第4話 SNSたぁのしいいい!!!

そこから先は語るまでもないだろう。


 見事に大炎上をかましたNが勤めていたファミレスチェーン。そこでアルバイトをしていた風見という人物は、“バイトテロ行為を黙認した人物”として認知をされ、インターネット上に広まった。


 風見がいつかの時に作ったツイッターアカウントとは、ハンドルネームで登録をされており、自身の顔写真なんかは載せたことなんて無かった訳だが、いつの間にやら本名、大学名、顔写真の全てが流通していたのだから驚きだ。


 もちろん、例のバカッター共の比では無かったが、風見は見事に炎上をした。


 

 晒し上げ、誹謗中傷、特定班、正義マン、通報、殺人予告、凸宣言、その他有象無象のヤジウマたち。



 英語の授業の教室へ入ると、雑談の声がいっぺんに止んで、まるでサファリパークに居る珍獣を観るかのような、そんな視線が差し込んだのだった。


 大学の事務室にも呼び出され、風見に関係した電話や荷物が殺到していることを告げられた。事件当日のことを根掘り葉掘りと尋ねられもした。


 挙げ句の果てには、涙ぐんだ母親が電話越しに説教をしてくる始末だった。

 


 ファミレスを運営する親会社により、風見がシフト時間外だったことと、監視カメラの映像から、彼らの行いを阻止することが物理的に不可能と証明できることが説明をされ、大学と母親の誤解とはキッパリと解けた訳だが。しかしながら、SNSはもはやどうすることも出来やしなかった。


 暴落した会社の信頼状況においては、論理性と透明性のある説明が為されたところで、“聞かない者”とは聞きやしなかったのだ。あるいはエンタメとして消化されているから、だろうか? 何にせよ、火消しとは大して意味を持つ行動にはならず、燃料が尽き、自然消滅するまでをジッと耐えることしか出来なかったのだ。



 ――大学が告げた言葉が今でも忘れられない。


 

『何か行動を起こすことは控えなさい』



「…うるせーよジジイ。殺すぞ。俺が悪いみたいに言いやがってよ……」


 風見を特定した人物も、誹謗中傷をする者共も、奇異的な目で遠巻きに見てくる大学の奴らも……全員死ねばいい。そうしたら、誰も危害なんか加えてこない。不快な思いをすることだって、無くなる。理不尽を感じることもない。虐げられることだって。 …………あぁ、クソ。


 風見の末路とは、端から見れば実につまらないものであった。誤解を解くために奔走をするでもなく、絶望をし自ら命を絶つこともなく。SNSと人間関係、つまり自らの関わり合いにひどく嫌気が差してしまい、家に籠もる生活がスタートしたのだった。



 ――それからおおよそ4ヶ月弱の月日が流れ、7月20日現在。



 ひょんなことから住み着いた少女がパソコンを前にして叫ぶように言った。


「SNSたぁのしいいい!!!」

「…………」


 頭おかしいんじゃねーの? その言葉は喉から飛び出る直前で止まった。


 そんな風見の心の声を知る由もない少女、風鈴が満面の笑みにて言う。


「風見ぃ、SNSって楽しいよねっ! 一緒にいなくてもその人が何をやっているかとかすぐに分っちゃうんだもん! 面白いね!」

「…お前、よくもまあ堂々と地雷を踏み抜いていくよな。逆に怒れねーわ」

「んー? んーーー」

「聞いてねーし」


 ハァ、とため息を吐いた風見は淹れたてのインスタントコーヒーを啜る。口の中いっぱいにチープな苦味が広がった。


「コーヒーしか勝たん?」

「は?」

「飲み物! コーヒーしか勝たん!」

「…すっかりネット文化に染まりやがってよ。風鈴、お前にパソコン貸してやってる理由を忘れてねーだろうな?」

「失礼だね。私だってそれくらいは分かっているよ。ほら」


 膨れっ面にてこちらへパソコンの画面を向けてきた風鈴。その画面には一つのアカウントが映されていた。


「…オカルトコンサル? なんだよ、この胡散臭いアカウントは」

「なんかすごい心霊体験を経験したことのある人なんだって! でぃーえむで怪奇現象に悩んでいる人の相談に乗っているってプロフィールに書いてたから」

「それって“自称”だろ? 目に見えねーんだ。なんとでも言えるって」

「むっ。でも風見は

「お前は…例外中の例外だ。なんなんだよ本当に」


 自身の首の後ろをガリガリと掻いた風見がその細い目を風鈴へと向ける。 …腰まで伸びた長い黒髪と、全身ジャージというひどくラフな格好をしていることを除けば、ごく普通の女の子だ。歳はどうだろう? 20前後くらいには見える。


 

 ――だがこのように、ごくごく自然に見えていることがおかしいのだ。



 風鈴はその理由をどこか不安げな声色にて、とぼとぼと言ったのだった。


「私は…幽霊で、でもなんで幽霊になっちゃったのか分かっていない幽霊。成仏されたらいいのか、それとも記憶を思い出したらいいのかな? 全然わからないから、ネットとかでたくさん調べてる」

「…そうだ。それが自覚出来ているならいいんだ」


 急にしおらしい態度となった風鈴をよそに、風見はキッチン奥の床に置いてあるオーブントースターから二枚の食パンを取り出した。熱々のソレを指で弾くようにして、受け皿へとスライドさせる。


 マーガリンと共に食卓へと並べた訳だが、風鈴は未だに黙りこくっていた。


 …………。


「風鈴」

「…なに――痛っ!!!」


 パチン、と乾いた音を響かせて風見は風鈴にデコピンをかました。


「早く座れよ。せっかく焼いたのに冷めちまうだろ」

「こんの引きこもりめ…!」

「バイトは出てんだから引きこもりじゃねえよ。つかお前だよ引きこもりは」

「幽霊はこもるものですぅー!」

「あ? んなの聞いたこと…あながち間違いじゃねーか』



 風鈴がいつものテンションを取り戻したところで、最近のにぎやかな食卓が始まった。エアコンをつけるために閉じきられた窓越しに、ジジジジジとくぐもったセミの声が聞こえてくる……。

 

 

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