炎上の夏、風鈴の音。

しんば りょう

第1話 自分、見抜きいいすか


「もしかして、私には一定の需要があるんじゃないかな?」


 死んだ目をしながら品出しのアルバイトをすること計5時間。帰りに半額の惣菜と寿司のパックを買って帰宅すると、風鈴ふうりんが訳の分からんことを言ってきた。


「何の話だよ」

風見かざみが汗水垂らして働いている中、今日の私は14時に起きてインターネットに張り付いていた訳で」

「クズめ」

「…ついでに白状すると冷凍庫のピノも食べた訳で」

「え…あ、おい!」


 ドサッとその場にビニール袋を落とし、ゴミ箱に直行する。赤を基調としたデザインのアイスクリームの箱が存在感を醸し出していた。


「てっめよくも――」

「まぁ待て、待って。今はアイスの話していないから。レスバだったら“論点をずらすな”って指摘されるよ」

「あいにく俺は肉体言語だ」


 風見がテーブルの上のリモコンを手に取ると、風鈴の表情は目に見えるほどに青ざめた。

 

「まぁー待て、待て、待って! お願い! 負ける、負けるから! アイス弁償するからごめんなさい!」

「ハーゲンダッツ」

「わ、分かった! 分かりました!」

「キャラメル味な」


 雑にリモコンを無印産のクッションの上へと放り投げ、ドカッと背もたれ付きの椅子へと腰掛けた風見。一方で風鈴もブツクサと小言を吐きながらリモコンが落ちたクッションに座り込んだのだった。


「…で、需要がなんだって?」

「今日ネッサ(※ネットサーフィン)してた時に、『童貞が好きな女の特徴www』ってスレを見つけたの」

「碌なもの見てねぇな」

「そうしたらどんな特徴が挙げられていたと思う? 黒髪、ロング、友達が少ない、ゲームが好き、外出時は水筒を持参する…と」

「ふーん」

「誰かに似てない?」

「あ?」

「だから! 私は一定の需要があるんじゃないかな?」


 ふんす、と鼻息を吐きながら自信満々の表情を浮かべる風鈴。ドンと胸を叩くと長い黒髪が揺れ動いた。


「風見ぃ〜何とか言ってみてよ。私、属性てんこもりだよ?」

「…………」

「スレに写真を上げようものなら『自分、見抜きいいすか』なんてレスが返ってくるってことだよね」

「お前は写真に写らねえだろ。あと見抜きとか言うな。見抜きとか」

「ところで“見抜き”ってどーゆう意味なの?」

「…知るか。自分で調べろ」


 ハァ、と短く溜息を吐いた風見が椅子から立ち上がる。惣菜と寿司パックを冷蔵庫に入れると、居間の扉に手をかけたのだった。


「ちょ、ちょっと! どこ行くの?」

「風呂だろ。どう考えても」

「質問の答えが先だよ」

「はぁ?」


 怪訝な顔で振り向いた風見の元へ、パタパタとフローリングを駆けてきた風鈴。悪戯げにニヤリと笑うと、風鈴は自らの髪に手櫛を通し、ファサッとなびかせたのだった。


 そして一言。


「風見ぃ、私って可愛い?」

「……っ!」


 すぐに風見は自身の顔を覆った。風鈴を視界に入れないようにと後方へ振り向く。扉へと額を押し当てた風見は、何も言うことが出来なかった。


 そんな風見の様子を見て、風鈴は「ニヒヒ!」と笑い声を上げた。


「あー風見照れてる! やっぱり私が可愛いからね! 仕方ないねぇ! あはは参っちゃいますなぁコレは」

「……風鈴」

「ん、どしたの〜? 『自分見抜きいいすか?』ってことかな? ……いいよ。特別に許可したげる。見抜きの意味はよく分からないけど」

「そうじゃなくて…お前」


 風見は居間の扉を開いて、廊下へと出た。バタンと扉を閉じて一言。



「臭い。あぶらの臭いがする。3日間は風呂入ってねーだろ。俺上がったら次入れ。入らねえと飯は抜きだ」



 まくし立てるようにそう言い放った風見は、風鈴の返事を待たずして風呂へと消えて行ったのだった。


 …一人、居間へと取り残された風鈴は、自身の髪をスンと匂った後に、ただ一言呟いた。



「あの野郎、ぶっ殺してやる……」



 

 ――それから二日後。バイトから帰宅した風見が冷凍庫の中を覗くと、見知らぬアイスが一本入っていた。


「ガリガリ君(スパゲティ味)じゃねえか」


 隣にはメモ用紙が添えられており、そこには“それで見抜きでもしてください”と書かれていたのだった。


 …ツッコミどころは死ぬほどあるが、風見は盛り塩を施すためにコンビニへと走って行った。風呂上りの風鈴がキレ散らかしたことは言うまでもない。

 

 

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