昼の太陽①

 三限目が始まる頃、腹の虫が鳴り始める。陽気な太陽の日差しが眠気を誘う。左頬は熱くなっていく。


「先生、眩しいのでカーテンしていいですか?」


「おぉ、いいぞ」


 先生に許可を貰い睡魔の元になる日差しを遮断する。日差しをなくしたおかげで睡魔は消せた。けど、腹の虫はまだ鳴っている。殺虫剤という名の、弁当を食べなければ収まることは無いだろう。

 腹の虫を必死に押えながら、授業を受けていると横からパリッと何かが割れたような音がした。前を見続けていた首を横に回すと、胸ポケットからクッキーをこっそりと取りだして食べている彼女の姿が目に入った。

 あまりに大胆すぎるその行動に、僕は自分の目が壊れてしまったのではないかと錯覚する。

 しかし、それは錯覚でもなんでもなくて彼女の口は確かにモゴモゴと動いていた。


「な、何してるの?バレるよ?」


「大丈夫、大丈夫。これ一個だけだから」


 彼女に注意を促すと、一個だけだから大丈夫と言う。個数の問題では無いのだが、当の本人は個数の問題だと思っているらしい。


「個数の問題じゃないよ。学校にお菓子は別にいいけど、授業に食べるのは不味いよ」


「へっ、一度きりの人生楽しまきゃ損だよ」


「楽しみ方間違えてるよ……」


「大丈夫だって」


 僕は大丈夫だと言う彼女の後ろに立つ先生の存在を、教えた方がいいのか迷ったが手遅れだろう。教えなくとも彼女は今から怒られて、呼び出しだ。心の中で手を合わせて、彼女の無事を祈ることにする。


「何が大丈夫なんだ?月海?」


「あっ、先生……。大丈夫だというのはですね、大丈夫だから言う言葉でありまして。えっと、つまり……大丈夫ってことですよ」


「後で職員室に来い」


「……はい」


 彼女の言い訳虚しく呼び出しが確定する。言い訳といっていいのか怪しかったが、僕があの状況に立たされたら、同じことを言う自信がある。


 呼び出しが確定した彼女は枯れてしまった花のようにしおらしくなる。頬杖をつき、上の空で授業を聞いている。

 流石の彼女も呼び出しの前には無力のようだ。クッキーを食べるメンタルは持ち合わせているが、呼び出しに耐えられるメンタルは無いらしい。


「ねね、見て。偉人落書き」


机をとんとんと叩かれる。彼女の方を見ると、授業とは関係ない教科書を出していた。その教科書に載っている、偉人の顔に髭やら角やらを生やして彼女は遊んでいた。


「呼び出しされたのに、平常運転なんだね」


「当たり前じゃん。呼び出しなんてへのへのカッパだよ」


「少しは堪えていてほしかった」


 どうやら彼女には、クッキーを食べられるメンタルもあれば、呼び出しを食らっても耐えられるメンタルもあるらしい。


「諦めたまえ、少年よ。私はちょっとや、そっとじゃ挫けないよ」


「そういう台詞は年が離れた上官が言うもんだよ」


「今から私は君の上官ね」


「君が上官は丁重にお断りする」


 彼女が上官になったら、命が百個あっても足りない。地獄の綱渡りになる。まだ僕は生きていたい。彼女の言葉を無視して、僕は授業に集中する。彼女は暇な顔をしながら、授業を聞かずに一人遊びを続けていた。

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