ってワードを出したら何もかも忘れてしまうぐらい愉快な頭だよね…」


マレイン 「まぁ、私もアース村の一件で沢山、体力を消耗したしお腹ペコペコだよ。食堂に向おうか」


 謎の人物について語り合い真剣な空気が漂う中、一目散に食堂へと走るライトの行動に呆れるネイリーとリリア。一方マレインは緊張が解れふふっと笑みが零れる。客間に残された3人は座っていたソファーから立ち上がると執事を筆頭に食堂へと向かう。

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