カレーライス①

 彼女と別れて僕は家の帰路についていた。空はすっかりグラデーションが変わり、黒の空に金色の星が輝いていた。暗い道を照らすように、街灯が町を照らす。

 ズボンの後ろポケットに入れていたスマホが振動する。ポケットからスマホを取りだして、電源を付ける。明るくなった画面には父さんからのメッセージが来ていることを知らせる通知と、彼女からのメッセージを知らせる通知が一つ。


 彼女の方は、今日は楽しかったよと簡潔に終わっていた。父さんの方は最近スマホに変えたせいか、誤字だらけでとてもじゃないが読めなかった。昔の古文書を解読するより、父さんのメッセージを解読する方が難解な気がする。一旦、父さんの方は無視して彼女にメッセージを返す。


『こちらこそ楽しかった』


 メッセージを送って直ぐに既読のマークが付き、メッセージが返ってくる。


『もう家に着いた?』


『ううん、まだだよ』


『私も〜。お腹空いたな』


『あんなに駄菓子食べてたのに?』


『別腹だよ、あれは』


『胃は一つしかないよ。人間やめた?』


『うるさいなあモテないよ、君そんなことばっかり言ってたらさ。あっ、モテないからそうなってるのかな?』


『明日その口縫うよ?』


『ひぃ、怖い。ながらスマホしてると危ないよ、ちゃんと前みなよ』


『君こそね』


 ここで彼女とのやり取りは終わる。僕はメッセージに夢中になっていて、家の前に着いていることに気付いていなかった。

 鞄から鍵を取りだして家の中に入ると、カレーライスのいい匂いが充満していた。リビングから似合わないクマ柄のエプロンをつけて、片手におたまを持った父さんが出てくる。


「琴、お帰り。今日の夜ご飯はカレーライスだぞ」


「いい匂いだね。後、父さんメッセージ何書いてるかまた分からなかったよ」


「今回はいけた!と思ったんだがな、駄目だったか」


 ガッハッハッと豪快に笑う父さん。おたまからカレーが垂れ始める。


「父さん、カレー垂れてるよ」


「うぉっ!本当だ!やばい、やばい!」


 父さんは慌てておたまを持ってリビングに姿を消す。僕は洗面所に行き、手を洗う。靴下を脱いで、二階にある自分の部屋に制服を脱ぎに行く。

 部屋の電気を付けると、殺風景でつまんない自分の部屋がベールから顔を出す。制服を脱いでシワにならないようにハンガーにかける。部屋着に着替えて、携帯を充電すると下の階から父さんが、ご飯と叫ぶ。


「琴、ご飯どれぐらい入れる?」


「大盛りで」


「あいよ」


 父さんが食器に並々ならぬご飯とカレーを盛り付ける。二人で椅子を座り、手を合わせてカレー食べ始める。


「どうだった、学校は」


「普通だよ」


「そうか、カレーライス美味いか?」


「うん、美味しい」


 父さんには普通と言ったが、今日の一日はいつもの一日とは違った。破天荒な彼女がやってきて、ガラッと変わった一日。いつもは、同じことをプログラミングされたことを繰り返すロボットのような一日だったけど、今日は彼女というバグが入り込んできて、凄く楽しい一日だった。

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