第5話 正直、エナドリってそんなに効くものか?


 深夜1時過ぎ。終電が過ぎ去り、多くの人々が帰路についた後の道とは、当然ながら人気ひとけなんてない。


 たまに車が通る幹線道路沿いの歩道を、ゆっくりとしたペースで歩いてゆく風見。7月後半という夏真っ盛りな時期にも関わらず、夜の気温とは程々に涼しいものであった。やはり昼間には外出せずに正解だったな、と風見は思う。


「しっずむーようにー溶けていくように〜」


 そんな風見の横をスキップ混じりに歩く風鈴は、飽きもせずに流行りの曲をご機嫌に口遊くちずさんでいた。当然、風見は顔をしかめる。


「もうちょいボリューム落とせって」

「夜の街って誰もいないからさ、つい歌いたくなっちゃうんだよ」

「近所迷惑だ」

「幽霊だから風見にしか聞こえていません〜。録音もできませんよ〜?」

「アホか。俺が迷惑してんだよ」

「え、うるさ。黙れよ」

「…菓子買ってやんね」


 風見が切り札を発動すると、風鈴はすぐに黙りこくってしまった。 …幽霊のくせになんでそんなに食欲旺盛なんだよ、と心の中で突っ込む。現に風鈴が深夜のコンビニへとついてきたのは、お菓子をねだったからである。


(…もうちょい厳しくしたほうがいいのか)


 「風見ぃ〜」


 先ほどの忠告を忘れてしまったのだろうか? 風鈴が10mほど先から手を振りつつ、風見の名前を呼ぶ。


「早くしないと信号変わっちゃうよー!」


 風鈴が言い終えたちょうどそのくらいから、歩行者信号が赤と青の点滅を始めた。仕方なく、風見は早足にて信号を渡り始める。


 …なんで俺はこんなヘンテコな幽霊と生活をしているのだろう、と風見はふと考えた。7月に入ったばかりの時に出会ったのだから、おおよそ3週間の時が過ぎたことになる。初めのうちは距離感を測りかねていた風鈴も、よくもまぁここまで馴染んだものだ。


 特にその間で特別に何かが変わった、ということも無かった。相変わらず大学には行かない生活が続いているし、こじれた人間関係が戻ったこともない。社会はロクなものじゃないと思うし、人と人が分かり合えるなんてのは、神話のたぐいだと本気で思う。自分は4月の時から何も変わっていないのだ。


(別に、どうでもいいけどよ)


 どこかふて腐れた様子にて風見が信号を渡り終えると、すぐに右手に見える土地が大きく拓けた。無駄に広い駐車場には1台だけ車が停まっており、その付近では柄の悪い大学生だか高校生だか数人が、大きな声で会話をしている。


 その様子を見て風鈴が「うわ」と露骨に引いた。


「すごい趣味悪いね」

「ああゆうことをしたい年頃なんだよ。そっとしておいてやれ」

「なんで風見は達観してるの…普通にキモい」

「菓子」

「風見っぴ格好いい! しゅき!」

「お前も大概じゃねーか」


 普段のくだらない会話と共にコンビニへと入る。風鈴は自動ドアのセンサーに引っかからないから、風見のすぐ後をトコトコとついて行った。


 むだに白の光で眩しい店内にて、風見は迷うことなく飲料コーナーへ向かう。冷蔵庫の扉を開け、中から一番大きなサイズのエナジードリンクを取り出した。


 その様子を、風鈴は不思議そうな目で見ている。


「エナドリって、本当に眠気に効くの?」

「効いている…気はする。味は美味い」

「ふーん。私も飲んでみたいな」

「じゃあ菓子買うのは諦めろよ」

「分かった。家で一口だけもらうね」

「はいはい」


 菓子売り場で風鈴がチョイスをしたスナック菓子と共にレジに向かう。店員と必要最低限な会話を交わし、精算を終え、店を出た。


 レジ袋を揺らしながら帰路に着く。ブロロロと派手にエンジンを鳴らすバイクが数台、幹線道路を走り去って行った。テールランプの赤の光を目で追っていた風鈴は、ふと思い出したかのように風見の袖を引く。


「風見ぃ」

「なんだ」

「レジの前のところにさ、すごい可愛いぬいぐるみとか、マグとか、タペストリー? とかが並んでいるコーナーがあったけど、アレって何?」


 先ほどのコンビニの景色を思い出す。 …そういえばやたらポップな配色の棚があったような気がする。両手でも抱えきれないほどの大きなぬいぐるみが透明なポリ袋で包装されていた筈だ。


 そこまで思い出したところで、風見は最も思い当たる可能性を口にした。

 

「あぁ。クジじゃねえか?」

「コンビニってクジ引きが出来るの?」

「期間限定であったりすんだよ。店員さんに引かせてください、っつったら一回500円くらいで引かせてくれる」


 風見が淡々と説明をすると、風鈴は「うひえ!」とおかしな奇声を上げた。

 

「ご、ごひゃく!? ……高いね」

「版権物だから余計にかさむんだろう。まあそういうもんだ」

「へぇ……そっか」


 空返事をした風鈴は、どこか気難しそうな顔を浮かべ自身の靴先あたりを眺めていた。 …まあ実に分かりやすい反応な訳だ。しかし、それに応えてやる義務なんて風見には無い。


 そのまま沈黙が1分ほど続き、しかしその間も黙々と帰路を歩き続ける。街灯のせいで大して暗くもない真夜中の路地をスニーカーで踏みしめて。


 

 ――ちょうどその時、一人の通行人とすれ違った。



「風見、先輩?」

「え」


 急に名前を呼ばれて、ピタリと足が止まった。バッと後ろを振り向くと、きょとんとした表情を浮かべたショートヘアの女の子が一人。すごく見覚えのある顔だった。


 風見は辿々たどたどしくその名前を呼んだ。


五十嵐いがらし……か」

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